溶け込む黒

(……はれ? あたし……そうだ。訳わかんない部屋に……)


 目覚めた真黄は一瞬混乱するもすぐに状況を把握した。


 かつてのトラウマ対面した真黄と心白は心身共に疲弊しきっていたため、二度目の襲撃があっても墨也に促されるまま布団に包まるとすぐに寝入ってしまった。


(心白……いた)


 真黄が横を向くと、そこにはまだ眠っている最愛の女性、心白が微動だにせず眠っていた。


(あたしも寝てるときは動きがないみたいだけど、原因が……はあ……)


 真黄と心白は、魔気無異の女子寮の管理人には無断で、一緒の部屋で寝起きしすることが頻繁にある。その際、先に起きた心白から、真黄もまた微動だにせず寝ていたと言われたことがある。


 その時はそういうものなのだろうと気にしなかった真黄だが、封印していた記憶が暴かれた今ならその原因に心当たりがあった。


(多分怒られるのが怖かったんだろうなあ……)


 真黄の推測は当たっていた。幼少期の彼女達は親の注意を引かないようじっとしていることが多く、それは無意識な筈の寝ている時すら例外ではなかった。


 そんな心白がうっすらと目を開けて目覚めた。


「ん……真黄?」


「おはよ……!?」


「おはよう……!?」


 一瞬ぼっーと天井を見上げた心白だが、すぐに覚醒すると隣で自分を見つめていた真黄に顔を向け……二人とも脳が完全に目覚めて状況を把握した。


 ここは二人だけの空間ではないのだ。


「一条さん!?」


 トラウマのせいか寝起きのせいか。脳が麻痺していた真黄と心白は、飛び起きて布で区切られた向こう側にいる筈の男、墨也に呼びかけながら這い出た。


「おはよう。さあ朝食を作ろう」


 その部屋を区切っている布から出た先には……エプロンを装着して卵焼き器を掲げる墨也の姿があった。


 ◆


「いただきます」


「いただきまーす!」


「いただきます」


 白ご飯、卵焼き、みそ汁、鮭の塩焼き。まさに日本食。


 単なる日本食でも真黄と心白には縁遠くなっていた。彼女達の普段の朝食は菓子パンだけで、ちゃんとした朝食は両親が死んだ後、保護施設にいた時以来であり、今まで朝食を作ったこともない。


 しかし夕食のカレーと同じように、真黄と心白は墨也の料理補助を行い、朝食が出来上がるまで食欲を刺激する匂いを嗅ぎ続けた。そのせいかお腹がきゅるりと鳴り、真黄の褐色の肌と心白の白い肌はほんのりと赤くなっていた。


「テレビの録画の続きを見ていいか?」


「あ、どうぞどうぞ」


「お気になさらず」


 墨也は二人の羞恥を打ち消すため、気が付かないふりをしてテレビの録画を見ることにする。


「接客業でもあるからな。流行りとか世間のことを知ってないと、お客さんから話を振られたときに知りませんじゃ、それこそ話にならないんだよ。だから時間がない時は録画して後から見てる」


「な、なるほど……」


 ある意味でプロ意識の高い墨也の言葉だが、その客として来店したことのある真黄の語尾が弱い。というのも墨也の行う地獄の足つぼ中に話しかける余裕など全く存在せず、頭から流行りの話題など吹き飛んで【痛】一色になる経験をしていた。


『次は旅行のコーナーです。段々と暑くなり夏に向かい始めた今日この頃。海開きを控えた海水浴場では……』


 テレビで緩い雰囲気のコーナーで海が紹介されると、真黄と心白の関心が強くなった。


「二人は海に行く予定あるか?」


「ありますあります!」


「夏休みに旅行で海に行く話をしてました」


「ほほう。そういや昔、海の家でバイトしたことがあったな。焼きそばを作り続けて一日が終わるくらい忙しかった」


 真黄と心白が注目していることを察した墨也が話を振ると、二人は夏の予定を告げる。しかし、彼が海の家でバイト云々の話をすると、彼女達の脳内に筋骨隆々で海パンを履いている墨也が現れ、焼きそばを焼いている姿が鮮明に映し出された。恐らくあまりにもイメージしやすかったのだろう。


 余談になるが墨也の血族は、浜辺、海中、船上など、海との相性がとことん悪いようで、ほぼ確実になんらかの騒動が起こる。そして酷いときは、世界が滅びるかの瀬戸際に何人か巻き込まれていた。


「そうだ、昼は焼きそばを作るか?」


「ぜひー!」


「はい」


 思いついた墨也の提案に、真黄と心白は心の底から同意する。その心に黒が侵食していることに気が付かないまま……。


 ◆


 その日の就寝時、真黄と心白は夢を見た。


『じゃーん! この水着どうー?』


『ばっちりキマッってる』


 ビキニの水着ではしゃぐ真黄と、臍ピアスを揺らす心白が浜辺を歩く。


 二人の予定である旅行が想像となった夢だろうか。しかしそれならなぜ……。


『わあー! 綺麗な海ー!』


『ええ、本当』


 桜色と赤色が。


『ぬあ!? 砂あっつ!? やっべえ!』


『サングラス、サングラス……あれ? あ、あった』


 銀色と紫色が。


『この海、どこまでも声が届きそうー!』


『じゃあ私はどこまでも泳いでみようかね』


 緑色と青色が。


 そしてなにより。


『ふむ、俺の筋肉量では間違いなく海に沈むな』


 馬鹿なことを言っている黒が混ざっているのだろうか。


 この夢は真黄と心白も覚えていなかったが……正夢になるかは誰も知らないことだった。

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