かつての遺物達

 存在しない村。廃墟が点在する荒れ果てたこの村もまた都市伝説である。


 どこかに存在した。しかしどこにも存在しないというこの村は戦場と化していた。


 第一線で経験を積み重ねて活躍するキズナマキナにとって、単なる妖異は雑魚に過ぎない。これは彼女達の慢心や統合本部の過信ではなく事実だ。


 何度もキズナマキナを戦闘機として例えている通り、その機動力と火力は絶大で、妖異が対抗する手段は限りなく少ない。


 そんなキズナマキナが日本各地から集結して、小さな村を完全に包囲しているのだから、戦いは直ぐに終わるはず。


 だった。


 今一度述べるが、キズナマキナにとって雑魚なのは単なる妖異の話だ。強力なものはその限りではない……そしてこの村から湧きだした妖異達は強力も強力だった。


(首無しライダーって空飛ぶの!?)


 まず真黄はあまりにも予想外な事態、バイクに跨る首無しライダーが空を駆けあがり、自分のミラーアバターに突撃してきたことに驚愕する。


(しかも速い!?)


 その上にこの首無しライダーの単車は、なんの予備動作も必要とせずいきなり時速二百㎞は叩き出している。幸いなのは旋回能力に難があるようで、一直線の動きしかできないことか。


(困った。ちょっと機動力と加速性で負けてる上に、浄化の毒が作用する前に逃げられる)


 心白もまた別の首無しライダーに苦戦していた。


 一直線の機動力で相手を貫くエンジェルニードルは、当然ながら自分より速い相手に対して不利を背負う。しかも首無しライダーは針から滲む浄化の毒が作用する前に離脱するため、真黄と心白は空飛ぶ単車によるヒットアンドアウェイに対処できていなかった。


 苦戦は真黄と心白だけではない。


(硬い!)


(並大抵じゃない)


 動く人体模型に対処するため地面に降り立った桜が巨大な機械腕でぶん殴った。だが以前の大ムカデには劣るものの、それでも人体模型は途轍もなく頑強で僅かにへこんだだけ。


 しかも攻撃を反射する赤奈の花びらの盾を人体模型が殴ると、何事もなかったかのように攻撃を続ける有様だ。


「昭和と平成の妖異達がどうしてこんなに!?」


「面倒な!」


 それはベテランのキズナマキナも同じだ。トイレの花子さんの強力な呪詛、何度も何度も蘇るてけてけ、キズナマキナの速度に匹敵するジェットババア。忘れられた過去の異物。化石でしかないロートルが最新鋭のキズナマキナと互角以上に戦っていた。


「解析は!?」


「ほぼ終わった!」


 後方で様々な計器を操作している者達もまた修羅場だ。


「解析結果から推測は出来る!多分、異様に力をため込んでいるこの村が原因で、今まで都市伝説系の妖異はほとんど現れなかったんだ! それが今解き放たれてる!」


「つまり!?」


「噂が絶頂期だった都市伝説系妖異共がこの村で作り出されている!」


 臨時司令部で働いていた人員が一つの推論を導き出すと、周りにいた全員の顔が蒼白になる。


 この世界では幸いにも都市伝説が流行った時代、人面犬などが姿を現すことが殆どなかった。


 原因がこの村だ。


 世紀末の終末思想と合わせ、世に溢れかけていた恐怖という信仰心を、どこにもないはずなのに存在するという矛盾をはらんだ村が溜め込み続けていた。


 それがSNSの発展に伴って、人間達の間であっという間に拡散するようになった噂、承認欲求、流言飛語の負の念まで溜め込み、ついに溜め込んだ力を吐き出して形作ったのだ。


