鏡と針

 キズナマキナは古来から魑魅魍魎と相対してきた陰陽師、巫女、退魔師、退魔剣士、退魔忍者などを陳腐化した時代遅れにしてしまった


 大抵の場合は航空兵器に近い圧倒的な機動力と縦横無尽な運動性、大出力大火力、尋常ではない防御性を誇り、枠に果て嵌らない特殊能力を秘めた者だっている。


 そのため最新鋭現代兵器がキズナマキナであるならば、通常の退魔師であるマキナイは小火器を手にした歩兵と言える。


 尤も話は逸れるが、偶に発生するバグこそが人類の強みであり、例えばかつて存在した陰陽師の蘆屋道満や加茂光栄などの陰陽道最盛期の人間は、その現代兵器すら歯牙にも掛けないだろう。


「鏡谷!」


「はーい!」


 そんな現代兵器の一人である鏡谷真黄が、教師に呼ばれて戦闘訓練場に上がる。


 ここで男だけではなく女も若干騒がしくなる。


(本当に同年? は、敗北感が……)


 キズナマキナ用の戦闘スーツを着用している真黄は、同年代と比べて明らかに体の起伏が激しく、そこらのグラビアアイドル顔負けのスタイルを誇っている。それ故に同性のクラスメイトはよく敗北感を味わう羽目になるが、女ですらそうなのだから男の反応は言わずもがなだろう。


(スタイル良すぎだろ)


(どうにかして針井と鏡谷の間に……)


(あんだけ軽そうなのにガードが硬すぎる)


 戦闘者だからか、どうも男としての本能が強すぎるマキナイの男生徒たちは真黄を濁った眼で見ているものの、当の彼女は慣れているのか素知らぬ顔だ。


「それでは始める」


「心白! 見ててねー! マキナモード!」


 教員の宣言と共に真黄はパートナー、心白との絆の証であり心白の名の通り白い指輪を光らせて、マキナモードを展開する。


 真黄のスタイルを強調するように輝く光が収まると、彼女の各部位を守る金属の装甲と共に、四つの巨大な鏡が空中に浮く。


「ミラーアバターいえーい!」


 真黄がお約束ともいえる棒人間の式神を前にそう宣言すると、四つの鏡はマキナモードの金属装甲を纏った真黄そのものとなって、合計五つのスラスターが訓練場で光る。


「どれが」

「本物の」

「あたしか」

「わっかっるっか」

「なー!」


 棒人間に突撃する五人の真黄がそれぞれ同じ声で言葉を紡ぐ。


「あたしに来たんですけど!」

「隙ありー!」

「こっちこっち!」

「頭上から失礼ー」

「横からどーん!」


 棒人間が一人の真黄に狙いを定めた瞬間、四方八方から襲来する残り四人の真黄に対応できず、スラスターで加速した金属鎧という質量攻撃で頭上から蹴られ、後ろから殴られ、横からも蹴られてしまう。


 同質量同技量、同思考同戦闘力。まさに同じ人間が五人いると言える真黄のマキナモード、ミラーアバターは同じ思考故に完璧なコンビネーションを発揮して、敵を翻弄する幻惑の鏡だ。


 ただ、極端なことを言えばそれだけに近く、大ムカデ戦では大質量に対して決定打が欠けており、真黄本人もミラーアバターは手数と攪乱のマキナモードであると考えていた。


「五稜郭キーック!」


 スラスターを全開にして五角形のように位置した五人の真黄が同時に、中心にいる棒人間へ足を向けて突撃すると、同時に五方向から潰された棒人間が消失した。


 火力特化のキズナマキナに比べ決定打に欠けようが、それでも五人の機動兵器は通常の妖を打倒するに十分であり、問題なく勝利を収めたのであった。


「次、針井!」


「心白ー! 頑張ってねー!」


「ん」


 次に訓練場に上がったのは真黄のパートナー、針井心白である。


(相変わらずなんつー格好だよ)


 真黄に濁った眼を向けていた男子生徒たちが僅かに正気に戻るがそれもそのはず。


(普通臍ピして訓練するかね……)


