第一章完 絆に挟まれ掛けている男

 大百足と蛟の騒動が終わり統合本部は殆ど戦争のような戦いの後始末に追われていた。その中で最も問題になったのは、黒い禍津神が勝手に飛び出して戦ったことと、赤奈と桜が振るった黒い力のことだ。


「奈落神、その、蛟を討伐した迦楼羅は……」


「俺だ」


 統合本部で最初に名乗ったとおりに奈落神と呼ばれた墨也が、管理部の職員の質問に答える。これはこれで問題だ。かつて存在した力ある神々は現世から消え失せており、その中には迦楼羅も含まれている。残っている者は力をあまり消費することがない弱小の地方神などであり、生まれたばかりの新しき神々ばかり相手にしている統合本部は、迦楼羅のようなビッグネームの対応をしたことがない。


「とは言っても迦楼羅本人ではない。あくまで迦楼羅の姿と力を借りているだけだ」


「は、はあ……」


 墨也の捕捉に職員は、それでも十分すぎるくらい厄ネタなんだよと言いたかった。もしここで墨也が、やろうと思えば阿修羅も不動明王もいけると言えば卒倒していただろう。迦楼羅でも統合本部は持て余すのに、誰もが知る頂点の名を出された日には、胃が爆散するに違いない。


 救いがあるとすれば、戦うことに特化している墨也は戦神や闘神の系譜にしか変身することができず、弥勒菩薩などには対応していない。いや、あるいは変身が可能だった方がよかったかもしれない。そうであれば統合本部に救いを与えることができただろう。


「それでなのですが、例のキズナマキナ達が振るった力の大本は……」


「……それも俺だ」


 もう一つの本題に珍しく墨也の言葉が詰まる。

 桜と赤奈が邪神の力を使ったのは墨也も予想外の出来事であり、そのせいで予定が大きく狂ってしまった。


(桜と赤奈は訳の分からんシステム使ってる上に、俺は俺で爺さんの血が関係してるか?)


 墨也の一族には知人の力を呼び出すことに特化している者もいたため、桜達が自分の力を使ったことに少しだけ心当たりがあった。


「つまり彼女達は、奈落神の力を使える巫女ということですか?」


「……そうなるな」


 大勢がいる場所で、どう見ても闇の力を纏った桜と赤奈が危険視されないようにするには、墨也の巫女という形にするのが一番確実だ。そのため事前に彼女達の承諾を得て、統合本部には桜と赤奈は自分の巫女であると説明することにした。


 しかし墨也は、一度彼女達に巫女にならなくていいと言った手前、翻してしまうことに情けなさを感じていたが返事は即答だった。


『ぜひそれでお願いします!』


『わ、分かった』


 遠距離から二人の心に語り掛けた墨也は、桜に負けない心の声量だった赤奈に戸惑いながら、彼女達を守ることを決めた。


 ◆


 騒動から数日後の魔気無異学園。


「奈落神はお二人の生活優先だと仰ったので、巫女としての教育は最低限となりますが、心して聞いてください」


「お願いします!」


「お願いします」


 神を鎮めるための組織である鎮守機関の老婆が、魔気無異学園に招かれて和室で正座し、二人の巫女、桜と赤奈を見る。


(縁のある女がいて助かった。あの荒魂は我々の手には負えない)


 老婆はこれから桜と赤奈に巫女として最低限の教育を施すことになっていたが、渡りに船とばかりに胸を撫でおろす。


 統合本部傘下の魔気無異学園と別の組織系統である鎮守機関の仲はそれほどいいとは言えないが、あの荒魂こと墨也が両者の手を組ませた。なにせ覗けば正気を失うようなパンドラの箱の癖に、その上マトリョーシカの様になっている神に対して両者は匙を投げる寸前、もしくは察しのいい者は大気圏外にまでぶん投げているため、絶対に関わりたくなかった。


 そこで判明したのが神の力を使える桜と赤奈の存在だ。統合本部も鎮守機関も彼女達に神を鎮める巫女としての役割を担わせて、黒き神は御本尊として社に永久就職してもらおうと考えた。その一環として鎮守機関の老婆が学園に派遣されたのだ。


「既に瀬田伊市で社の建築が進められていますので完成後に奈落神が移られると、お二人は週に二回ほど顔を出していただきたいです」

(本当はずっといて欲しいけれど……)


「分かりました!」


「はい」


 老婆に元気よく返事をする桜と頷く赤奈。


 老婆や鎮守機関としては、桜達にずっと神を鎮めてもらいたいのだが、学生は学業優先だろうと、まさかの禍津神に正論を言われる羽目になった。


(もう少し、出来れば七人いれば週のローテーションが出来る。欲を言えば八人なら病気かなにかあった時に穴を埋めることも……)


 バイトのシフトで悩む経営者のような老婆の願望だが、目の前にいるのは桜と赤奈の二人だけであり、どうしよもないことだった。


「妙なことを聞きますが奈落神との間に子ができる可能性はありますか?」


「ふえっ!?」


「はいっ!?」


「長い人と神の歴史ではおかしなことではありません。尤も我々鎮守機関の者と神の間柄はそういったものではありませんが、お二人はまた別の形で奈落神と関わっていますから、きちんとこちら側とあなた方の間で意識のすり合わせをしておく必要があります」


 プロとして必要なことを淡々と話す老婆だが、突然の話に桜と赤奈の血圧が上がってしまう。


「え、えっと、そういうことはないかなあと」


「そ、そうです」


 否定する桜と赤奈だが言葉通りではない。


(墨也さんと私の赤ちゃん……)


(私と墨也さんが……)


 彼女達は奈落神というより、一条墨也という男の赤子を抱いている自分の姿を想像してしまう。そして隣にいる赤奈も同じように……。


(でも私には赤奈先輩が、あれ?)