 その結果は最悪である。噂や念は言うなれば、神の力の源と同じ信仰心なのだ。


 つまりここにいる妖異達は、当時の恐怖という膨大な信仰心で無理矢理編み出された強力無比な怪物達だった。


「やれそうなら例のマキナモードフェイズⅡを出すよう指示しろ!」


「了解!」


 推測から現状があまりにも危険だと判断した指揮官は、桜と赤奈、そして真黄と心白にマキナモードフェイズⅡの使用を命じた。


「桜!」


「はい赤奈先輩!」


「心白!」


「真黄」


 幸いにもマキナモードフェイズⅡの展開は問題ないようで、新たな力を手にした戦乙女達はパートナーと指を絡める。


 現れたるは桜色と赤色が混じり合うと全長五メートルの巨人、ギガントマキア。黄色と白が混じり合うとこれまた五メートルの蠍、スコーピオンが五体も。


 壮観というしかない。


「ギガントマキア行きます!」


「スコーピオン出るよ!」


 桜と真黄の宣言と同時にギガントマキアとスコーピオンが動き出す。


 通常のキズナマキナが戦闘機なら、マキナモードフェイズⅡはちょっとした要塞だ。


 都市伝説系妖異に感情らしいものがあるなら、ふざけるなと叫ぶだろう。幾ら最盛期の力を持っていようと、女達の間に入り込んで接着剤となっている黒い力が僅かに作用しているギガントマキアとスコーピオンは、並の神格すら顔を顰める力を秘めている。


 更にギガントマキアは攻撃を吸収してより強力となり、スコーピオンに至っては分身体を手早く片付けなければほぼ不死身の存在だ。


 結果、都市伝説系妖異は一時的に蹂躙された。


「ギガントパーンチ!」


 動く人体模型がいかに硬かろうが、ギガントマキアの拳を受けると跡形もなく消し飛んだ。


 死なずに這いまわり不死身に近いはずのてけてけも消し飛んだ。


 トイレの花子さんも消し飛んだ。


 大きいということは強いということなのだ。圧倒的な質量による攻撃は、最盛期の妖異ですら防ぐことができず消滅していった。


「でええええええええい!」


「浄化毒散布」


 一方、真黄と心白が操るスコーピオンと相対した妖異達も悲惨だ。


 首無しライダーたちによる一斉突撃と、ジェット婆による杖の殴打を受けたのは、最前線に躍り出たスコーピオンの本体である。妖異達は知る由もないが、本体の前に分身体を片付けなければいけないスコーピオンはまさに初見殺しであり本体は傷一つない。


 そしてスコーピオンの針から漏れ出る浄化の毒は、エンジェルニードルのものより遥かに効力があり、一時的に動きが鈍ったジェット婆が針に貫かれ、首無しライダーは鋏で切断される。


 四体のスコーピオンもそれは同じであり、都市伝説系妖異達は一時的に大きく数を減らす。


 だが彼女達はまだ発展途上であり、マキナモードフェイズⅡもまた同じだ。


(やばっ!?)


 時間制限でスコーピオンが解除されると、真黄は生き残っている首無しライダーが自分へ矛先を向けていることに気が付く。


「真黄!?」


 恋人の窮地に気が付いた心白が珍しく大きな声を出すが彼女にも危機が迫っていた。


「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」


(しまっ!?)


 エンジェルニードルのセンサーには全く反応がないのに、心白の背後から聞こえてくる幼い少女の声。必ず後ろを取るという概念を纏った呪殺の化身が、心白を呪う寸前だった。


 だが首無しライダーもメリーさんも、慌てたように見当違いの方へ顔を向ける。


 その一瞬の間で、真黄の白い指輪、心白の黄色い指輪が滲む漆黒に汚染された。


『他一件の絆を確認! 変身しますか?』


「変身!」


 突如指輪から発せられた声に、真黄と心白は反射的に反応してしまう。


『変身を認証! 選択完了! 邪神■■■! 絆システムコネクト!』


「あぐ!?」


「ぐ……!」


 指輪から溢れた黒い泥が真黄と心白の肌、神経を這いまわり、彼女達の気脈を無理矢理拡張して強大な力を注ぎこむ。


 それと同時に真黄と心白は力の使い方教え込まれる。


「あんたはあんたに殺されろ!鏡面世界対獄ついごく曼荼羅まんだら万華凶まんげきょう!」


 黒い泥が体の各所にこびりついた真黄が叫ぶと、彼女の眼球からどろりと溶けたガラスのような物が零れ落ちる。


 するとガラスのような物は首無しライダーの姿となる。勿論姿形を真似ただけではなく、同質量、同技量、同思考の完全コピー体だ。


「いけ!」


 真黄の号令で一斉に突撃する首無しライダーたち。


 本来なら泥沼の争いになるはずだが、単車を用いての特攻を得意とする首無しライダーの戦いはチキンレースどころではなく、そのままお互いがぶつかり合う大惨事を引き起こした。


