最悪の仮定と結果

 戸鎖銀杏と石野目紫が問題児なのは教師の中で常識だ。


「ちっ」


「うう……」


 現に戦闘訓練場にいる銀杏は男性教員がいることに気が付くと舌打ちしてぎろりと睨みつけ、紫はできるだけ視界に入れないよう顔を背ける。


 教員相手にすらこれなのだ。男子生徒相手だったら銀杏はこっちを見るなと罵声を浴びせ、紫はその場からすぐに去るだろう。


 尤も学園だって手をこまねいている訳ではない。女性教員が中心となって二人の男嫌いの訳を聞き出そうとしたが、銀杏のみならず気弱な紫すら意味がないからと原因を話すことを拒絶している有様だ。


「マキナモードの検査を始める。式神符起動」


「行ってくる紫」


「うん。頑張って銀杏ちゃん」


「おう。マキナモード展開!」


 教員が生徒にとってお馴染みの棒人間式神を起動させると、銀杏が愛する紫に声を掛けてマキナモードを展開する。


 左手の薬指にある紫色の指輪が光り輝き、銀杏のマキナモードが姿を現した。


 異形と言っていい。


 通常のマキナモードは桜や赤奈、真黄や心白のように顔は出ているし、桜、真黄、心白は腹部や胸元の肌まで露出している。


 だが銀杏のマキナモードは違う。


 全身をすっぽり覆う白金の装甲は赤奈のマキナモードに酷似しているが、頭部まで完全に装甲が形成されているのだ。


 それはギガントマキアのような、まるでロボットアニメから抜け出した人型戦闘機械の頭部だ。


 全身と同じくシャープな形状の頭部はツインアイが妖しく光り、鬼の角のようなブレードアンテナが額から二本突き出ている。


 更に特徴的なのは肩に備え付けられている円柱の収納だろうか。


「食らえやチェーンスネーク!」


 銀杏の声と共に両肩の円柱から蛇が飛び出す。


 先端は銀色に光っているが確かに蛇の頭部だ。しかし胴が奇妙だ。成人男性の腕よりも太い銀の鎖こそが蛇の胴体であり、まさに鎖蛇と表現できるだろう。


 自在に動く二匹の蛇に対し、最上級の戦闘訓練用ではなく単なる検査用の棒人間は反応が遅れる。


「食いつけ!」


『!?』


 だがここで少々奇妙なことが起こった。


 棒人間が回避するため右に飛んだ瞬間、それと同時にまるで知っていたかのように寸分違わない位置へ鎖蛇が追尾したのだ。


 回避行動を狙われた棒人間になす術はない。片方の鎖蛇が棒人間の喉を食い破ると、もう片方の鎖蛇は胴体を突き抜けて貫通してしまう。


「よろしい。次」


「待ってるぜ」


「うん」


 簡単な検査だけあって、すぐさま終わらせた銀杏が紫と交代する。


「マキナモード!」


 今度は紫の薬指にある銀色の指輪が光り輝く。


 紫も銀杏と同じだ。


 頭部をマキナモードがすっぽりと覆うが、違う点を挙げるとするなら銀杏の眼部がツインアイなら、紫の方はヘルメットのバイザーのようなものだ。


 そして胴体は明確に違う。


 銀杏はスマート、スタイリッシュ、流線形といった表現が似合う装甲だが、紫のマキナモードは岩のような角張った重装甲なのだ。


 それはまさにかつての赤奈と同じく、愛する銀杏以外を拒絶する鋼の鎧だった。


「チャームアイ!」


 バイザー型頭部の下で、銀杏と親族以外は見たことがない紫の素顔と視線が棒人間を射抜く。


 効果は劇的だった。


『!? ……』


 びくりと棒人間が震えると、なにもせずそれこそ棒立ちになってしまったのだ。


 彼女の能力は相手を魅了して動きを封じる。


 ということになっていた。


「威力が上がっているな。よろしい」


 なにもしなくなった棒人間を確認した教員は、紫が腕を上げたと評する。


 それが問題だった。


(やっぱり……どうしよう……)


 紫が僅かに震えた。


 棒人間は直接的な視力ではなく特殊な感覚で周囲を確認している。そして最近まで紫のマキナモードは、視力が弱い、もしくは存在しない相手に対して効果が薄かった。


 つまり単純に力が上がっているのだが、それを素直に喜べない事情があった。


(くそ。鎖め勝手に動きやがって)


 銀杏もだ。


 キズナマキナとして相互を補完し合う関係が密接に絡んだことで、銀杏と紫の秘密の力が強まっていた。


(未来と可能性だと? このクソみてえなのが?)


