しないと出られない部屋

「急に覚えること増えてパンクしそうなんですけどー」


「同文」


 ある日の放課後、真黄と心白がぶーぶーと文句を言いながら廊下を歩むが、その傍にはもう二人いた。


「桜と野咲先輩はどうですかー?」


 真黄が向ける視線の先には、同じキズナマキナである桜と赤奈の姿があった。


「私も……でも頑張る!」


「私達には特に必要なことだから」


 桜は急に覚えることが増えて少々苦労していることを認めつつ、むんっと気合を入れて、赤奈は先程の時間の意義を強調して微笑む。


 彼女達は先程まで、新しき神々に対する接し方や注意点のみならず、今まで発生した全ての新しき神の名や特徴、性格までをも詰め込まれていたのだ。


 元々魔気無異学園は神々を鎮めるための人材を育成しようとしていたが、それはまだ少し先の話であり、今年度も通常通り基礎的な物で終わるはずだった。


 ただその予定は完全に狂った。


 赤奈を時間神の下へ送り込んでノウハウを集め準備を整えようとした学園上層部だが、その時間神が生ける屍となるどころか、桜と赤奈が統合本部“管理”史上最強の神の巫女となったことで予定が大崩れ。しかもその禍津神はよりにもよってここ瀬田伊市で居を構えているときたものだ。


 これはかなり異常事態である。基本的に新しき神は若き異能者達を鍛える魔気無異学園に興味深々なのだが、困ったことにこの連中は縄張り意識が強いのだ。そんな者達が学園付近に押し寄せれば、争いになることが目に見えていたため、統合本部はできるだけ新しき神を瀬田伊市から引き離す方針を貫いてい。


 だがそれも全てご破算になった。


 計測結果から統合本部が“管理”している神の中で、最強であり最恐と認定せざるを得ない奈落と名乗る禍津神が、元々瀬田伊市が縄張りだったと言ったことにより、例外を認めるしかなかった。


 お宅の縄張りは認定していませんと言う勇気を誰もが持てなかったせいで、瀬田伊市は晴れて奈落神の領域であると認められたのだ。


 そのため魔気無異学園は神に対する教育を急遽基礎から引き上げて専門家も招き、学生達は学年関係なしに詰め込み教育が行われたのだ。


 尤も悪いことばかりではない。新しき神々は魑魅魍魎が自分の縄張りを荒らすことも嫌うため、比較的制御しやすい戦闘神と統合本部は契約を結び、場合によっては神の出陣も認められていた。


 本来なら“比較的制御しやすい神”との契約である。ここでも例外が生まれていた。奈落神は話は通じるが統合本部が制圧できない可能性の高い禍津神なのに、緊急時は動くからと仰せつかった統合本部は、白旗を上げて「はい」と頷いてしまったのだ。


 話を戻す。


「巫女って大変そー」


「私はノーサンキュー」


 真黄と心白は、その専門教育が特に必要な神の巫女である桜と赤奈は、苦労しているんだろうなあと口にする。


「そうでもないわよ。ちょっとお社に行ってお話をするだけだから。ねえ桜」


「はい!」


 だがそれを赤奈と桜が否定する。


 奈落神の巫女となっている彼女達だが、することと言えば精々が奈落神との世間話程度であり、かなり扱いやすい神と言えた。


「あたしならその時間、心白とデートするしなあ。ねー」


「ん」


 尤も態々そんなことで時間を潰したくないのが真黄と心白だ。神なんて面倒なモノと関わるよりも、彼女達は愛し合っている者同士で遊びに出かけた方がずっと有意義であると思っていた。


 それに対して桜と赤奈は何も言わない。


 彼女達と奈落神墨也の関係は、言葉で表すには少々複雑すぎた。


 ◆


 ◆


 ◆


 夜の冷気と星空の光を浴びながら、真黄と心白が夜の繁華街を歩いている。


「ふと思ったんだけど、なーんか桜と野咲先輩、雰囲気違うくない?」


「……ちょっと化粧をしていた?」


「あ、言われてみればそうかも。なんか普段以上に綺麗になってたよね」


 真黄が思い出したように、桜と赤奈の雰囲気が違うように感じたと疑問を口にすると、心白もまた思い出しながらその理由を推測する。


「これは、ひょっとしてえ、次のステージに行っちゃったかなあ?」


「かもね」


 ニヤニヤ笑う真黄と僅かに頷く心白。


 彼女達は確かにお互いを愛していた。


 記憶から忘れてしまっているが共通点を持ち、信頼できる相手を無意識に求めていた真黄と心白は、運命に導かれるように惹かれ合い、気が付けば一緒になっていた。


 それは理屈ではなく本能的な一目惚れに近い。


 しかし、それが運命であるならばこれは必然であった。


「ま、あたしらのラブラブぶりには負けちゃうけど!」


「愛は勝ち負けじゃないといいことを言ってみる」


「今あたし感動した!」


 外部に流出していないが、統合本部ではある統計結果が出ていた……キズナマキナの家庭環境、もしくは家族、対人関係は劣悪なことが多いという。


 勿論桜のように家庭に問題を抱えていないことも多いが、キズナマキナの言う絆とは、その相手しか縋れる存在がないことから発生する強烈な結びつきではないかと、一つの仮定が生まれていた。