「ああ。私の肌が染められちゃった」


 全身のところどころに黒い泥を身に纏い、相変わらず白い腹部だけ露出している心白は、妙に熱い吐息を漏らす。


「じゃあ死んで。四肢しし絵怨ええん死屍しし針侵しんしん


 心白が手に持つ縫い針を自身の胸に突き刺すと、そこを中心にして彼女の白い肌を、蛇のような真っ黒な呪詛がのたうち回って怪しい紋様を作り出す。


 それが露出している腹部だけではなく、四肢の末端まであっという間に到達すると、赤奈の広範囲呪殺の逆。単一に対するほぼ絶対の呪詛をメリーさんに叩きつけて即死させた。


「なんだ!?」


 驚愕の声が司令部に響く。真黄と心白の力ではなく、異常な力が村から発せられたことを検知したのだ。


 自我もないくせに村は防衛本能として、残った妖異達を一塊にしてこねくり回し、新たな存在を作り上げた。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


「巨人!?」


「ダイダラボッチ!?」


 平成や昭和どころではない。古来から日本に伝わる巨人伝説を基に村が作り出したのは、山に匹敵するほどの巨躯。叫び声をあげるダイダラボッチだった。


 ギガントマキアやスコーピオンが巨体故に強いのは当たり目である。だがそれはより大きなものに踏みつぶされるまでの話だ。


 尤も小さいものに強大なるものが殺されることだってあり得る。例えば夜空に浮かぶ羽目になった狩人とか。


「え!?」


「ん」


 ダイダラボッチの登場した途端、真黄と心白の黒い指輪が共鳴した。彼女達は指輪に引っ張られると、黒い球体を形成して混ざり合う。


 そして……。


『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 球体が割れると生物的な叫び声をあげて、全身を黒い泥で纏った三メートルほどの蠍が現れた。


 スコーピオンに比べて明らかに縮んでいる。しかし、その力は恐ろしいとしか言いようがないものだ。


「これがあたし達と!」


「あの人との絆の力」


 黒い泥に包まれている真黄と心白がそう宣言すると……。


『ギイイイイイイイイイイイイイ!』


 黒き蠍の泥がボトリボトリと地面に落下して、そこから百を優に超える一メートルほどの蠍が生み出され、ダイダラボッチに向けて突撃する。


 勿論スコーピオンと同じように、全ての個体が繋がって命を補完しており、これらが一瞬で全滅しない限り本体は不死身である。


『ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 見るからに毒を持っている蠍なのに、ダイダラボッチは知性が皆無なのか、もしくは自分の巨体ならば毒と言っても大して効果がないと判断したのか、踏みつぶすため足を振り下ろしてしまった。


『ガッ!?』


 そして案の定と言うべきか。


 踏みつぶした蠍から、単なる毒どころか人知を超える呪詛の塊を流し込まれたダイダラボッチは、姿勢を保てず膝をついてしまう。


 数は多いと言えど小型の蠍ですらこうなのだ。


「いっけええええええええええええええ!」


「仕留める」


 他の小型蠍だけではなく、大本である漆黒の蠍もまた真黄と心白の気迫に反応するように、長い尾を撓らせてダイダラボッチの足に針を突き刺した。


『グ!?』


 ダイダラボッチの断末魔は短かった。大本の蠍から人知を超えた呪詛すら凌駕する毒を受けたダイダラボッチは、苦しむ間もなく息絶えて霞のように消え去った。


『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 生物的な勝鬨を上げる漆黒の魔蠍。


 こうして後にさそり座と関わりがあるタロットカードから名を取り、デスNo.13 死神と名付けられる存在が誕生したのであった。


「いったあああああああああ……!」


「ぐむ……!」


 デスが現れた時と同じように一瞬で消え去ると、その核であった真黄と心白が地面の土を握りしめ脂汗を垂れ流す。尤も彼女達を遥かに超える超越者の力を借り受け、この程度で済んでいるのは幸運以外の何物でもない。


