間の小話 世間

(いかん。すっかり遅くなった)


 夜の八時を過ぎた瀬田伊市の商店街を墨也が歩く。酔っ払いが店から出るにはまだ早いが、買い物客は少ない隙間のような時刻に彼がいるのは、とてもとてもどうでもいい理由があった。


(プロテイン談議で盛り上がりすぎた!)


 なにを隠そうこの筋肉。行きつけのスポーツショップで出会った同類とプロテインの談議で盛り上がりすぎ、商店街の中にある公園に場所を移してずっと話し込んでいたのだ。頭の中まで筋肉としか言いようがない。なおその相手は付き合わされたのではなく、心底楽しく盛り上がっていたので完全に同士であった。


 そんな理由があり、滅多に訪れない夜の商店街を歩く彼は反省と共に少々物珍しさも感じていた。


(路上ライブにマジシャンか。それにまさしく投げ銭)


 墨也の感覚はゆっくりとした調べのギターと共に歌う路上ミュージシャンや、トランプを使って人を驚かせているマジシャン。そしてなにかしらの容器に投げ込まれる硬貨の音を聞き取っていた。


 それはインターネット上での投げ銭ではなく、古来から続く芸と投げた銭の直接的な結びつきであった。


(縄張りやら風雨で大変だったと聞いたことはあるが、あまり見る機会はなかったな)


 身内に路上の稼ぎで生活していた者がいる墨也だが、路上ライブなどにはあまり縁がなかったため、ちらりと肉眼で見る程度には興味があるらしい。


(っ!?)


 そして商店街の角を曲がったとき不意打ちを受けた。墨也は超感覚で角に曲がる前から、椅子に座っている男と小さな机、客らしき人間達を認識していたが、流石に平面に書かれた文字までは把握していなかった。そして彼の知るスタイルからかけ離れていたので予想外の光景だったのだ。


(……そうだよな。普通は椅子と机があるもんだ)


 なぜか当たり前のことに感心する墨也の視線の先には占い千円の文字。つまり占い師の姿があった。


(占い、か……)


 その横を通り過ぎる墨也だが、占いについては何とも言えないスタンスである。占われた運命が襲い掛かってくることは否定しないが、人は信念と覚悟さえあれば定められた宿命すら乗り越えられると知っているため、あくまで人の世における補助輪程度に考えていた。


(しかし、妙に多くないか?)


 不思議なことは商店街を歩いていると、手相や水晶など多種多様な占い師達が明らかに多くいることだ。それに墨也は首を傾げながらふと足を止める。


 そこには少々顔を顰めている年老いた男性占い師が机の向こうで椅子に座っていた。


「お兄さん、同業者はお断りだよ」


「いや、身内に教えられて齧ってはいますが趣味にも達していませんよ」


「本当かね?」


「このガタイで分かるでしょうに」


「内面と外面が完全に一致するのはまずないね。そして儂の勘ではお兄さん、相当やるんじゃないか?」


「本当に誰かを占ったことは殆どありませんって」


 不思議なことに老人は墨也のプロレスラーのような外見を見ているのに、占いの同業者だと疑っていた。


「ふむ。声を掛けられたのは自分ですし、質問を構いませんか?」


「まあ暇だから構わんが」


「ありがとうございます。どうも占い師が多いようですが、なにかありましたかね?」


 墨也は素朴な疑問を老占い師へ問うことにした。


「異能者がどんどん増えているだろう。そして昭和や世紀末を見たらわかる通り、占いのブームはオカルトや不思議な体験と密接に繋がってる。だからブームが再来すると踏んで昔の道具を引っ張り出した奴とか、にわかが急に増えたんだよ。占星術やら陰陽道を修めてる本職の連中は、素人が的外れなことをしてやっぱり占いは眉唾だ。ってなるのを嫌がってるけどね。お兄さんくらいやりそうなら文句はないが」


「だからしませんってば。それにしても再ブームの兆しは実際ありますか?」


「SNSや動画投稿者が勝手に作ってくれるから勝算は十分あるだろうさ。そう、バズったっていうのに飢えてるからな」


「な、なるほど」


 自らも占いの本職なのだろう。騒がしくなりつつある自分の界隈を嫌そうにしている老占い師だが、その騒ぎで飯を食っている墨也はなんとも言えない表情になっていた。


「忘れられた心霊スポットに突撃だのなんだの、過去のオカルトを必要以上に掘り返すのもよくない。統合本部が信仰を散らす結界を日本中に展開しようが、人の思念ってのが集まって新しき神が生まれたんだ。面白半分に人と共有しないほうがいいことだってある。まあインターネットが世に溢れた時点で手遅れだが……話が逸れた。そういう訳で占い師が増えてる」


「お手数をおかけしました」


 話すことは話したから終わりだと手を雑に振る老占い師に、墨也は礼を言って立ち去った。


「耳が痛い話だったな」


 歩き続ける墨也は苦笑気味に占い師の言葉を思い出す。


 彼は迦楼羅へ変身したように、悪い言い方をすると過去の思念ともいえる信仰に寄生することができるし、動画投稿者たちの勢いのお陰で順調な店舗経営をしていた。そのためある意味で、邪神らしく現代社会に適応していると言えるだろう。


 尤も……その現代社会が生み出した闇は魑魅魍魎に利するだけではなく、生み出した張本人である人間すら蝕んでいた……。

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