 頭に浮かんだ想像を消そうとした桜だが、隣の赤奈がほんのり頬を染めて、あの日から桜色だけだったはずなのに黒が混ざった指輪を見ていることに気が付いた。


(……ひょっとして赤奈先輩も? それなら……)


 なにが“ひょっとして”で、なにが“も”で、なにが“それなら”なのか。それを桜は言語化できない。だが確かにそう思った。そして彼女の指輪もまた、赤と黒が混ざったものとなっていた。


「では始めましょう」


「よろしくお願いします!」


「……よろしくお願いします」


 桜と赤奈がそれ以上なにかを思う前に、老婆が巫女としての教育を始める。そのタイミングが良かったのか悪かったのか。それは誰にも分からない。


 ◆


 ◆


 ◆


(ふふふふ。明日はついに俺の城のオープンだ)


 それから数日後の休日、墨也の本体が心の中でほくそ笑んでいた。騒動の合間に着々と足つぼマッサージ店の開業を進めていた彼は、ついに明日再出発を果たすことになっていた。この早さは店内の椅子や台、内装を自分の泥から作り出したことで実現しており、異能に関する者が知れば卒倒するだろう。


「げえっ!? なんじゃこりゃ!?」


 墨也は小さな店舗を借りて作り上げた、一国一城の主になったことにルンルン気分だった。しかし……最後の確認をしようと足を運んだら、目玉が飛び出さんばかりに驚いた。


「こ、この花輪はどっからきた!?」


 彼は私生活上での付き合いがあまりないので、店がオープンしても開店祝いの花輪を送ってくれる者がいない。その筈なのになぜか、店の前に置いた覚えのない花輪がいくつもあるではないか。


「まままままままさか!?」


 墨也が慌てて送り主を確認すると、そこには予想通りの名義が記載されていた。


「ひい爺さんめ! デリバリーの二代目社長業とか、俺が生まれる前に譲ってるじゃん! 母さんの方の爺さんも自称占い師の名義だし! ぜってえこの二人が組んでるだろ! げ!? 彫刻製造所名義からも!?」


 彼の頭の中では、やろうと思えばどこにでも存在してどこにもいないという矛盾を孕める曾祖父と、陳腐な表現だが馬鹿みたいに顔が広い別の血統の祖父が、肩を組んでサムズアップしていた。尤もこの両者、実は同い年であり家系図でお前が下だぞぷぷぷ。爺がなんか言ってるぷぷぷ。とマウントを取り合い、いい年して掴みあいの喧嘩を繰り広げる仲だが。


 とにかく喧嘩するほど仲がいいコンビのそのせいで方々から花輪が送られ、見る者が見れば卒倒するか胃壁が一瞬で溶ける花輪で飾られた店が誕生してしまった。


「墨也さんおはようございます!」


「おはようございます」


「お、おはよう桜、赤奈」


 墨也が呆然としていると、偶然通りかかった桜と赤奈が挨拶をする。


「花輪が一杯ですね。墨也さんのお知り合いですか?」


「ああ……親戚とか色々……」


 赤奈が花輪を確認しながら墨也に問うが彼の歯切れは悪い。


「それでだが、筋肉痛の方は治ったみたいだな」


 そこで墨也は邪神の癖に触らぬ神に祟り無しと、花輪のことは忘れることにした。


「はい!」


「そちらは大丈夫です」


 墨也が桜と赤奈の状態を確認する。彼女達は墨也の力を使った後で酷い筋肉痛を感じていたが、彼が気圧師として二人の体調を出来るだけ整えるよう、足つぼを刺激していた。尤も、酷い筋肉痛と墨也の足つぼ、どちらを取るかは人によって意見が割れるだろう。


「よし。俺も明日から仕事だ」


 気合を入れる墨也だが、桜と赤奈の視線が店の外装を確認する。


 そこには赤と黒い文字で死んだ方がマシ。いっそ殺せといった恐ろしげなことが書かれ、涙を流す鬼のイラストがあった。


 こうして後に、罰ゲームの聖地として名を馳せる。かもしれない一条足つぼマッサージ店がオープンすることになる。確かなことは、この店舗が少女達の悲鳴を吸い取ることが約束されていることだろう。


(ここで墨也さんと……)


(落ち着きなさい赤奈……)


 例えば墨也とやけに距離が近く、その絆の間に彼を挟んでいる桜色と赤色の乙女とか。

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