大決戦と凄まじき黒の力
「やーばいでしょ!」
「マジ同感」
絶叫しながら鏡谷真黄と、それに無表情で同意する針井心白が、敵の周りをぐるぐると飛翔しながら攻撃する。
海、海岸、もしくは山の中で妖が出現したと聞いたマキナイ達はほぼ顔を顰める。人の手が入っていない場所で現れる妖は、自然界に流れた人間達の負の念をこれでもかと吸い取る上に、発見が遅れてしまうので巨大化、もしくは強力な個体になることが多いのだ。
今回の妖も海から海岸に上陸したが、未知にして母なる海の中を詳細に調べることができない以上、ソレがどうやって生まれたか知る術はない。
「デカすぎキモすぎい!」
「これもう戦争じゃん」
しかしそれでも、全長二十メートルにもなる大百足は近年の妖の中で最も大型の個体の一つだろう。
大きさに見合った足の数は百どころではなく、うねうねと動くさまに真黄は生理的嫌悪感を抱く。そして心白の言う通り、現在の海岸は戦争状態だった。
「撃て! 撃て!」
「本当に効いてる!?」
「これだけキズナマキナがいればなんとかなる筈だけど……!」
急行した魔気無異学園の卒業生で、今は第一線で活躍しているキズナマキナや、現場にいた通常のマキナイ達が異能の力を大百足に放射する。
特に大百足の周りを飛翔する数十人のキズナマキナ達の攻撃は苛烈で、個人なのに兵器のような攻撃を行い、中にはビームのようなものを投射して大百足を焼き切ろうとする者もいた。
その炎や雷、氷の輝きは空に輝く太陽にも負けていない程で、今が夜なら目が眩んでいただろう。
「効いてはいるけど!」
「これは長丁場になりそうね」
「唾液は試した!?」
「とっくに! 伝承の大百足とは違うみたい!」
『ギジャアアアアアアアアア!』
「幸い頭はよくないし動きも遅い」
だが大百足の体は確かに焦げたり傷がつくものの、その巨大な命に届いているとは言い難い。中には伝説の妖怪である大百足を打ち倒した藤原秀郷に倣って、唾液を付けた攻撃を試した者もいたが効果がなかった。
朗報があるとすれば大百足はその巨体故に動きが鈍重で、しかも周りを飛び回っているベテランのキズナマキナに固執していたため、その機動力に振り回されて巨体を活かしきれていなかった。
(ビッグパーンチ!)
(リフレクション!)
大百足が振り回されている隙に、桜が大百足の胴に突撃して機械腕を振りかぶり、赤奈と浮遊する装甲板も追従する。
(かったぁっ!?)
(これはきついわね……ギガントマキアになれるまでもう少しだけ、あとほんのちょっと……!)
桜は腕に伝わる感触に驚愕して、赤奈は叩きつけた装甲板が発した音に顔を顰めた。大百足の体にはひびが入るどころかびくともせず、決定打にはまるで程遠かった。そして彼女達の切り札であるギガントマキアは、朝に学園で行われた計測で既に一度使用しており、そのインターバルが解除されるまであとほんの少しだけ時間が必要だった。
「あたしのミラーアバターって攪乱用だから火力ないんですけど!」
「針が全く刺さらない。困った」
「俺の鎖が弾かれるだあ!?」
「そ、そういえばムカデって視力が弱い!? 私の目をちゃんと見てないかも!?」
「歌の強化でも足りないなんて!」
「こりゃ悩ましいね。確かムカデって水が好きだから、私が中途半端に攻撃したら向こうが強化されちゃうかなあ」
他の学生のキズナマキナ達も決定力が不足していたため、できることは攪乱などでそう多くない。
このまま地道に削る作業が続くかと思われたが、状況は一気に動いた。
「分裂!?」
「眷属かも!」
大百足は業を煮やしたのか、それとも目的を思い出したのか。その巨大な体の隙間から上は五メートルほど、下は一メートルほどのムカデをぼとぼとと産み落とす。
「マズい! 街になだれ込むつもりよ!」
「すり抜けられるぞ!」
大本の大百足は変わらず鬱陶しいキズナマキナを追っているが、千を優に超える大きなムカデ達はキズナマキナだけではなく、地にいたマキナイ達をも無視するかのように通り抜けようとする。どう考えても後方の街にいる人間達を狙っているとしか思えないムカデの動きに、全てのマキナイが焦りながらムカデ達を殲滅しようとするが数が多すぎる。
「いけるっ! 桜!」
「はい赤奈先輩!」
このタイミングでギガントマキアのインターバルが終わったことが分かった赤奈は、出し惜しみせずに切り札を使うことを決心する。
二人が両手を重ねると赤と桜色の光が包み込み溶けあっていく。
『ギガントマキア行きます!』
戦場に五メートルの機械巨人が、大群のムカデの中で最も大型で己と同サイズのものの頭を踏み潰しながら降臨した。
(本体の方にも当たりたいけれど!)
