絶対負けない鏡谷真黄

 鏡谷真黄と針井心白のイメージを尋ねた場合、百人中百人がギャルであると答えるだろう。


 真黄は胸元が大きく開いた服の下から褐色の肌が覗き、金の長い巻き髪を揺らす。


 心白はなんと臍を出している上に黄色と白で分かれた臍ピアスを見せつけている有様で、白い髪のボブカットを揺らす。


 俗な言い方をすれば黒ギャルな真黄と白ギャルの心白のコンビは、私生活でも多くの共通点を持つ恋人同士である。


「真黄ちゃん心白ちゃん、遊びに行かねー?」


 そして悪い言い方をすれば色々と軽そうでスタイルの素晴らしい真黄と、色々とぶっ飛んでいる心白の容姿は非常に整っているので、学園の男子生徒からもよく声が掛かる。現に今も、似たような軽薄な雰囲気を漂わせている男子生徒から声が掛けられた。


 ただし桜と赤奈のように、女同士で交際しているなら男の方は自分がと思い込んでいる者達ばかりだ。本心から単なる遊びに誘っているわけではなかったし、真黄と心白もそれが分かっていた。


「放課後は真黄とデートだし!」


「お邪魔はお呼びでない。じゃ」


 予定を宣言した真黄は太陽のように明るい顔。ズバリと拒否した真黄は冷たい月のような表情で誘いを断り、二人とも教室を出ていく。


「心白の方はアレだけど、真黄はこんなブログやってんのに……」


「だな。意外とガードが堅い」


 あしらわれた男子生徒たちは携帯端末を開いて、真黄が運営しているブログを覗き込む。


 そこには際どい衣装でポーズをする真黄の写真が溢れ、コメントでは見るに堪えない男たちの本音が溢れていた。


 ◆


 真黄と心白はかなり派手に遊んでいるため、ブログの投げ銭を利用して交際費を稼いでおり、流行というものに敏感であった。


「ちょっと後悔してきたかも……」


「俗に言うもう遅いだから」


 だからこそ最近瀬田伊市の一部界隈で有名な罰ゲームの聖地、一条マッサージ店にやって来た。しかし、なんというかおどろおどろしい赤黒い外装と、鬼が涙目になっている看板を見て、言い出しっぺの真黄の腰が若干引けていた。


「ま、まあとりあえずここで自撮りをっと」


「遺影にならないようにね」


「イエーイ!」


「違うそうじゃない」


 真黄は自撮りをするため態々胸元をはだけ、着崩れた姿のまま地獄の館を背景にして写真を撮る。


 このやり取りでも分かる通り、明るい真黄、淡々と話す心白は意外と馬が合い妙な漫才を繰り広げることがあった。


「男ってちょろいよねー。試しにちゃんとした服の自撮りと、胸元ほんの少し見せた写真を比べたら露骨に閲覧数違うし」


「下半身で生きてるから仕方ない。私の臍出しと出してないのも全く違う。全人類で統計取るまでもない」


「にひひ! 確かに!」


 真黄と心白がどうしようもない生き物を笑う。


 この二人、写真の違いによる閲覧数と投げ銭の多さという、どうしようもなさの動かぬ証拠を握っており、ブログで男に愛想を振りまこうが、プライベートで交流のある異性はいなかった。


「じゃあ現実逃避の時間はおしまい。逝ってらっしゃい」


「うぐぐ」


 尤もその嗤いは心白の言う通り、決心が鈍りかけていた真黄の悪あがきだ。しかし真黄は既に絶対負けないと宣言していたため、恐怖と激痛のオーラのような物が漂っている、自称マッサージ店に足を踏み入れるしかなかった。


「すいませんー。予約してた鏡谷ですけどー」


 待合室撮影禁止の張り紙を見ながら入り口を入った真黄と心白は、スリッパに履き替えると受付に向かった。


「はい。鏡谷……真黄さんですね。心臓やどこに疾患はありませんか? 物凄く痛いですけど大丈夫ですか?」


「あ、はい……」


(足つぼの激痛で死んだら医療事故なのか調べておこう)