 なんと心白はキズナマキナ用の戦闘スーツすら改造しており、その臍では黄色と白で分かれたハートマークの臍ピアスがゆらゆらと揺れているのだ。


 しかし、表情が乏しいながらそれでも愛らしい顔立ちと、パチリとした瞳。何より奇抜ながら無防備な露出は男を引き付けてしまい、一部の男子生徒からの人気が高かった。


「マキナモード展開」


 そんな心白が填めた黄色い指輪が輝くと、彼女のキズナマキナとしての力を発現させる。


 多くの者が表現に少々困るであろうその姿は、ナース服を無理矢理に機械で改造したような外見だ。なにより特徴的なのは両腕を全体を覆うように装着され、スラスターまでくっついている二つの注射針のような巨大針だろう。


「ちくっとしますねー」


 心白が抑揚のない声と共に全身の推進装置と、スラスターのようなニードル、もしくはニードルのようなスラスターを起動させて突撃する。


「ピアスの穴を開けてあげる」


 一瞬の急加速の中で心白がぽつりと呟くが、その声は心白の全長に匹敵するほど巨大な針のスラスター音でかき消される。そしてあっという間に棒人間に近づくと、鋼鉄もするりと貫く針は避ける暇さえ与えず串刺しにした。


 このエンジェルニードルと呼称されるマキナモードは、桜と似たような運用思想である。


 即ち桜が一直線で近づき巨大な機械腕でぶん殴るという単純さなら、心白もまたスラスター付きの武器で急接近して針という一点集中の点で相手を貫くシンプルさ。そのため単純な一直線の機動力なら、桜と心白は学生キズナマキナでは二強だった。


「毒を使う必要もなかった」


 この二人で違いを言うならば、心白は針の先端から透明な液体。妖たちにとって猛毒である浄化の力を打ち込める、ちょっとした絡め手も使えることか。


「いえーい! 心白ー!」


「終わった終わった」


 恋人の勝利を喜ぶ真黄に比べ、心白は淡々と仕事が終わった雰囲気を纏わせて訓練場を降りる。


 手数と一撃必殺のコンビ。


 それが鏡谷真黄と針井心白というキズナマキナであった。


 ◆


 時刻は夕暮れ。放課後の真黄と心白の行動は大体三パターンに分けられる。


 まずは外見に似合わず真面目にキズナマキナとしての訓練。


 または単純にデート。


「死因足つぼはどう?」


「あたし生きてるって!」


 そして最後はブログについての打ち合わせだ。


「おっほん。滅茶苦茶バズった! 閲覧数も投げ銭も爆上がり!」


「じゃあもう一回行く? 一番上の閻魔大王失神なんとかコースで」


「それはノー。あ、心白はどう?」


「ノー」


 真黄がニコニコと喜ぶが、心白のもう一回という言葉で瞬時に真顔に戻る。


 地獄の足つぼ体験は、ブログの閲覧数だけではなく大量の投げ銭も伴い素晴らしいことだらけの結果に終わった。しかし真黄にしてみればリターンが全く釣り合っておらず、リピーターになるのは断固拒否の構えだった。


「うん? 真黄ちゃんと心白ちゃんと一緒に、○○しないと出られない部屋に入りたい。ってなに?」


「どうせ平成生まれの戯言」


「だよねー!」


 幾らを投げ銭しましたとか、そういったコメントを流し読みしていた真黄は、馴染みのない言葉に首を傾げた。しかし、真黄のブログのコメントは殆どが面倒極まりないものであり、心白も態々深く触れず、真黄も求めているのは投げ銭だけだったのでスルーした。


「あ、そうだ。夏休み海行こっかー! ビーチバレーして! 海の家行って! 花火して!」


「いいね」


 面倒なことをすぐ忘れた真黄は心白と夏の予定について話し、楽しみだなあと満面の笑顔になり、心白も乏しい表情の中で唇の端を僅かに緩ませた。


「そんじゃ今日のを撮ろう!」


「了解」


「ぱしゃり!」


「いえい」


 笑みのまま真黄と心白はお互いの頬をくっ付けて重なり合うと、自分の携帯端末の撮影ボタンを押して、二人の絆を画像に残すのであった。

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