銀と紫

 天が怯える。地が震える。宙が慄く。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 山に等しい八首の死が墨也を睨みつける。


 一方の墨也は水面の心。例え相手が彼をして理解不能な曽祖父の作り上げた最終兵器だろうが、その精神に僅かな亀裂すら生じることはない。八が十となり邪悪の樹が聳え立っても。


『我こそ日ノ本一なり! 悪鬼退散!』


 その極点相手にすら日本での霊的国防に限定すれば、一度は完全に弾き返すことができる最強の英雄が刀を抜いても。


『俺の姿でよかったと思ったか?』


 トラウマを生み出す部屋の完全上位互換が、鏡合わせのように墨也の姿形を真似ても。


『キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 呪いというただ一点において、邪神である墨也すら凌駕する陰の極点が叫んでもだ。


「……夢か。流石に寝ている最中もイメトレは御免だな」


 ぱちりと目を開けた筋肉達磨こと墨也が巨大なベッドの上で、つい先ほどまで夢の中でも戦っていたことに苦笑する。


「む? 夢の中で戦っていたならプロテインの効果があるのでは? 早速試してみよう」


 だがどこまでも筋肉に支配されていた。一応常識人ではあるのだがやはり脳筋なのだ。


 ◆


 ところ変わって魔気無異学園の図書室。


 ここは新たな霊的国防を育てるための一大機関だけあり、そこらの研究機関を遥かに凌ぐ異能に関する書物が収蔵されている。


 勿論それに合わせて図書室自体も図書館と呼ぶに相応しい規模であり、広々とした余裕のある作りで学生達もよく勉強をしていた。


「えーっと、2010年に誕生した新しき神の名と権能は……」


「あら、こんなこともあったのね」


「なんか巫女って、神同士の力関係とかアレコレ覚えないといけないよねー」


「そういう調整もしてるとは思わなかった」


 そして図書室で次代の星である桜、赤奈が新しき神についての資料を読み進め、真黄と心白が巫女の歴史について調べているのも最近ではよくある光景だ。


「あ、真黄と心白じゃん。最近よく図書室にいるよねー」


「やっほー」


「やっほい」


 だが真黄と心白は今まであまり図書室に足を運んでいなかったため、友人の中で読書が好きな者に物珍しがられていた。しかし、理由はきちんと分かっている。


「巫女の勉強って大変じゃない?」


 その友人の言う通り、新しき神の巫女となった真黄と心白が一般生徒よりも更に深く学んでいることは何らおかしなことではなかった。


「あたしらには特に必要だからねー」


「同文」


 真黄と心白は、かつて赤奈に言われたことをそのままなぞっていることに気が付いているだろうか。


「そういえば、桜と赤奈先輩ともよく一緒にいるよね。やっぱり巫女さん同士の連携が必要な感じ?」


「それもあるけど、ほら、あれあれ。心白とは恋人だけど、桜と赤奈先輩は魂の姉妹。みたいなー」


「真黄ちゃん……!」


 真黄が友人に対してよく分からない理論を展開すると、桜は感銘を受けたように瞳を輝かせる。


「という訳で赤奈お姉様。今度のテストの過去問お願いしやす!」


「おなしゃす」


「ふふ。お上手ね」


 なお勝手に姉認定されて、過去問までせびられた赤奈は笑うしかなかった。


「仲いいねー」


 微笑ましく見ている友人は知らなかった。


 その魂の姉妹とやらはある男を中心にしていることを。


「あ、銀杏いちょうちゃん、ゆかりちゃん。こんにちわー」


 桜が図書室を訪れた女子生徒に気が付くと声を掛けた。同じキズナマキナなのだから知らない仲ではない。しかし、性格は全く違う。


「おう」


 ぶっきらぼうに返事をする女子生徒、戸鎖銀杏を表現するなら狼だろう。


 スレンダーな体形で鈍く銀色に光る短い髪を後ろに流し男性的なのだが、かっこいいというより怖いと思われているのはその目つきが原因だ。


 まさに餓狼のように鋭い目つきは、ついさっき人でも殺してきたかのようなのだ。


「こ、こんにちわ桜ちゃん」


 一方、真黄や赤奈に劣らぬ素晴らしいスタイルを余裕のありすぎる服で隠している女子生徒、石野目紫は正反対も正反対の雰囲気だ。


 漫画でしか存在しない牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、しかも長い髪を前にも垂らしているものだから、その顔立ちを知るものは殆どいない。


 そして性格も気弱なのだが人の縁とは不思議なもので、幼馴染だった二人は学友から恋人、そしてキズナマキナのパートナーとなった。


「うん? 私達の次にマキナモードの調整じゃなかった?」


「そうだよ。紫が本を借りたらすぐ訓練場だ」


「なるほど」


 ふと心白が思い出したように呟くと、銀杏はそれを肯定して紫に視線を送る。


「それじゃあまた今度ね」


 あまり時間がないことを思い出した紫も恋人の視線に気が付いて、目当ての本を借りるため図書室の奥へ移動した。


 一見すると目つきが悪いだけの銀杏と、少し気弱な紫のカップルなのだが、時と場合によってはとんでもない問題児と化してしまう。


「鬱陶しい男がいないからこっちから行こうぜ」


「う、うん。そうだね銀杏ちゃん」


 この言葉通り、近づくのも嫌悪する凄まじいどころではない男嫌いのカップルなのだ。


あとがき

ジジババ勇者の書籍化作業ばっかりしてるんで息抜き。

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