 受付の中年女性からの念押しに真黄の顔は少々引きつり、心白は愛する女の運命を察してしまった。


「だ、大丈夫だし」


 強がるような真黄だが根拠はある。


 遊んでいてもキズナマキナとしての訓練はちゃんとこなしているため、苦痛や苦境には慣れている。それに大ムカデとの戦いを含め実戦だって経験している若手のホープこそが真黄なのだから、きっと耐えられることだろう。


 ただ単に客が真黄だけだったため、ちょっと心の準備をする時間がなかった程度の話なのだ。恐らく。


「鏡谷さんどうぞー」


「は、はい!」


(終わったかもしれない)


 呼ばれた真黄が勢いよくぴょんと立ち上がったのも、心白が恋人の運命を察したのも、全て分厚い扉から出てきた男が原因だ。


(なにあの腕。動画と実物じゃ全く違うんだけど。暗黒オーラ出てない?)


 あーあと言いたげな表情の心白の視線の先。そこには一応動画で事前に確認していた一条マッサージ店の店主、墨也のパンパンに膨れて血管が浮き上がっている腕があったが、直接見ると禍々しいオーラのようなものを放っていると錯覚してしまう。


「あたしが絶対負けない動画撮影よろしく!」


「お任せあれ」


 もうやけくそになっている真黄は、そう言って携帯端末を心白に押し付け拷問室に足を踏み入れる。


「処置室からは動画撮影は大丈夫ですので。椅子と台、どちらがいいですか?」


「えーっと、それじゃあ椅子で」

(だ、大丈夫だし。きっと負けないし!)


 実際はそんなことはないが、死者の怨念がこびり付いているような台と椅子という究極の選択を迫られた真黄は、自分の顔が見えやすい椅子を選択した。


「それじゃあ撮ります」


「はいどうぞ」


 そして心白は墨也に一言告げて携帯端末の動画撮影を開始する。


「ご予約は通常涙目レベルでしたね。では早速始めさせていただきます」


「は、はい!」


(通常……涙目? 妥協したのね)


 よく分からないレベルを宣言した墨也だが、心白は通常という言葉に真黄の妥協を感じ取った。


 余談だがその上は奪衣婆脱兎、痛くて馬頭鬼めずき罵倒、鬼さん皴皴白旗、シンプル阿鼻叫喚地獄。果てには閻魔大王失神スペシャルデラックスなど、多種多様なレベルが存在していた。


「では軽めから」


「あたしは絶対負けなふんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 真黄の決め台詞は最後まで言えず断末魔の絶叫が上がる。墨也がぐっと指を押し込むと、真黄は足裏の感覚が全て剥き出しの痛覚となり、脊髄から脳までただひたすら【痛】の一文字に支配された。


「私は絶対?」


「絶対いいいいいいいいいにぎゃああああああ!?」


 サディスティックなことに心白は態々、真黄が中断した決め台詞を求めたが、彼女はのけ反って激痛を少しでも逸らすしかない。


「ほら、私は絶対?」


「ぜ! 絶対! 負け」


 なおも続く心白と真黄のやり取りだが、墨也が肩の足つぼを推した瞬間、真黄は足裏でブチブチとなにか色々大事な物が捩じられた音をはっきりと聞いてしまい……。


「負けましたああああああああああああああああ!?いだだだだだだだだああああああああああああああああ!?」


 目玉が飛び出るほどの激痛を受けた真黄は、愛と正義のために戦うキズナマキナのくせにはっきりと敗北を宣言してしまう。


 そもそも異能を使うキズナマキナであろうが、同じキズナマキナの赤奈と桜でも耐えられてないないのだから、真黄の運命は決していたも同然。


「いだああああああああああああああああああああい!」


 ここにキズナマキナ、鏡谷真黄は敗北してしまったのだ!


 ◆


「あたし、生きてる? 幽霊になってない?」


「足はあるから大丈夫」


 負けてしまった真黄は半べそをかきながら闇の万魔殿を逃げ出し、なんとか光に帰還することに成功した。尤も……真黄も心白も大きな闇を抱いているからこそ、際どい写真や動画の投稿に抵抗がないのだろう……。



 ◆


「臍出しピアスかあ……最近の若者がよく分からない……」


 闇の万魔殿とは比喩ではない。


 閉店作業を行う墨也が今日やって来た客のファッションに苦笑しながら……。


 異能溢れた現代ではよくある人間型の式神従業員。ということになっている受付の女性従業員が黒い影となり、闇に溶けて消え失せた。

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