滲む黒

 世界が揺れる。


 雷が迸る。


 裁きが下される。


 大地が滅ぶ。


 そして底なしの奈落へ落ちていく。


「おお……マジか……」


 墨也の操作するゲームのキャラクターが。


「ぎゃー!? 一位だったのにー!?」


「一位あざっす」


「心白!?」


 一方コースアウトして呆然とする墨也を放っておいて、真黄と心白は熾烈な首位争いを繰り広げる。


 彼女達は墨也の宣言通り、宿題が終わった後に家族や友達との対戦を主眼に置いた、ハチャメチャなレーシングゲームをプレイしていた。


 だがそれにしても、テレビとゲームの電源ケーブルは墨也の体の中にある発電機に繋がっているため、この男はやはりキャンピングカーでも目指しているのだろう。


「ふっ。まだまだ若いな。一位は妨害される頻度が高いから、最後に美味しいところを頂く方がいい」


「ちなみに今の順位は?」


「……下から二番目だ」


 偉そうなことをほざいて余裕を見せる墨也の理論は一見理にかなっている。だが心白が突っ込んだ通り、コンピューターキャラに混ざって下位争いをしているようでは話にならない。


 偶に親戚連中が襲撃した時にしかこういったゲームをしない墨也は、ゲームの腕前がプロという訳ではない。そのため運が良ければ一位になれるし、上手くいかなかったら最下位にいるようなごく普通のプレイヤーだ。


「三位になったああああああ!?」


「ぐげ……」


 一方首位争いをしていた真黄と心白は、コンピューターからの妨害が入り、二人仲良く順位を落としていた。しかしそれでも二位と三位であり、墨也とは雲泥の差だ。


 しかし、これは真黄と心白が普段からゲームをしているからではなく、単に持ち前のセンスによるものだ。


 彼女達は基本的に部屋で遊ぶという発想がない。今まで記憶に蓋をしていても、二人にとって部屋は遊ぶ場ではなくただ親に怒られないようじっとしている場所だった。それが現在でも続きゲーム機を買って部屋で遊ぶことはなく、精々が同性の友人の家に遊びに行った時に、数回遊んだだけである。


 つまり真黄と心白は持ち前のセンスだけで、墨也を圧倒しているのだ。


「うきゃー! 三位のままあああ!」


「一位の座が……」


 そのまま彼女達はゴール。


「お、おかしいな……さっきはレースは三位だったのに……」


 墨也はやっちまったと顎を掻きながらそれより遥か遅れてゴールした。


「一条さんもう一回!」


「よーし。ラスト一回やってみるか。まあ俺の勝ちで今日は終わらせてもらうがな」


「私が勝つので無理かもしれません」


「あたしだしー!」


 賑やかにゲームに興じる三人。それはひょっとすると、真黄と心白が無意識に望んでいたものかもしれない。


 ◆


 ゲームも終えた真黄と心白は、天井から垂れ下がる布で区切られた空間で、布団にくるまっていた。


(お兄ちゃんがいたらこんな感じだったのかなあ)


(兄がいたら……)


 奇しくも真黄と心白は、似たような状況に陥った際の桜と同じことを考える。違うことと言えば、桜はちゃんと両親がいるのに対し、二人は親であって親でなき者達が既に死んでいるため、二重の意味で家族が存在しないことか。


(見守っててくれてー)


(本当に困ったときは助けてくれて……)


 短すぎる付き合いだが、二人は墨也のスタンスをなんとなく理解していた。基本的に過度な干渉しないが、相手が困っているときは手伝うから一緒にやるぞと言い、どうしようもない場合には矢面に立つ男だと見ていた。


(あ、そういえば……一条さん、瀬田伊市の神様ってことはー!?)


(桜と野咲先輩が巫女してる神って、一条さんになる!?)


 眠る前に考え事が止まらず、墨也と桜、赤奈の関係に思い至った真黄と心白だが、部屋の中で急速に妙な力が高まったことで飛び起きた。


 この部屋、ある意味概念世界の力と言うべきか。


 一度再現されたトラウマが破壊されようと、本人が克服しなければ定期的にまた再現されるのだ。


 結果再び現れた真黄の母と心白の父。しかし前回は手足も首も伸び、歯も釘のようだったのに、今回はそのようなことはなくあくまで人間の形だった。


『こ』


『こ』


 そしてまたしても再現されようとする最後の言葉。


 だが。


 見苦しい末期の言葉など聞くに値せず。


 闘神が一度動きを見切った相手に苦戦するはずがない。既に墨也は漆黒の体となっていた。その両の拳が模造品の顔に突き刺さっていた。


 そもそも二つ合わさった程度の部屋など、その端から端までが墨也の制圧圏内なのだから有利過ぎる。


 これに対しトラウマを生み出す部屋はなにもできない。墨也は異常なまでに心理障壁が分厚いどころか綻び一つなく、戦いにおいて明鏡止水に至っているため、再現されても怯えるようなトラウマが存在しないのだ。


 尤もトラウマという条件を排除したところで、部屋の権能とすら言い換えられる力ですら、完全な出力不足で墨也の記憶にいる数名は再現不可能だが。


「二度も言わさん」


 消滅した模造品をその赤く猛る目で睨みつけていた墨也が構えを解く。


「倒しても復活するのか。都市伝説系が混ざり合うと妙なものが出来上がるな……おっと、今のだが、前のよりも異形じゃなかっただろ? 真黄と心白が前を向いてる証拠さ」


 首を傾げながら部屋の奇妙さに顔を顰めるだが、真黄と心白には太い笑みを向ける。その笑みは墨也が最初に模造品を打倒した後、真黄と心白に向けた笑みと同じだ。


 しかし、受け取り先である彼女達はその時の呆然としている状況ではない。


 真黄の白い指輪、心白の黄色い指輪は、その内部で僅かにどす黒い漆黒が滲んでいた。

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