宿題

「宿題はあるか?」


「え?」


 食器を洗い終わった墨也が唐突にそう言うと、真黄も心白もポカンとした。


「こういったときは普段と変わらないことをした方がいい。学園の宿題形式とかはよく分かってないが、鞄の中にプリントがあったりしないか?」


「あ、あります」


 墨也の普段通りのことをした方がいいという理論に納得した真黄と心白。彼女達は放課後そのまま遊びに出かけたため、学生鞄の中に宿題もあった。


「それじゃあ終わらせて、部屋から出た後に提出しないとな」


「そうですね!」


「はい」


 このまま部屋にいるのではないという先のある希望と、今するべきことを両方提示された真黄と心白は、普段は乗り気ではない宿題に取り掛かった。


「おっと。先に言っておくが理数に関してはお手上げだぞ。筋トレのことなら別だがな」


 なお墨也は先手を打って理数では力になれないと伝えた。ただ本人の言う通り、これが筋電図やら筋トレの効率的な計算ならすらすらと読み解けるので、頭の中が筋肉も汚染されているとしか言いようがない。


 ただこの宿題、魔気無異学園で恐れられている教員、安藤優香が出したものだった。


(一条さんでも苦手なのとかあ、る……なにこれ?)


(……うん?)


 真黄と心白は今のところ完璧超人である墨也にも苦手な物があるんだと思いながら、碌に見ず鞄にしまい込んだ宿題プリントを見て固まった。


「……爆薬と呪術はどちらを恐れるべきか意見を述べよ?」


「ぶっ!? ごほっ!?」


 呆然と呟く二人の声を聞いた墨也は、珍しいことに吹き出しそうになりせき込んだ。


「きょ、教師の名前を教えてくれないか?」


「え? 安藤……心白、安藤先生の下の名前って優香だっけ?」


「確かそのはず」


「優香? 女性?」


「そうです」


「なら違うか……いや、急にすまん。身内が好きそうな問題だと思ってな」


 墨也は安藤教員の名と性別を知ると、恐らく身内ではないはずだと結論した。しかしその脳裏では、権能による呪殺だけではなく爆薬も知っておくべきだと、彼に邪神流爆殺術を伝授した曾祖父がサムズアップしていた。


「中々に実践主義の先生とみた」


「当たりです」


「はい」


 一方で真黄と心白の脳裏には、眼力だけで人を殺せそうなほど人相が悪い女教師が、自分達を睨みつけていた。


「しかしこれ、難しいだろう」


「さっぱり分かりません!」


「呪術と爆薬、どちらも馴染みがないです」


「まあそうだろうなあ」


 顎を擦りながら問題文を確認する墨也の言葉に、真黄と心白は頷いて同意した。


 呪術は呪殺と密接に関わるため、技術を習得している者は表に出てこず、キズナマキナとはいえ学生である彼女達が触れる機会はそうそうない。そして爆薬は完全に専門外であり、その二つを比べろと問われたら困惑するしかなかった。


「真黄はどう思う?」


 墨也は食事中に真黄と心白から名前で呼んでほしいと言われたので、真黄の名を呼んで質問した。


「えーっと。呪術かなあと。本当になんとなくですけど」


「心白は?」


「私は……爆薬かなと。なんとなくですけど」


 ここで意見が分かれたが、真黄も心白も自分の意見を言語化できないため、首を傾げ合っていた。


「ふむ。問題文にある恐ろしさを言い換えて、強みと弱みを考えてみるか。真黄、呪術の一般的なイメージでの強みは?」


「髪の毛があれば、超遠距離から呪えることですかね。丑の刻参りとか」


「そうだな。髪の毛があれば後は複雑な指定なしに呪いを送れるのは強みだ。逆に有名なデメリットは?」


「呪詛返しがあるから扱いが難しい」


「そう、技術体系として呪いをそのままそっくり送り返せる呪詛返しが確立されている以上、呪術は常に反撃されるリスクを背負ってる」


 真黄に呪術の強みと弱みを質問をした墨也は、その答えに頷いた。


 呪術は髪の毛一本あれば成立する恐るべき術だが、問題なのは古来より呪詛返しの技術も確立しているため、どれだけ遠距離から呪殺を行おうとしても、下手をすれば自分が逆に呪いを返される危険がある諸刃の剣なのだ。


「では心白。そうなると逆に爆薬の強みは?」


「すぐ反撃される心配がない」


「もう一ついってみよう」


「もう一つ……呪術のように技量にそれほど左右されない?」


「その通り。言ってみれば画一的な製品が爆弾や爆薬だ。術者の強弱とは関係なく一定の威力が保証されている。じゃあ弱みは?」


「あくまで一定の威力だから、それを超えた存在には通用しなくなってくる」


「だな。心白も真黄も俺の意見はいらなかったじゃないか」


 心白の答えに、墨也は手を叩きながら称賛する。


 邪神流爆殺術の真髄でもあるが、爆弾や爆薬の類は工業製品であり、術者の腕前で左右される不安定な呪術とは違って常に一定の結果を出す。


 そして上手く運用すれば反撃されることなく対象を始末できるため、墨也の曾祖父は爆殺でケリがつくならそちらがいいと推奨していた。


「その、つまりー?」


「正解は……?」


 しかし問題はあくまで爆薬と呪術はどちらが恐ろしいかであり、結論が出ていないため真黄と心白は首を傾げるしかない。


「ふっふっふ。聞いたことを全部答えてくれるとは限らんぞ。悩め若人。勉強で正解を書くことだけが正解じゃないのさ。俺が間違ってるかもしれんし。とにかくまあ、残りの問題も頑張ってみな」


 ここで墨也は自分の意見を止めた。これはあくまで学生の宿題であり、誰かの命が掛かっている問題ではないのだから、悩んで間違いを回答しようとそれもまた勉学なのだ。


「なに、さっきの調子で進めればいい。頑張れ」


「はい!」


「はい」


 無関心で放っておくのではなく、関心を持って見届ける。本来宿題をする子が、教師ではなく親兄弟から受け取るはずだった行い。それを墨也から受け取った真黄と心白は宿題を片付けていく。


 まず最初の問題は、強みと弱みの両方を書いた上で、どちらも恐ろしいものであり優劣なく警戒するべき。と記載した。


「終わったらファミリー用のレーシングゲームでもしよう。身内と馬鹿騒ぎする用のだから簡単だ」


 そしてこの男、どこまでも人の心の隙間に入り込むのが上手かった。

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