入口

「あー、ちょっと早かったか?」


「いいんじゃないかな?」


 女子寮でキャリーケースを引く銀杏は少し早く部屋を出過ぎたかと悩んだが、紫は早いのに越したことはないと言いながら歩く。


「ん?」


「あれ?」


 しかし、既に女子寮の入り口には銀杏と紫以外の全員がいた。


「あ、紫ちゃん、銀杏ちゃん。おはよー!」


「戸鎖さん、石野目さんおはよう」


 小柄なのに大きめのスポーツバッグを提げている桜と、キャリーケースを傍に置いて微笑む赤奈。


「おはよー!」


「おっはー」


 お揃いの黒いキャリーケースを準備していた真黄と心白もいる。


「すいません野咲先輩。遅れました」


「気にしないで。私達がちょっと早すぎたのよ」


 銀杏は遅れたことを一団の中で年長の赤奈に謝罪したが、実際赤奈の言う通りこの場にいることが少し早すぎる。


 ではなぜ赤奈達が早かったかというと、状況がよくよく考えるととんでもないことに気が付いたからだ。


(す、墨也さんのところでお泊り……!)


 普段の社にいる黒い闘神は抜け殻のような影絵なのだが、今日から数日間は墨也本人に入れ替わっている。つまりその社で泊まり込みの修行を行う赤奈達は、墨也と一つ屋根の下で生活することになるのだ。


 特に桜、真黄、心白は異界で墨也と共同生活をしたことがあるものの、赤奈は初めての経験であるためそわそわしていた。尤も真面目な修行であることの認識くらいはあるため、気を抜いている訳ではない。


(夜の襲撃には気を付けないと)


 現に赤奈は色っぽい理由ではなく、寝入っている自分達に墨也が夜襲を仕掛けてくると警戒していた。墨也から不意打ちや汚い手段の戦い方を教え込まれている影響だろう。


 なお集結したキズナマキナだが、最初から訓練用の服を指定されていたため、華やかな空気というよりは機能的な美を誇っている。


 そんな乙女達を引率する教員も少し後で到着した。


「揃っていますね。それではバスに乗り出発しましょう」


 眼鏡をかけている四十代の女性教員、新山加奈が鋭い目で引率する生徒全員が揃っていることを確認すると、端的に予定を進めて生徒達を学園のマイクロバスに乗るよう促す。


 この女教師は赤奈以外の全員が一年生であることから引率に選ばれた一年の学年主任なのだが、本来なら神の社に訪れるのだから学園のトップがいてもおかしくない。


 だが赤奈と時間神の件で釘を刺されている学園の責任者は、墨也のことを非常に恐れているため、態々その本拠地に足を踏み入れることなどできないと拒否していた。


 ちなみに学園の武闘派、絶対人殺しだと学生から思われている安藤優香教員も、超越者の本拠地に行くことは生殺与奪権を握らせるようなものだと突っぱねており、墨也が知れば仰る通りだと頷くだろう。


 ◆


 学園のマイクロバスで一行が向かったのは、市街地から少々離れた場所にある長閑な一帯だ。そして石畳が続いている先に社があり、裏の山からは小規模な滝が流れている。


(ここが……)


 紫と銀杏は統合本部が実質管理できていない新しき神、奈落神の社に初めて訪れたため、物珍しそうに観察する。


 だが大層な物はなく精々が最近増築された箇所があるだけだ。地獄へ続いていたり恐るべき眷属が放し飼いになっていない。世界を震撼させる途轍もない神器が眠っていたりもしない。それは墨也の曽祖父の家の話である。


「お待ちしておりました。案内の古田です」


「お世話になります。引率の新山と生徒達です」


 一行を出迎えたのは桜達に巫女としての教育を施している老婆の古田で、一週間のシフトの内で残り三日担当と予備の一人がどうにかならないかを悩んでいる経営者でもある。


「ではご案内させていただきます」


 特に難しい挨拶をすることなく古田は石畳を歩いていく。現場を知るマキナイや異能者はこういった単刀直入な者が多く、要件をさっさと進める傾向にあった。


「ああ、そうそう。奈落神様からの言伝を預かっております」


 老婆の後に続く八人は、妙にわざとらしい彼女の言葉に耳を傾ける。


「社の全体に大怪我を防止する特訓用の結界を張って、社も特別に強化してあるからマキナモードを使っていいとのことです。それとこれは私からですが、社で勤めている巫女は古強者ばかりなので色々と気にする必要はありません。説明は以上です。では修行を始めます」


 古田と新山は揃って石畳から少し外れた場所に移動する。


(え?)


 唐突な二人の行動に疑問を覚えた紫と銀杏だが……。


「え?」


 今度のえ? は言葉に出た。


 銀杏と紫がいきなり後ろから肩を叩かれたのだ。


「ほら始まったぞ。ああそれと眼鏡をかけるなら特殊な強化ガラスを使った方がいい。破片が眼球に刺さったら戦えなくなる」


「いっ!?」


「銀杏ちゃん!?」


 彼女達の真後ろにいた真っ黒な闘神である墨也が銀杏のキャリーケースだけを地面に置いて、彼女だけを前に投げ飛ばしながら紫にアドバイスを送った。


「マキ!?」


「カッ!」


 このような不意打ちを墨也から慣れさせられていた桜達がマキナモードを展開しようとした瞬間、闘神から短い力の籠った声が発せられ、思わず動きが止まってしまう。


 その僅かな瞬間で墨也は彼女達の間に入り込むと、同じように荷物だけを鮮やかに地面に置いて乙女達を投げ飛ばした。


「正攻法、だまし討ち、闇討ち。なんでもいいぞ」


 自然体のままいきなり立ち塞がった墨也に相対するは、次代の星である六人のキズナマキナ。


 だが、最初に驚かされたせいだろう。銀杏と紫の心臓は普段と違うリズムを刻んでいた。

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