阿修羅

「計測器が!?」


 指令所は口裂け女の登場と共に計測器が振り切れたことで、パニックになっていた。いかに外部へ持ち運びできるものとはいえ、それでも生まれたばかりの新しき神なら、ある程度は計測できる筈のものだ。それが振り切れたとなると、口裂け女が明らかに通常の新しき神より強力なことを示していた。


「今度はなんだ!?」


 次の瞬間、墨也が現れたと同時に降り切れていた計測器がマイナスに振り切れた。


 ■


 墨也は口裂け女の強さをある程度知っていた。


 身内から又聞きの又聞きレベルで聞かされたところによると、別次元の異能者にとって恐怖の象徴であり、偉大なる男ただ一人だけが対抗できたという。


 だからこそ興味はあったが、まさかこの平成も遠く過ぎた時代に、自分が最盛期の口裂け女と戦うなんて夢にも思っていなかった。


『綺麗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいなのおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


(なるほど。これはひいひい爺さんが凄かったと言うだけある)


 墨也は狂乱する口裂け女を前にして、その面倒さを認識した。


(一億の信仰から流れているな)


 文字通り日本を覆った口裂け女という概念は、日本人のほぼ全員に認知されてある意味信仰された。不動明王や阿修羅を知らぬ子供はいても、口裂け女を知らぬ者は少数だっただろう。


 そのせいで口裂け女はほぼ全ての日本人と繋がり、老いからも若きからも等しく……。


(才能が)


 才能という力を受け取っていた。


 言うなれば一億人の日本人で、最も優れている才能を選りすぐって形作られた怪物。武の才能、陰陽術の才能、魔法の才能、剣の才能、拳の才能、才能才能才能才能。


 なによりも自分こそが最も優れていると己惚れる、人間という種の負の象徴こそが口裂け女だった。


『きいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』


 奇声を発する口裂け女が鋏を一振りすると、飛ぶ斬撃だけではなく超能力による巨大な念弾、魔法による灼熱の炎が墨也に飛来する。もし当たれば高層ビルが切断され、圧壊し、熔解するだろう。


 だけではない。


 忍術による分身の術が加わり手数が増える。

 

 超能力の瞬間移動により墨也の真横に現れた口裂け女の分身体が振り上げる拳は、万物尽くを粉砕する破壊そのもの。


 それとは逆に現れた口裂け女の分身体が持つ鋏は、技によって鋼鉄をも断ち切る鋭さを持つ。


 呪術による呪詛は生物を一瞬で狂死させる。


 敵が恐怖すればその力をそっくりそのまま使える器用さ。


 尤も対抗手段はある。


 人知を超えた妖気を発する口裂け女にこれっぽっちも恐怖を持たず、純粋な敵であると認識して自らから信仰心という名の才能を流出させない。口裂け女の才能を上回る戦いの才能を持ち合わせて慢心せず、たゆまぬ訓練で磨き抜かれた肉体と技術を持ち、呪詛を気に留めない明鏡止水の心を持てばいいのだ。


「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン」


 墨也が唱えるは戦闘仏法守護神にして悪鬼神阿修羅の真言。


 黒き体に浮かぶ二つの顔と伸びる四本の腕。三面六臂であり、黒い顔は表情がないにも関わらず闘の意が溢れているかのようだ。


 正面の墨也の二腕が飛ぶ斬撃や炎を散らす。


 左の二腕は殴りかかってきた口裂け女の腕を【捻じる】どころか、そのまま首すら捻じ切った。


 右の二腕は鋏で切りかかってきた口裂け女を手刀で両断した。


 更には呪術など全くの無意味。完全な精神には悍ましき力が入り込む余地はなく、恐怖も全く抱いていないのだから口裂け女の力が付け入る隙はない。


 才能がどうした。修練を経ていない力など張子の虎も同然。


 だが左右の口裂け女があっけないのは、あくまで分身体だからだ。


『綺麗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』


 狂乱しているくせに一億人の才能を秘めた口裂け女の本体は、全く無駄のない動きで大地を蹴る。


 しかし。


 信仰心で編まれた強力無比な肉体と、日本一億の中から選りすぐられた才能の突撃が敗れるならば……その相手はまさしく日本、もしくは当代最強に他ならない。


【邪神流剛術奥義“六道輪廻りくどうりんね武道転生むどうてんしょう”】


 墨也が広げた六腕それぞれに宿る力。


 天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。即ち六道が六腕に宿って循環し、途方もない武のエネルギーに昇華される。


「げっ!?」


 そのエネルギーは指揮所の計器を完全に吹き飛ばし、人員が見上げるほどの巨躯の仏を形作った。


 その三面に憂いは一切なし。全てが闘。六臂の手には剣、独鈷、槍。胴には唐鎧。


 まさしく戦闘態勢の仏法守護神阿修羅。


【邪神流剛術奥義“善悪無道ぜんあくむどう死地七道しちしちどう”】


 奥義の重ね掛け。形作られた阿修羅はその途方もないエネルギーを武器に乗せて振り下ろす。


 村に光が溢れた。


 武に善悪はなく、自らがいる死地こそが七つ目の道であると宣言して行使されるその奥義は言うなれば虚無の業。物理的、霊的な防御を一切無視してただ敵だけを消滅させる。


『きれ!?』


 大気は震えず地も揺れぬ。無の一撃は光の如き速さで口裂け女にぶち当たると、抵抗を許さず問答無用で消し飛ばした。


 あまりにもあっけない口裂け女の敗北。しかし、闘神として完成している墨也に奥義を重ね掛けさせるなど、それだけでも称賛されるべきだろう。


 そして……。


 墨也の背を見ている桜、赤奈。


 更には真黄と心白の指輪は漆黒に染まっていた。



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