鏡の蠍

 部屋から脱出した真黄と心白はとにかく忙しかった。


 奈落神との関わりや“部屋”のことを統合本部に説明しただけではなく、鎮守機関や学園からも事情聴取されたのだ。しかし、早くも日本最厄の禍津神認定されている存在の関係者になった真黄と心白は丁重に扱われたため、理不尽なことはされなかった。


 そんな心白と真黄が二人揃って学園の訓練場に立っていた。


「ふう……いよっし! やっちゃおう心白!」


「ん」


 必要以上に気合を入れる真黄と心白。


 それもその筈で、彼女達はこれからトラウマが絡んでいる自らのマキナモードを展開しようとしているのだ。


(一条さん、あたしやりますから!)


(やってみせる)


 だが彼女達の胸には、人のために戦えると言ってくれた墨也の言葉があった。


「マキナモード!」


「マキナモード展開」


 故に真黄と心白はマキナモードを発動しても動揺することなく、鏡と針は更なる輝きを放ち棒人間式神を照らした。


 尤もこの棒人間式神、学生キズナマキナの訓練を念頭に生み出されたものであり、そこらの妖異を歯牙にも掛けない。


「ミラーアバターってやっば!?」


「エンジェルニードル!?」


 現に棒人間は四つの分身体を引き連れた真黄どころか、一瞬でトップスピードに到達した心白の突撃に匹敵する速度で駆け出して迎え撃つ。


(マズい。機動性が同じなのに小回りが劣ってるかも)


 僅かな瞬間で心白は現状が危険だと判断した。


 心白のエンジェルニードルは、各部のスラスターをほぼ全て一直線の機動に回しているため、旋回性や運動性がかなり低い。一方の棒人間は足のみで心白に劣らぬ速度を叩き出しているので、体を捻って旋回するくらいは容易く行えるだろう。


 実際そうなった。


「ぐっ!?」


 体を捻ってエンジェルニードルから逃れた棒人間は、心白が凄まじい速度で横を通り過ぎる前に殴りつけ、彼女の口から苦悶の声が漏れる。


(失敗した! やられてもいいあたしの分身体を先に突っ込ませるべきだった! 反省は後! 敵は速度と技量! 心白に大したダメージがなさそうだからパワーはそこまで! 絡み取られる前に手数で一気に圧し潰す!)


 今年の春からマキナイとなった真黄は、経験の浅さからくる失敗を認めながら、それでもすぐに切り替えて棒人間の戦力を分析した。


「心白!」


「ん!」


 真黄はじり貧になる前に数の力で圧殺することを選択して、体勢を立て直した心白と連携を図る。


「立体五稜郭キーック!」


「突き刺す」


 地面だけではなく空中からも立体的に攻撃する真黄と、その射線軸に被らないように突撃する心白。


「やっば!?」


「くう……」


 その全てを棒人間は見極め速さと技量、手足を用いて掻い潜った。


(技術ってやっぱ大事だ!)


(痛感する)


 技と力の完成形である墨也を見ていた真黄と心白は、勢いだけではなく技術も大事な要素だと再度認識することになった。


「でも今はこれしかないよね!」


「同意」


 とはいえ一年生にはできることが限られているため、真黄と心白は付け焼刃の小細工の選択肢を捨て、今現在できることを精一杯行おうとした。


 その想いに指輪が応えた。


 一週間の経験。黄色と白の絆の間に挟みこんでいた黒の存在。そして直視したトラウマ。


 確かに明日へ一歩踏み出した信念。


 それらが重なり合い真黄と心白に更なる力を齎す。


「うわ!?」


「っ!?」


 突然強烈に輝いた真黄と心白が驚愕する一瞬の間に、彼女達は混じり合って一つの形となる。


「まさか!?」


 その光景に既視感がある教師陣の眼前には……。


 その既視感と同じやはり五メートルに及ぶ巨体。磨き上げられた鏡面の装甲と二つの鋏。八つの歩脚。八つの目。そして尾から伸びる鋭すぎる針。


 鏡体の蠍とでもいうべき怪物。後にスコーピオ蠍座と名付けられるマキナモードフェイズⅡが産声を上げた。


「よく分かんないけどいっけー!」


「とりあえず刺す」


 真黄と心白の想いに反応した蠍の尾は鏡のような装甲のくせに伸縮自在であり、柱のような長さなのに鋭い針で棒人間を串刺しにするため伸びた。


 それに対し棒人間は機動力で対抗しようとしたが……。


 実はこのスコーピオン、基礎的な単純スペックで比べた場合、フィジカルでごり押しする桜と赤奈のギガントマキアにかなり劣るし、後に続く者達と比べてもそうだ。


 逆に言えばそれ以外を参考にすると、スコーピオンは非常に強力……いやらしい存在だった。


 真黄の能力が元となっているスコーピオンなのだから当然の如く備わっている能力。


「やっぱり出せた!」


 喜ぶ真黄の視界では、全く同じ質量、戦闘能力、そして意思を共通した四体のスコーピオンが出現。棒人間は五メートルサイズの怪物五体に囲まれる。


 だがなんとそれを棒人間は躱しながら、明らかに本体と思える最初に出現したスコーピオンに突撃。拳をその頭に叩きつけた。


 しかしスコーピオンは無傷だ。単に棒人間のパワーが足りないのではない。


 鏡面装甲で反射し合っているスコーピオン達の本体は、分身体の状態をそのまま己の姿形に保つことができる。つまり、まず分身体の四体を全て始末しないと、本体は常に完璧な状態を維持できるのだ。


 しかも分身体同士も本体ほどではないものの繋がりがあるため、一気に削らなければ分身体が補完し合って元の姿に戻るという面倒さ。


 もしスコーピオンを攻略するなら、圧倒的な大火力で纏めて始末するしかないのだ。


「こんな感じ?」


 心白の武器が肥大化したようなスコーピオンの針は、妖異達にとって致死の猛毒に等しい浄化の力である。そんな針が高速で振動すると、辺り一帯にまで浄化の力がまき散らされ、棒人間は大きく弱体化した。


 その弱体化した棒人間に、スコーピオン達の猛攻を防ぐ手立てはない。


 常に四方八方から突き出される尾に絡めとられ、胸に針を打ち込まれた。


「あ!」


「あ」


 異常なまでに感覚が高まっているからか……それとも繋がっているからか。真黄と心白は、学園の遠方にある高層ビルの上で、馴染みある黒い揺らめきが消え去ったのを察知した。


(よく分からないことになりましたけど、やりましたよー!)


(やりました)


 その黒に想いよ届けと真黄と心白は心の中で話しかけ、スコーピオンは初陣を勝利で飾るのであった。

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