赤奈は出来ればムカデ達の本体である大百足の方にも向かいたかったが、今この海岸を這い蠢くムカデ達に対処しなければ、街になだれ込まれて取り返しがつかなくなる。
『はあああああ!』
桜の裂帛の気合が木霊する。
不幸中の幸いは大型に分類されるムカデ達が、ギガントマキアを無視できない脅威と判断して挑みかかってきたことだろう。お陰でギガントマキアは同サイズだろうと叩き潰し、踏み潰し、粉砕していった。
(あれヤバいっしょ!)
その活躍はムカデ達の殲滅に集中していた真黄の思考を乱すほどで、海岸に降臨した機械巨人は群がる雑魚の全てを粉砕する。
しかし、小型のムカデはギガントマキアやマキナイ達に構わずすり抜けようとするし、なによりギガントマキアには欠点がある。
「あっ!?」
「くっ!?」
制限時間がここで重く圧し掛かり、ギガントマキアが解除された桜と赤奈は空中で苦悶の声を漏らす。これが一対一ならその破壊力で押しつぶせばいい。だが大群を相手して時間が掛かる戦いにはまるで向いていないのだ。
「まず!?」
そしてギガントマキアという巨大な防波堤が消え去り、他のキズナマキナ達も大百足と小型ムカデの対処で手一杯の状況で、一部の防衛線が抜かれようとしていた。
今の桜に必要なのは一直線の速度と一撃の破壊力ではなく、素早い瞬発力と手数の多さだ。
今の赤奈に必要なのは鉄壁と攻勢防御ではなく、敵を纏めて葬る広範囲の攻撃だ。
いつの間にか二人の指輪は赤と桜色ではなく、深い深い闇にして底のない黒になっていた。
『他一件の絆を確認! 変身しますか?』
その漆黒の指輪から発せられた音に、赤奈と桜はとっさに反応した。
「変身!」
『変身を認証! 選択完了! 邪神■■■! 絆システムコネクト!』
「ああああああああ!?」
「ああ!?」
二人から意図せず発せられる叫びは不快からか、それとも……想う相手の力に全身を隙間なく蝕まれ侵食される心地よさからか。
桜の機械腕、赤奈の装甲板はどろりと崩れると真っ黒な泥となり、指輪から滲んだ同じ泥と合わさって、彼女達の全身を包み込む。
「はふ……」
そしてどこか艶めいた吐息を漏らす桜は、自分の全身を補強するように纏わりついた黒の感触を確かめる。
「これがあの人の……」
赤奈はその真っ赤な髪の隙間から狂い咲く、大輪の真っ赤な真っ赤なリコリスの花の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、真っ赤な真っ赤な真っ赤な唇が笑みの形になる。
結局彼女達が邪神の巫女として自らを捧げることになる発端の力が……今その姿を現した。
「ぶっ!?」
原因にとっては予想外もいいところで目を剥いていたが。
それはともかくとして。黒い指輪から送られてくる情報は、桜と赤奈に力の使い方まで教えてくれた。
「これで全てを破壊する! 邪拳滅殺!」
桜が引き上げられた全ての肉体能力を駆使して大地を駆けると、瞬く間に防衛線を突破しかけていたムカデ達の前に躍り出る。それはまるで黒い雷の様で、彼女が繰り出した両手の連打は面制圧を得意とするマキナイに劣らず、触れたムカデを塵に変えていく。
「ああ……なんて香しいリコリスの香り……これが敵を彼岸に誘う。彼岸誘界の香」
赤奈の髪から咲くリコリスから彼岸花からどろりと黒い蜜が漏れ出すと、どこか甘い匂いは彼女が敵と定めたムカデ達に届き、問答無用の死を押し付けて彼岸に送った。残されたのは痙攣一つせず、魂のない抜け殻の山だ。
(墨也さん!)