「真黄ちゃん! 心白ちゃん!」


「大丈夫!?」


 その負担を知っている桜と赤奈が真黄と心白に駆け寄った。


 次の瞬間。


「え?」


 誰かの呆然とした声。


 それはベテランのキズナマキナのものだったか。あるいはマキナイのものか。


 あるいはあるいは桜と赤奈のものだったか。


 もしくは苦しみすら忘れた心白と真黄のものだったか。


 しゃきんと刃物の音が村に鳴り響く。


 恐れることはない。単なる鋏の音だ。


 しかし……。


 人類が体験したことがない大瀑布の如き妖気が村を覆った。


 じゃり。


 ヒールが土を踏みしめる。


 廃村の家から女が出てくる。


 唯一……あまりにも格が大きすぎてようやく形作られた女が、再びしゃきりと鋏を鳴らす。


「あ、あ、あああ」


 同じくしてマキナイが鳴らすのは恐怖の吐息。


 昭和に起こった占いのブームだが……やはりオカルトと占いは密接に絡んでいるのか、とある存在が同じ年に存在していた。


 春から夏に移る季節なのにコートとマスクを身に纏った怪人。


 噂だけでついぞこの世界で実態を伴って現れなかった筈の妖怪。


 手に持つ武器が単なる鋏だろうが全くそんなことは関係ない。


 紛れもなく日本を支配した恐怖の象徴。


 なによりも誰よりも有名だった一つの頂点。


『私いいいいい綺麗いいいいいいいいいいいいいいハハハハハハハ!』


 ゲタゲタゲラゲラと笑う女のマスクが取れた。


 間違えるはずがない。


 頬まで割けた口を。


 名を。


 知名度という信仰心を“村”が無理矢理維持したまま。


 1979年の春から夏にかけて。


 怪物の中の怪物。妖怪の中の妖怪。伝説の中の伝説。


 雑多な神格すら寄せ付けない一億人の想い恐怖の結晶。


 現れてはいけない究極の神格。


 恐らくただ一人で日本の人間全てを切り裂ける……。


「口裂け女だああああああああああああああああ!」


 最盛期の信仰を基に形作られた口裂け女が現れた。


『綺麗なのよおおおおおおおおおおおお!』


 いや、それどころか真黄の母と同じように美しさを誇り、SNSで承認欲求に狂った者達の狂気すら取り込んで、最盛期の信仰心すら上回ってしまっていた。


『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 私綺麗いいいいいいいいいいいいいいいい!? 綺麗なのは私だけでいいいいいいいいいいいいいい!』


 口裂け女が狙うは桜、赤奈、真黄、心白などの学生キズナマキナ。小学生や中学生の前に好んで現れるとされる口裂け女は、最も年若く美しい彼女達にその意識を向ける。


「負けるかあああああああああああああああああ!」


「知ったことじゃない」


 だがそんなものに屈する真黄と心白ではない。震える足で無理矢理立ち上がり、再び戦うためにマキナモードを展開する。


「赤奈先輩!」


「ええ!」


 桜と赤奈も同じであり、彼女達は最強の妖異に対峙しようとした。


 その前に。


『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』


 口裂け女の笑い声ではない。


 いつの間にか真黄と心白の眼前で、大地へ突き刺さった一枚のカードの絵柄。ぼろ布を纏った骸骨が哄笑した。


 そして骸骨が、死神のカードがどろりと崩れ……。


『綺麗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』


 狂乱する口裂け女に対し、性根が醜いという考えは発せられなかった。


「阿修羅闘印」


 代わりに漆黒の闘神は闘気を形作った。

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