第二章完 入り混じった黒
統合本部は上も下も大騒ぎだった。
口裂け女なんていう過去の遺物が最盛期の力で現れたらどうなるか、霊的国防を担っている者なら容易く想像できる。だが彼らが匙を投げかけている統合本部の管理史上最厄の神、奈落神が口裂け女を打倒したことで、実際にパニックが起こることはなかった。
「奈落神とはなんなのだ?」
代わりにそんな口裂け女を、阿修羅を顕現させたような力を振るって打倒した奈落神とはなんなのかと、統合本部の研究部で論じられていた。
「蛟の時は迦楼羅になっていたと聞いている。八部衆の信仰を基にして生まれたのではないか?」
「それも一つの可能性かもしれんが……仏への信仰心からあんなマイナスエネルギーの化身が誕生したとは少々……」
「まあ……確かに……」
ここで問題なのは奈落神が仏の力を使うくせに、マイナスエネルギーそのものが形作っているとしか形容できない存在であることだ。光や温かさを示す兆候があればまだ分かりやすかったが、そんなものは欠片もない外見なため誰もが首を傾げていた。
(粘土みたいだな)
ある研究員は本人ならぬ本神でもないのに仏と化し、もしくは作り出せる奈落神を粘土に例えた。
(粘土? 粘土ではなく……いや……そんな訳がない)
そして突飛な発想に至り自分の考えを打ち消す。
あり得る筈がない。
もしその発想が正しければ、匙を投げるや手に負えないなんていう表現では全く足りなくなる。
言うなれば原初、最初の力になってしまう。
あってはならなかった。
(それより噂を散らす結界の強度を上げないと。全国規模になるから大仕事だぞ)
研究員は奈落神の考察を打ち切った。常識的に考えてあり得る筈がないことより、今は再び都市伝説系の妖異が現れないようにする大仕事に集中しなければならなかった。
◆
「ちょっと遅くなっちゃたねー」
「ん」
真黄と心白が日が沈みかけている街を歩いている。ダークマキナモードの力を手にした彼女達は、統合本部で長時間検査をされた後、ようやく戻ってこれたのだ。
「んー」
歩きながら真黄が左手の薬指に填まっている指輪を見ると、真っ白だった筈の指輪は黒と白が入り乱れている。
それは心白も同じで、黄色だった指輪は黒が混じり蜂のような警告色になっていた。
これが少し前の真黄と心白なら、なんとしてでも元の色に戻そうとしたであろう。だがそれを放っておいて、指輪を眺めているだけだ。
「いやあ、それにしてもあたしらがねえ」
「確かに」
真黄の言葉は足りていないが、恋人である心白は正確に理解していた。
ダークマキナモードを発動させた真黄と心白は、桜や赤奈と同じように奈落神の巫女となることが内定しており、より専門的なことを学ぶことになった。これも以前の彼女達なら文句の一つも言っていただろうが、これまた指輪と同じように何も言わず受け入れている。
余談だが二人を教育することになった鎮守機関の老いた巫女は喜び、これで七日の内四日が埋まったと、相変わらずシフトで悩む経営者のようなことを考えていた。
しかし妙なことに真黄と心白は寮へ向かわず、全く別の場所へ歩いている。
行き先は邪神の住処。そこで闇の力に目覚めた女達は……。
◆
「では乾杯」
「かんぱーい!」
墨也と共にジュースの入ったグラスを高く掲げる真黄、心白、桜。赤奈も遠慮がちにグラスを掲げている。忙しくなっていた真黄と心白は、既に墨也と時間の合間に会ってお礼を言っていたが、ようやくゆっくり話せる時間が取れた。
そう、闇の力に目覚めた女達とその元凶は延び延びになっていた夕食会、もしくは祝勝会をしていたのだ!
「まさか今更口裂け女が出てくるとはなあ。俺はひいひい爺さんから何度か話を聞いていたけど、今どきの学生にしたら完全に過去の遺物だろ?」
「一回だけ授業で、ひょっとしたら出てくるかもと言われたことがあります」
「でも実際はまず出ないと思ってました」
「だよなあ。俺も驚いた」
別に主食がプロテインという訳ではない墨也がブロッコリーを食べながら、まさか平成も遠く過ぎ去った時代に口裂け女なんて過去の存在が現れたことに驚いていた。真黄と心白にすれば更にその思いは強く、一応授業で話を聞いただけだった。
「赤奈が一年生だった時もそうか?」
「……え? あっ、そうですね。私が一年生の時も同じでした」
「なるほど」
墨也に声を掛けられた赤奈は虚を突かれたようになるも、すぐ自分が一年生だった時を思い返す。
そのどこか心ここにあらずといった様子の赤奈を妙に思った墨也が、彼女のパートナーである桜になにか理由があるかと問いかけるように視線を向ける。するともきゅもきゅと頬を動かして食事をしていた桜と視線は直ぐに合ったが、彼女はその視線の意味が分からず奇妙な見つめ合いが発生した。
「赤奈、なにかあったか?」
「い、いえ、なんでもありません」
「ふむ」
墨也は直接赤奈に尋ねることにしたが、帰ってきた返事はありきたりな物だ。
この脳にプロテインが詰め込まれている男は、とことん女の感情というものに縁遠いし疎い。だから赤奈がどこかぼうっとしているのも、桜と即座に視線が合ったことの理由も分からないまさに脳筋なのである。
ただでさえ黒く染まっている赤奈と桜は、再び窮地に現れた頼りになりすぎる男の背中を見ることとなり、今は食卓を囲っているときたものだ。二人の想いがどうなっているかなど、余程の脳筋でなければ分かるというものである。つまり単に、墨也は余程も余程の脳筋だったというだけの話だ。
「そういや国際的なキズナマキナの競技大会みたいなのが今年からあると聞いたな」
「秋頃にあって、あたしら四人とも学生の部に出ますよ!」
「そろそろ特訓する必要があります」
ふと各国のキズナマキナが競い合う競技大会が行われることを思い出した墨也に、真黄と心白が自分達も学生の部で出場すると告げた。
「それなら応援に行こう。四人ならいいところまで、ひょっとしたら行けるところまで行けるかもな」
「ありがとうございます!」
墨也が応援に来てくれることになった桜と真黄は満面の笑みで喜び、心白も少し声に力が籠っている。奥ゆかしい赤奈だけが遠慮がちにしていたが、それでもはっきり喜んでいた。
「しかし美味いな。四人とも料理の腕を上げたらしい」
出会ってから終始“女”が求めている言葉を投げ続ける邪神の宴は終わらない。
桜と赤奈だけではなく、真黄と心白ももう元に戻れないほどどうしようもない状態だ。
それは指輪で恋人の色と同じほど輝いている黒い脈動が証明していた。
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