自由と始まり

 ゴルゴン三姉妹。


 言わずと知れた見た者を石に変える蛇の怪物メドゥーサが三女であり、長姉に強い女ステンノー、次女に広く彷徨うエウリュアレーがいる。


 ギリシャ神話を代表する怪物の代名詞の一つ……。


 なのだがそういったものに興味がない者は、彼女達が悲劇の女神であったことを知っているだろうか。


 始まりは偉大にして愚か極まるオリュンポス十二神のうちの一柱ポセイドンが、美しき女神であったメドゥーサとよりにもよって呪詛神アテナの神殿で交わったことが原因だ。これはどう考えてもアテナと酷く対立していたポセイドンが意図してやったのだろう。


 これに激怒したアテナはポセイドンではなくメドゥーサを呪い、恐ろしき蛇の怪物に変えてしまう。


 そして当然ながらこれを抗議した姉のステンノー、エウリュアレーをも怪物に変えてしまった。と語られている。


 だが少なくともこの世界において事実は若干違う。


 神々の使いっぱしりとしてペルセウスがメドゥーサを討ち取ったことは正しいのだが、醜い不死の怪物として今もどこかを彷徨っているとされるステンノーとエウリュアレーは、神々にとっての醜い生物。即ち人間に転生し続ける呪いをかけられたのだ。


 そして最早消え失せた神々が作っていたシステムとして、二人の醜い転生体。今回は銀杏と紫が強力な力を持ち始めた場合に、メドゥーサを殺したペルセウスが派遣されることになっていた。


 だが結局はギリシャ世界でしか通用せず零落した神の子でしかない。


 トロイア戦争で間引いたはずの人間が結局増え続けたことからもそれは明らかだ。人は神を乗り越えた。そうでなければ、代々の頂点からして至高の座にしがみついて殺し合いと企みを続けていた神々が、人に道を譲る筈がない。


「変身」


 ペルセウスと対するは黒き闘神。血族の中で接近戦という一点において、誰よりも才があると初代に評される男。


「っ!」


 姿が消える兜を用い、メドゥーサに不意打ちを仕掛けたことで英雄となったペルセウスが、クロノスすら去勢した怪物殺し、不死殺しとも伝えられる伝説の鎌ハルパーを振るう。


 馬鹿にするな。と表現しよう。


 音も振動も隠せていないのになにが神器。


 筋肉の収縮、気配、空気の振動。それら全てを認識している肉体的到達者ははっきりとペルセウスを認識している。


 そしてメドゥーサの首を使って好き勝手した前科のあるペルセウスは、首をアテナに取り上げられてしまい完全な装備ではない。


 つまり闘神の前にいるのは……。


 当たれば痛い鎌を持っているだけの男なのだ。


 勿論ペルセウスにも立場がある。彼にも生まれ直後から悲しい過去があ“ズド”嫌な音と共にペルセウスの頭部に墨也の腕が突き刺さって破裂した。


 続けて胸、腰、股間に叩き込まれる漆黒の拳。


 必殺の鎌を持っている相手ならそれよりも早く必ず殺すのは当然。殺し合いの場で慈悲も遠慮もない。


 ペルセウスは遅い。遅すぎる。


 ハルパーを振るうのが遅すぎるなら、死んだことと転生体を刈り取るシステムの縛りが砕かれたことに気が付かず消滅するのも遅すぎる。


 これが正真正銘のペルセウスならば戦いになったが、システムの模倣品なのだから話にならない。


『ギイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 ただし既に星から消え去っている呪詛神は容姿ではなく性根が醜い。


 態々ペルセウスが転生体に打ち倒された場合を想定して、梟の形をした絶死の呪詛を仕込んでいたのだ。


 回りくどいことを好む神に最初からそうしろというのは無駄だが、とにかく正真正銘神の権能の残滓が醜き人間を殺すために羽ばたいた。


 その羽ばたくという動作一つからして遅い。遅すぎる。


 残滓ではない。在りし日の迦楼羅炎と同等の黒き炎を拳に宿した墨也はその間に梟を殴り終わっており、哀れな猛禽は燃え尽きた。


 都合のいい使いっぱしりとして作った半神半人と呪詛ではなく、アテナが復活して直接相対せねばそもそも勝負にならないのだ。


「天上天下唯我独戦」


 肉体のスペックで圧殺した闘神はギリシャ神話体系という小さな世界だろうが、文字通り世界が相手だろうが、愚か者の理不尽を押し付けられているのなら、ただ一人でも戦うと無意識に呟く。


 しかし独り言ならいい。問題なのは受け取り相手がいることだ。しかも常人ではよく分からない造語なのに、感覚が暴走していて正確に読み取ってしまった女が二人。


「話を戻そう。俺の秘密だが神もやってる」


 黒き闘神から人間に戻り、呆然としている銀杏と紫に声を掛ける墨也だが、絶望の崖っぷちにいた女に世界を敵に回しても傍にいると宣言することは危険なのだ。


 特に未来視とがっちり当てはまる実績を作ったのなら尚更である。これで銀杏と紫が視てしまう仮定と結果において、墨也の行動は実際に起こすというお墨付きになるのだ。


 そうであるからこそ。


「さて、言った通りかなり痛い足つぼの処置になるから気を引き締めてくれ」


「え?」


「え?」


 墨也の言葉と共に、銀杏と紫の脳内に叩き込まれる絶望の光景。


『ぎやああああああああああああああああああ!?』


『んきゃあああああああああああああああああ!?』


 涙が溢れ鼻水を垂らす寸前銀杏の絶叫。


 脂汗のせいで額にべったりと髪が張り付いた頭を振り回す紫。


『とりあえずあと二十分かな』


 ぐりぐりと足つぼに指をねじ込み、女を地獄に叩き落としているある意味絶望の化身。


 紫と銀杏が歩いて帰れるかどうか。いや、生きて帰れるかは神のみぞ知る。

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