変えられている乙女達

 真黄と比べて心白の変化は妙な意味で分かりにくい。


 元々学園でも臍出しピアススタイルを貫いている心白は、変わった感性の持ち主であるとみなされており、突拍子もないことをしても、まあ心白だからなと思われる。


(今度はタトゥーか)


 だから心白のハート型臍ピアスが揺れる白い肌に、黒い星のようなものが散りばめられていても、男子生徒達は誰も奇妙に思わなかった。


「あれー? 心白タトゥー入れたの?」


 心白や真黄ともそこそこ仲のいい女子生徒が無邪気に問う。


 恐怖の大王が忘れられるほど時代も進み、かつてほどタトゥーも忌避されなくなった。ましてや特殊な紋様や戦化粧を用いて戦う者達も多数いるため、マキナイの世界でタトゥーは特別な物でなかった。


「シールタトゥー。一週間くらいで消える奴」


「ああねー。それってさそり座でしょー?」


「正解」


「ぴったりじゃんー」


 尤も心白の腹で輝いているような黒い星は本格的なタトゥーではなく、単なるシールタトゥーだ。そして年頃らしく占いや星座に詳しい女子生徒は、その黒い星がさそり座の配置であると気が付いた。


「あのさそり凄いよねー」


「私と真黄の愛の結晶だから」


「はいはいご馳走様ー」


 間延びした口調の女子生徒は、シールタトゥーの由来が心白と真黄が辿りついた境地であるマキナモードフェイズⅡであると気が付いた。


「でもお店に黄色と白のさそり座はなかったかー」


「ん」


 そんな女子生徒は、さそり座の星が黒い理由を単純に考えたが……頷いている心白にすれば黒でよかったのだ。


「あ、真黄ー。真黄もさそり座のシールタトゥーしてるのー?」


「してるけど服の下だからここじゃ見せられないし―」


「さっすがカップルー。ひゅーひゅー」


 教室にやって来た真黄もまた服の下にシールタトゥーをしているようで、女子生徒はニヤニヤしながら囃し立てた。真黄のもまた当然のように黒いさそり座である意味を知らぬまま。


 ◆


 壮観な眺めだった。


 真っ黒な空間で次代の星と呼ぶに相応しいキズナマキナが四人。桜、赤奈、真黄、心白が揃い、輝く金属の鎧を身に纏っている。相対するは一人だけであり、真黄が実質五人として機能することを考えると八対一の戦いになる。


「フルブースト!」


 桜の拳が。


「リフレクション起動!」


 赤奈の攻性防御盾が。


「ミラーアバター展開!」


 真黄の分身体が。


「突撃姿勢」


 心白の針が。


 その全てがたった一人、漆黒の体となった墨也に向かっていく。


 彼女達が墨也の部屋を訪れるのは談笑するためではなく、運動不足を実感している彼と組手することが理由だ。しかし最新鋭戦闘機が個人にその矛先を向けるのと何ら変わらない光景だが、怪我をしないように展開されている非常に特殊な結界のお陰で、キズナマキナ達に遠慮はない。


 否。


 そもそも結界がなかったとしても、墨也に怪我をさせることができないという確信と信頼が彼女達にはあった。


「はああああああああ!」


 可愛らしいながら裂帛の声を出す桜が、学生キズナマキナで最高峰の物理的破壊力を秘めた巨腕を繰り出す。それは一見殴りつけようとしているだけに見えて、頭から足のつま先を連動させて拳に伝達した見事な打撃だった。


 そしてタイミングを合わせた赤奈、真黄達、心白も墨也を包囲して同時に仕掛けた。


「っ!?」


 だが驚愕したのは墨也ではなくキズナマキナの乙女達だ。


 さそりを真似て腕六本と足の二本の八本でいこう。そう墨也が思ったか定かではないが、黒い両肩から四本の逞しい腕が伸びた。


(阿修羅!?)


 赤奈は墨也が三面でこそないものの、六臂の様相となったことでそのモデルがなにかを察した。しかし、今回の墨也の戦法はどちらかというと妖異達に近いもので、その逞しい腕が異様に伸びてキズナマキナに襲い掛かった。


「ちらっと思ったんだが、学園は棒人間みたいな式神を使うことが多いのか?」


「てやあああああああ!」


 墨也の質問を桜は完全に無視して、蛇か意思を持つ鞭のように伸びる黒い墨也の腕の一つに、己の機械腕を叩きつけた。


「そうで!?」


 一方、まだ墨也との組み手に慣れていない心白は、問いに素直に答えようと口を開いたが、構わず襲い掛かってくる腕を回避するため言葉が途絶えた。


(私の弱点を!?)


「うええええええええ!?」


 この攻撃で苦戦しているのは赤奈と真黄だ。


 赤奈の攻性防御盾は衝撃が強ければ強いほど、反射する威力も大きくなる。しかし、しなやかに蠢いて彼女を拘束しようとする黒き腕は、衝撃を伴った攻撃を行わないためほぼ無意味であった。


「ひょっとして分かってますー!?」


 真黄もまた窮地であるが赤奈とは若干違う。


「やばいー!」


「止まらないんですけどー!」


「うきゃっ!?」


「ぬあー!?」


 腕は真黄の本体にきっちり狙いを定め、残りの分身体はなんとか本体を逃がそうと奮闘している。


「本物の真黄だけ明らかに目の輝きが綺麗だからな」


「ふえ!?」


 スラスターを全開にして回避運動を行っていた真黄だが、墨也の呟きをはきっりと聞き取り素っ頓狂な声を漏らす。


「というか全員そうだな。態々探らなくても間違いようがない」


「っ!?」


 墨也が余計なことを言ったとしか表現しようがない。真黄と心白だけではなく、ある意味慣れている筈の桜と赤奈も一瞬だけ集中力が乱されて機動が乱れる。


「うん? 意識が逸れたぞ」


 その原因が分かっていない脳みそまで筋肉ダルマだけが、気にせず変則的な組手を続行した。


 馬鹿に付ける薬はないというが、脳筋に付ける薬はプロテインだけなのだろう。


 ともかく、こうしてキズナマキナの乙女達は人知れず変えられているのだった。

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