 勿論仮説だ。真黄と心白は心から愛し合っている仲であり、依存関係とは別のものである。


 ただ……家庭環境が劣悪という項目共通点は完全に当て嵌っているのだ。


「え?」


「は?」


 ソレが真黄と心白を見つけて隔離したことにより、彼女達は一瞬ポカンとしてしまった。


 ソレは自我もなくただ行動に移しただけだ。自らの中に収納するのに相応しい強烈な経験をしている者を感知して、引き込んだだけ。ただそれだけ。


 生まれたばかりのソレに高度な知性もなく、備えていた能力を反射的に行使するだけ。ただそれだけ。


 敢えて名を付けるのであれば……。


【トラウマを克服しないと出られない部屋】


 人の噂という信仰心で生まれた都市伝説系妖怪と同じ。いや、それ、もしくはそれ


 人が求めてやまない“他人の不幸は蜜の味”と絡み合って生まれた意思なき概念の上位生命体、悪意なく悪意を齎す下劣。


 ソレが真黄と心白が忘れ去っていたはずの記憶を暴き立てて再現した。


「あ、あ、あ」


「ひっ!?」


 震える真黄と悲鳴を上げる心白の恐怖の象徴が混ざり合った部屋。


 真黄の恐怖の部屋は空いたペットボトル、使い切った化粧品、コンビニの食品、偽物のブランド品、ゴミが溢れているのに、不自然な程に姿見鏡が映る場所だけが綺麗に整えられていた。


 心白の恐怖の部屋はヤニで黄ばみ、競馬競輪やギャンブルの本で溢れ、なぜか注射針が数本転がっているのに、家具や家電が全く存在しなかった。


 それらが合わさり合った部屋で、真黄も心白もマキナモードを展開することなく震えるだけだ。


 そして……。


 どろりと現れた二人。


 ぼさぼさの長い髪の下で幽鬼のようなくぼんだ眼、こけた頬。しかし、化粧だけはしっかりとして白い顔と赤い唇。偽物のブランド服を身に着け、手には撮影モードを起動している携帯端末。


 誰の子かも分からぬ真黄を生んだ後に承認欲求を肥大化させすぎて狂い、金を浪費し続け、二十四時間SNSに張り付いて自分の美を誇った女。


 だが取るに足りぬ、しわを隠せてないおばさんというコメントで歪みが頂点に達して狂死した真黄の母。


 そしてもう一人。


 焦点の合わぬ瞳、こけた頬と伸びきった髭。全身から漂うアンモニアとたばこの臭い。手には注射器を持っているだけではなく、腕に幾つもの注射痕がある。


 心白の母が彼女を生んだ後、産後の肥立ちが悪くなり亡くなったことで狂い、現実に存在する欲望に負け続けた男。


 そして最終的に薬にまで手を出して中毒死した心白の父。


 真黄も心白も親がいないどころか、いない方がよかった程だ。二人とも常人を凌ぐマキナイとして才能に溢れていたからこそ、ほぼ育児放棄の状態から生きていけたが、それでも悲惨極まる。


 だが幸いと言うべきか、幼かった彼女達は無意識の心理防壁でこのことを忘れていた。いたが……真黄が鏡、心白が針を武器にしていることを考えると、忘れようが不幸は彼女達にべったりとくっ付いていた。


 しかもその忘れていた筈の記憶を、この部屋を生み出した概念存在が暴き立てた。


『あんたが生まれなかったら私はずっと綺麗だったのにいいいいい!』


『お前が生まれなかったらあいつは死ななかったのにいいいい!』


 人間という名の二人の幽鬼が、その最期を再現される。


『子供が親の邪魔をしないなんて、当たり前のことでしょおおおおお!』


『子供が親の邪魔をしないのは、当たり前だろうがあああああああ!』


 幼少期に生まれと存在そのものを実の親から否定された真黄と心白。


 が。


 所詮は現実を否定した愚か者の戯言だ。


 ビギリと部屋がきしむと同時にナニカが、手刀の形になっている腕が床から生えた。


 そして。


「当たり前なのは親が子を守ることだろうが」


 自分の縄張りで時空間を乱された黒き闘神が、親を名乗るだけの存在の前にずるりと現れた。

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