修行

「マキ」


 巫女である桜、赤奈、真黄、心白は社でも墨也と訓練を行っていたため、不意打ちを受けようとマキナモードを展開しようとした。しかし、修行ならば墨也は普段より戦いの強度を上げる。


「悪いがお約束を破るぞ」


 墨也の背から新たな六腕が生えて伸び、恐ろしい速さでキズナマキナに襲い掛かる。


(マキナモードを展開させないつもりだ!)


 この中で付き合いが一番長い桜は墨也の意図を察した。


 マキナモードは偶に勝手に発動するが、基本は音声による認証か指輪に力を送り込こむことによって展開される。だが敵が変身のお約束を守ってくれるはずもなく、墨也は声と力を送りこむ余裕を与えない。


「ぐむっ!?」

(力が!?)


 明らかに普段よりも遠慮がない黒い腕は鞭のようにしなると、桜達の体に纏わりついた上に彼女達の口を塞いでしまう。しかもご丁寧に体の中の力までかき乱している。


「ぐっ!?」


「んんん!?」


 普段から慣れさせられている桜達でもこれなのだから、高度な血筋の掛け合わせの結果だが純粋培養のエリートで不意打ちに免疫のない銀杏と紫もまた拘束されてしまう。


 声も出せず力も籠められないキズナマキナは、邪神の贄になるしかない。


「肉体を封じられたなら精神を燃え上がらせろ。その力は愛の結晶なんだろう。なら想いで乗り越えてみろ。初めてマキナモードを展開した時を思い出せ。確かな繋がりがあるから至ったはずだ」


 だがその邪神が乙女達に、一言一言区切って囁きを吹き込む。


 この業界なら心が肉体を超越することはよくあることだ。ましてや愛の力なら猶更である。


 キズナマキナはそれぞれのパートナーと目を合わせる。間違いなく愛しているが故に彼女達はキズナマキナとしての力を発現させたのだ。


 だからこそ。


「初心忘れるべからず。慣れて漫然と力を振るうな。想いを込めて結晶を形作れ」


 赤奈と桜は初めて出会った時を。


 真黄と心白は共に遊びに行った時を。


 銀杏と紫は幼き日から共に一緒にいた時を。


 想いを込める。


「それでいい」


 自身の腕を吹き飛ばされたのに墨也は頷く。


 拘束を振り解いて輝くキズナマキナが武装を展開して宙に浮いているのは、彼からすれば当然の光景である。


「はああああああああ!」


「ただし、想いの力は危うさとも表裏一体だぞ」


 遠慮なく突っ込んでくる桜、赤奈、真黄、心白と、慣れていないため遠慮がちな銀杏と紫にそう呟いた墨也は、ここでもまさに神がかり的な技量を見せる。


 突っ込んできた桜と心白を僅かな腕の動作で後ろへ流すと、赤奈と真黄が付属する盾と分身を操作し切る前に接近して足元に叩き伏せる。そして僅かに遅れた銀杏と紫に腕を伸ばし、銀杏だけを投げ飛ばした。


「あ!?」


 いなし投げ飛ばされた桜、心白、銀杏がスラスターで態勢を整え墨也に向き直ると思わず声を漏らす。


「桜、私に構わないで!」


「ぬあ!?」


「い、銀杏ちゃん!」


 パートナーがそれぞれマキナモードですら身動きできない程、さっきとは桁違いの力で拘束されて盾になっていたのだ。


「こういうこともあるが、人質ごと攻撃するなんてお前さんたちにはできんことは分かってる。だから絆と愛を利用されても叩き潰せるよう強くなれ。それと俺に遠慮はしなくていい」


 人間には出来ることと出来ないことがある。パートナーが人質にされたキズナマキナが敵ごと攻撃することは出来ないことであり、墨也もそんなことは百も承知だ。それ故に強くなれと言葉を送って赤奈達を開放しながら、遠慮のある紫と銀杏に顔を向ける。


「その程度の存在じゃないのさ」


 墨也は珍しく敢えて強い言葉を用いて、銀杏と紫に遠慮せずかかってこい来いと挑発した。


「チェーンスネーク!」


「いきます! チャームアイ!」


 銀杏と紫もそこまで言われたらやるしかない。銀の鎖蛇と動きを止める視線が墨也に向けられる。


「さっきの俺もそうだが、一部を伸ばすということは掴まれることを考慮に入れる必要がある」


「いっ!?」


 だが銀杏の方から伸びた二匹の鎖蛇は食いつく前に墨也に握られるどころか、そのまま思いっきり引っ張られて一方的な綱引きが発生してしまう。


「フルブースト!?」


 なんとか銀杏が全身装甲の各所のスラスターを逆噴射して耐えようとしたが、その瞬間に墨也は鎖を手放す。


「くそ!」


 引っ張られていた力が急に喪失したのだから、強すぎる逆噴射は銀杏の態勢を崩してしまい、今度は前方に推力を向けて相殺しなければならないロスが発生した。


 その死に体になっている銀杏を叩き伏せるため地を蹴った墨也だが、彼にしてみれば予想通りの邪魔が入った。


「させません!」


 身動きを止めるはずの能力が全く通用しないことを気にせず、紫が銀杏と墨也の間に割り込んだのだ。しかも態勢が崩れたはずの銀杏も、すぐ立て直して墨也を迎え撃とうとする。


 学園の多くの者のイメージと違って紫は運動神経がいい。それは古くから続く掛け合わせの結果であり、高度な格闘術も習得させられているため、由緒正しい血統のサラブレッドは彼女とて例外ではないのだ。


 そのためほぼ意図して作られた彼女達は、恐らく地球上で上から数えた方がいい遺伝的素質があり、生きた宝石に等しい存在と言ってもいい。


 それが黒で塗りつぶされる。


「てやあ!」


「おらあ!」


 息を合わせた紫と銀杏の拳は学園の教員が見ても感心するだろう。


 だが相手は意図せず混ざり合った血統のキメラであり、身内がもう少し生活に彩りを……と呆れてしまうほど研鑽を続けている闘神なのだ。


「それでいい」


「へ!?」


「はあ!?」


 邪神流柔術【捻じれ】


 遠慮のなくなった紫と銀杏が初めて体験した理合い。ただ少し手の甲を触られただけなのに、地面が目の前にあることが理解できず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。


(権能じゃない!? まさか合気!?)


(受け流すんじゃなくて合気まで使えんのかよ!?)


 その地面に頭が激突する僅かな瞬間。紫と銀杏はペルセウスを瞬殺して、蛟と口裂け女は権能で消滅させた墨也が、単なるフィジカルや権能でごり押しするだけではないと思い知らされる。


「はあああああああ!」


 その間にも墨也は桜の拳に合わせ、自らの拳も真っ正面から叩きつける。


「くっ!」


 赤奈の攻性防御盾を叩き伏せる。


「かったあ!?」


 真黄の分身体の攻撃を受け止め弾き返す。


「うげ」


 心白の針を引っ掴んで振り回す。


「さあ、どんどんこい」


 権能に加え心技体を極めているが故に闘神なのだ。遺伝的素養の結晶だけでは歯が立たない。


「やってやる!」


「いきます!」


 だが見方を変えれば、常人では受け止めきれない能力を持つ銀杏と紫を、余すことなく対応できると言い換えてもよかった。

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