 戸鎖家と石野目家には秘密があった。


 女が君臨している両家だが、戸鎖家直系の女には僅かながら未来視が。石野目直系の女は人間を誘惑して自由自在に操る力が備わっているのだ。


 そのためこの二つの家は結託し、秘密裏に力を用いて日本で君臨していたのだが、紫と銀杏の代で妙なことが起こる。


 やはり未来視の力を持つ銀杏の母親が、理由は分からないが娘と紫を揃って魔気無異学園に入学させなければ間違いなく死ぬと判断したのだ。


 普通に考えるなら戸鎖家と石野目家の直系が、命の危険がある職業に就くことなどありえない。しかし、限定的とはいえ未来が分かる者が、そうした方がいいと言えば逆らえる者などいない。


 そのため銀杏と紫は魔気無異学園に入学することになったのだが、現時点ではいいことと悪いことの両方がある。


 紫と銀杏が幼馴染の恋人として結ばれたことは彼女達にとっていいことだろう。尤も家という権力を維持しなければならない戸鎖家と石野目家にとって泡を吹く事態だが、なぜか未来が分かる銀杏の母がそのことを突っ込んでこない。


 そして悪いことだが……。


 彼女達の男嫌いは至極当然の理由があった。


(どいつもこいつも男はクソだ!)


 キズナマキナとして複雑に絡んだ銀杏の力と紫の力は、彼女二人ともに未来ではなく仮定と結果を示してくるのだ。


 誘惑する紫の力を手に入れた男の行動という結果を。


 例えば通り過ぎた男子生徒。学園は女学園になりただ一人のこの男が君臨する。


 例えば通り過ぎた男性教員。美女しかいない国家の王となる。


 例えば通り過ぎた男。誰も自分を非難せず肯定する女だけの世界になる。


 誰も彼もが。作業服を着ていようがスーツを着ていようが、バイトだろうが社長だろうが区別はない。


 最初は戸惑ったとしても結局は歯止めが効かず、好き放題力を行使する醜い男達の行動が分かってしまうのだ。


 そして残酷なことに、銀杏はこのことを身内や学園の教師に相談しても意味がないことが分かっていた。


(このままじゃ紫が……! 役立たずの力め!)


 銀杏は良き未来への道は見せないくせに、紫の精神が持たない絶望の結果だけははっきりと映し出す自分の力を罵る。


 だからこれは運命なのかもしれない。


 放課後、なるべく男がいない道を選んで帰っていた絶望が。


「うん? 前ちらりと見かけたときはそうじゃなかったのに、力が暴走しかけてるな。治療はできるけど痛いから先に言っておくな」


 甕の中に残った予知という名の希望と出くわしたのは。


「男が近づく!?」


「ひう!?」


 急に接近してきた男のせいで、力が発動した銀杏と紫はまた最悪の仮定と結果を見せつけられる。


『ふん! ふん! ふん!』


 筋トレをしていた。


『今日は金のプロテインを飲もう』


 プロテインを飲んでいた。


『はーい痛かったら言ってくださーい』


 客に地獄を見せていた。


『ブロッコリーが安い』


 スーパーで買い物をしていた。


『睡眠は筋肉の友。寝る』


 あまりにも普段通り。異性を誘惑する力を男が持った仮定の世界で何一つ変わらぬ精神。揺るがぬ肉体。


『世界が、神が望んでいようと無駄だ。失せろ英雄。この二人は殺させん』


≪世界の敵を守るのがどういう意味か分かっているんだろうな!≫


『なら世界を相手にしたらいいだけの話だ』


 そして詳細は分からぬのに、正しい道を歩んでいるのなら例え世界を敵に仕立て上げられた仮定においてすら、必ずすぐ前にいるという結果を認識してしまう。


「医者じゃないけど、とりあえず問診でいいか?」


 まさしく不動の邪悪の樹、墨也の誘惑に混乱する銀杏と紫は耐えられなかった。

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