正月小話 白昼夢の老人
前書き
本編とは何の関わりもない小話です。飛ばしても全く問題ありません。
◆
「こっちの施設はあまり利用したことがないわね。桜はある?」
「始めて来ました」
ある日の休日。次世代の旗頭になり得る新鋭のキズナマキナ、野咲赤奈と伊集桜は、国が運営しているマキナイ用の訓練施設に足を運んでいた。
瀬田伊市にはマキナイが数多く居を構えているため利用者も多いが、訓練施設が存在している魔気無異学園の学生である二人がいる理由は、学園で施設の点検が行われているからだ。
それ故に桜と赤奈を含めて、休日でも気を抜き過ぎない真面目な生徒がこの施設を利用していた。
「早速始めましょうか」
「はい!」
ロッカールームで運動着に着替えた二人は、広い訓練場で空いている空間を見つけそこで対峙する。まずは体をほぐすため、異能の力を使わない組手を行うつもりだった。
「おお! 若者が頑張っておるの!」
だがそこへ和装を着込んだ齢八十程の小柄な老人が、笑顔で真っ白な髪と羽織紐の房を揺らしながら侵入してきた。
「うむうむ。儂も若いころは妖異どころか逆カバラの悪魔共とも戦い、人類のため、地球さんのために戦ったものじゃ。まあ今でもたまにじゃが」
勝手に独り言を喋りながら自分の武勇伝を語り出す老人。やれ昔はこうだったとか、自分の脚色した武勇伝を語る年寄りは、古今東西絶えることはないものだ。尤も、そのうち誰からも尊重されていないことに気が付いて憤慨し、これまた勝手にいなくなるものである。
「じゃあ一番の強敵はどんなのでしたか?」
そんな急にやって来た老害に対して桜は素直な質問をした。
「ううむ難しい質問じゃの。儂くらい歳を取ってるといろんな連中と戦うことになるからのう。うむ、恐怖の大王はマジのガチで死ぬかと思ったぞい。二回もやりあう羽目になったし」
「恐怖の大王ってなんですか?」
「ジェ、ジェネレーションギャップ……! 恐れていたことが……!」
適当なことを言う老人が、こてんと首を傾げた桜の疑問に衝撃を受けたように慄いた。
(ど、どうしたものかしら……)
ハッキリ言って邪魔極まる老人だが、こういったことに不慣れな赤奈は戸惑ってしまう。大抵の場合の正解は無視か適当な相槌だが、彼女の性格上それも難しかった。
「どれ。ここはひとつ、年寄りも稽古に参加しよう」
「あの、それは少し……」
ついには稽古などと言い出す始末だ。元気がよくても年寄りの冷や水としか言いようがなく、赤奈は遠慮がちに思い留まってもらおうとした。
「はっはっはっはっ。お嬢さん、超越者ってのは変り者が多くての。若々しいだけとは限らん。歳を食ったから外見年齢と言動をそれに合わせた方が落ち着くからそうしてたり、若いころの気分になって当時の姿になったり。まあ何が言いたいかというと、擬態だったりするから気を付けるんじゃ」
「え?」
老人の言葉に困惑した赤奈は、ふと自分の手を見た。いつの間にか袖の上から老人のしわくちゃな手が触れているのはいい。
(ね、【捻じれ】!?)
だが突如発生した横回転のモーメントと共に、自分の体も回転している浮遊感に覚えがあった。それこそが邪神流柔術の入門にして奥義ともいえる【捻じれ】であり、赤奈が墨也から仕込まれている技術でもあった。
(対抗!?)
赤奈はとっさに逆回転の【捻じれ】を行使して、老人の【捻じれ】を打ち消そうとした。
(し、知らない!? 【捻じれ返し】だけどそうじゃない!?)
だが老人はその対抗の逆。寧ろ赤奈の【捻じれ】を加速させて、今度は逆方向に赤奈を回転させた。この動き自体は赤奈も覚えがある。墨也から伝授されている、なぜか邪神流術の根幹である【捻じれ】に対抗するための【捻じれ返し】だ。しかし、その結果は彼女の知るものとは同じでも、技術体系が完全に違っているように感じた。
「これは俺の友人が仕掛けてきた【捻じれ返し】でね。邪神流柔術の系統からは外にあるものなんだ。それで独り言じゃが、邪神流柔術も無敵の理合いではない。なにせお、開祖からして人間に【捻じれ】を破られておる。大事な技と思ってくれるのは嬉しいのじゃが、あくまで手段の一つとして考えてほしい。卑怯汚いは誉め言葉なのじゃから、引き出しは多い方がいい」
「せい!」
尻もちをついた赤奈に老人が言葉を送っている最中にもかかわらず、遠慮は無用と判断した桜が襲い掛かる。
「そうそう。そういうこと。見てるかゴリラ。合理的阿修羅言語は世界を超えて共通だったぞ。たまに呼び出してるけど」
「うきゃ!?」
だが老人は満足げに頷きながら桜を投げ飛ばしてしまった。
「最後になるが、伊集さん、野咲さん。墨也と仲良くしてもらってありがとうの。感謝しておる。あの子は世界でたった一人になっても罅一つ入らぬ精神じゃが、そのせいでどうも人との関わりが薄い。独覚と呼ばれるような男でも切磋琢磨の果てに人間として完成したのだから、人と人が触れ合うのはいいことなんじゃ。それは墨也も例外ではない。だからの、ありがとう」
「あ、あの!」
「貴方は!」
その言葉から老人と墨也との関わりを少なからず察した桜と赤奈だが、老人はニッコリ笑うと跡形もなく霧散してしまった。
「あれ?」
「どうしてたかしら?」
すると桜と赤奈は顔を見合わせて首を傾げる。まるでついさっき起こった事を忘れているかのような仕草だ。
「えーっと、組手ですね!」
「そうだったわね」
いや、事実として彼女達はつい先ほどまでのことを忘れていた。
忘れている筈だ。
「話は変わるけど……誰かから教えを受けてお礼を言われたような気が……」
「赤奈先輩もですか? 私もです」
ひょっとしたら白昼夢だったのかもしれない一瞬だった。
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