揺らめく黒

『今日の星座占いのコーナーです』


 テレビの録画が垂れ流され続けているが、真黄と心白が年頃の女らしく占いという単語に興味を持った。


「商店街の占い師に聞いた話だが、最近また占いブームの兆しがあるとかなんとか」


「あ、うちの学園でもよく占星術師の学生が話しかけられるような。違うっけ?」


「合ってる。見習いレベルだから勘弁してくれと逃げ回ってた」


 ふと老占い師との会話を思い出した墨也が話を振ると、真黄と心白にも心当たりがあった。しかし、学生占星術師の腕前は見習いであるため、あくまで当たるも八卦当たらぬも八卦でしかなかった。


「そういえば、一条さんのお店に占い師さんからの花輪がありましたよね? 一条さんも占いとかできるんですか?」


 真黄が無邪気な問いをした。開店したばかりの一条マッサージ店にはまだ花輪が飾られており、その中の一つの送り主の肩書である占い師という単語を真黄が思い出しただけの話だ。


「まあ、やり方は知っているからできんこともない。本当に知っているだけだが」


 顎を擦る墨也は、曖昧な答えをしながら体の中からカードの束を取り出す。


「えーっと、これは……あ、分かった!」


「タロットカード?」


「そうそれそれ!」


 真黄は一瞬戸惑ったが、絵柄を見て心白と共に正解を導き出す。


「その通り。22枚の大アルカナを使うタロット占いだけ齧ってる」


 大きな掌にすっぽり収まるカードは全部で22枚。名を大アルカナ。


「若干の例外はあるが、基本的にちゃんとした向きはいいこと。逆さを向いていたらよくないって感じで、22枚それぞれに意味がある。そして一番いいカードは“世界”だ。完全無欠といっていい。他にも色々とあるがそりゃ!」


 墨也は説明している途中なのに、唐突にカードの束をひっくり返してお目当ての絵柄を見つけ、それを机に置いた。


「はい“世界”の正位置。真黄と心白の運勢は最高。普段は占わないが、今回は特別だぞ」


 月桂樹の輪にいる女性。“世界”のカードの正位置。完全で完璧。究極。それが脳筋的占いで導き出された真黄と心白の運勢である。


「ぷふ」


「ぷ」


 そのあんまりな占い方に、思わず真黄と心白の口から空気が漏れる。


 そして、墨也が言いたいこともなんとなく分かった。


「占いなんてこのくらいでいいのさ。笑う、楽しむ、勉強する。そんな人生の柱の補助未満だ。拘る必要はない。それに人はやろうと思えば運命だって乗り越えられる。悪い運勢だって言われたらぶち破っちまえ」


「はい!」


「分かりました」


 未来を言い当てる占い。言葉の響きはいい。だがそれに盲目的に従い、占いに人生を左右されることはない。あくまで単なる彩の一つ程度であると墨也は言ってのけ、真黄と心白も頷いた。


 だが次の瞬間、またしても部屋にトラウマが具現化し始め、墨也が漆黒の体になる。


『き!?』


『お!?』


 そして墨也の拳がトラウマに突き刺さり霧散する。


「だから明日へ行く者の過去を使って態々足を引っ張るな」


 盤石すぎる意思を宿した深紅の瞳が部屋を睨みつける。


 それに対し真黄と心白はこれ以上ない頼もしさと共に、模造品を通して実の親に言語化できない感情を抱く。


 美しさを誇る。人間として当然だろう。より上位。より優れていることを誇示することは、動物の求愛から見ても分かるように本能だ。


 妻が死んだことを嘆き悲しむ。それだけ愛が深かったのだろう。素晴らしいことだ。


 だがそれに囚われ狂乱し、自分達を不要なモノという結論を下したのもまた、間違いなく親であったが親でなかった者達の意思だ。


「どんどん弱まってるな。心白と真黄が前を向いてる証拠だ」


 複雑な感情を抱いていた真黄と心白に、また墨也が逞しい笑みを向ける。


 だが、彼に対する感情はもっと単純でありながら……これもまた彼女達自身でも自覚がないものだった。


『実は占いブームは何度かあり、昭和でも』


 ◆


(……昔を思い出した私にとって、男性の理想かも)


 心白が布団の中で考え事をする。


 起きている間は真黄と墨也がゲームや漫画の話で盛り上がり、それに参加している心白は考え事をする時間があまりない。それ故に一日の終わりのゆっくりしている時間だけ考える余裕があった。


 そして心白の男に対する理想像についてだが、悲しい理由で普通と言わざるを得ない。


 怒鳴る。狂乱する。酒とタバコを手放せない。ギャンブル依存症と浪費。薬物中毒。頼りにならないと言うより頼れない。責任転嫁。心白の父は悪い見本市としかいいようがなく、その正反対の男性像を心白は求めていた。


(きっと頼りになるってああいう人のことを言うんだ)


 その正反対を満たし、なおかつこれ以上なく頼りになる墨也は、心白が無意識に求めてやまなかった存在と言えるだろう。


(どうしよう……困った。墨也さんの写真が欲しいかも)


 感情の起伏が乏しい心白なりに心底困ることを考える。


 写真が欲しいなど、今現在置かれている状況を考えると的外れな欲求だ。しかし、心白と真黄が毎日毎日、今日の分であるとして写真を撮影するのは、幼い頃の写真やアルバムが全く存在しないことに起因する歪みが関わっている。


 しかし、心白も今現在の状況が分かっているため、墨也に写真を撮らせてくれとは言えない。言えないが、歪みで生み出された欲求は、なにか特別なことがあるとそれを撮りたくなってしまう。


(……とりあえず後の話。この部屋で写真撮ったら何が映るか分からない。寝よう)


 心白は現実を見てそんな欲求を振り払い、思考を止めて寝ることに集中した。


 無意識ではなく、意識している状況下でも黒が侵食しているのだ。心白の、そして真黄の指輪が布団の中で僅かに黒が揺らめき、そして元の黄色と白に戻った。

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