桜と赤奈は黒に包まれて温かさと厳しさ感じていた。戦士なら一人で立って見せろ。だがどうしようもないなら言ってみなという、ぶっきらぼうでありながらお節介をしてしまう黒の精神性のようなものに直接触れ、まるで彼が隣で見守ってくれているかのような安心感を感じた。
「やりましょう桜!」
「はい!」
ムカデ達はごっそりと数を減らし、赤奈と桜は残された大本の大百足に狙いを定めた。
「え!?」
「これは!?」
だがここで予想外の事が起こった。
桜と赤奈に纏わりついた黒がまるで磁石の様に互いを引き合って、彼女達を一つの黒の中で纏めてしまい、ギガントマキアと類似した現象を引き起こした。
『これは……これが私達と……!』
『あの人との……!』
『『絆の力!』』
黒の中で手を握り合う桜と赤奈を核としてギガントマキアが……否。更に巨体となり全長十メートル。後にティターンと名付けられる漆黒の巨人が立ち上がった。
そして力が漏れ出したら昼を夜に変えかねない暗黒と負の化身が、目だけを燃えるような深紅に輝かせて大百足を睨みつける。
『『はああああああああ!』』
桜と赤奈の叫びと共に、黒き巨人はただ真っすぐにその右拳で大百足を殴りつける。そこに洗練された技術はなく、単なる速いパンチとしか言いようがないものだったが、込められた力はより大きな筈の大百足を塵芥に貶めた。
『ギジャアアアアアアアアア!?』
「まさか迦楼羅炎!?」
「現代にこのレベルの!?」
全長を比較すると倍以上はある筈の大百足がティターンに殴られると、頑強なはずの体は粉々に砕け散るばかりか、なにかの冗談のように海に吹き飛ばされてしまう。
周りのマキナイ達は、大百足の体で燃え上がる海水でも消えることのない炎が、色こそ黒だが不動明王が背負う不浄を許さぬ迦楼羅炎に近い、もしくはそのものだと気が付いて慄いた。
「きゃっ!?」
「うっ!?」
一方で僅か五秒にも満たずティターンは消え失せ、桜と赤奈は地面に投げ出された。
『ギギギギャアアアアアアアア!?』
だが漆黒の迦楼羅炎は消えないどころか、天に輝く太陽すら飲み込むのではと錯覚するほど燃え盛る。そして海でのたうつ大百足から最後の絶叫が迸り……燃え尽きた。
「はあ……はあ……!」
「ぐう……!」
尤も大金星をあげた桜と赤奈はそれどころではない。自らを遥かに超える超越者の力を借り受けたのだからその反動も凄まじいものだった。身を包んでいた黒は溶けるように消え失せ、脂汗を流しながら砂浜の土を握りしめて、全身を苛む苦痛に耐えていた。
「なにがどうなってるんだ……」
戦場にいた全ての人間が訳が分からないと呟く。勿論、気が付けば絆の間に挟みこまれていた男のものでもある。
その直後、アリバイ作りのために立ち上がって消え去った禍津神に統合本部はパニックを起こす。
封印が内から破られた。
天敵の存在を感知して死に物狂いで暴れた結果、ソレは数千年ぶりに青空の下へ躍り出ることができた。
『ジャアアアアアアアアアアアアアア!』
「竜!?
海岸から少し離れた森の中。人々から忘れられていた封印をぶち破り、大百足と変わらぬ巨体の蛇のような妖怪、蛟が紫の体表をくねらせて歓喜の叫びをあげる。
「まさかさっきの大百足はこいつを食べに来てた!?」
一人のマキナイが正解を導き出す。
竜や蛇の系譜にとって大百足は天敵だった。伝説において彼らでは対処できず、藤原秀郷に退治を依頼したほどだ。
しかしこの堕ちた水
『ジャアアアアラララアアアアアアアアア!』
「これヤバいっしょ……」
蛟の叫びと共に晴れていた空が急速に曇りだし、嵐の前触れのような強い風が吹き始めたのだから、真黄がぽつんと漏らすのは無理もない。天候すら操れるのだから、それは最早
「それでも……! 私達は……!」
「絶対……負けない!」
『キイイイイイイイイイイイ!』
桜と赤奈が震える足で立ち上がりながら宣言した直後、それに応えるように天から猛禽の叫びが木霊した。
戦場の全員が、蛟すらも天を見た。いや、蛟こそが最も早く反応して天を羽ばたく一匹の黒き鳥を見た。
黒いが烏ではない。鷹のような漆黒の猛禽だった。
ギロリと猛禽が蛟を睨みつける。その程度で竜と蛇の怪異などとは笑止千万。貴様程度はミミズ以下だと。
ガチガチ、ガチガチガチガチと蛟の鋭い牙が打ち鳴らされる。威嚇ではない。歯の根が合わぬほどの恐怖。爬虫類のような顔なのにはっきりと分かるほどの絶望、瞳は今にも零れ落ちそうなほどの驚愕。
アレだけは、アレだけは駄目なのだ。勝てぬのだ。そう定められているに等しいのだ。
その上更に、込められた概念だけでも天敵なのに、異常な祈りがアレを途方もない、気が遠くなるような存在として生み出してしまった。
漆黒の猛禽がその羽で身を包むと、ギュッと凝縮されたように小さくなって球形の黒になる。
『我が身こそ人の想い! 人の願い! その依り代! その化身! 【オン・ガルダヤ・ソワカ】!』
球形から唱えられた真言。
黒い球形から、卵からソレが孵る。
卵がひび割れると黒い羽根が辺りに舞い、古い大陸の鎧を身に纏った偉丈夫が現れて地に着地する。その顔は猛禽のようであり、人によっては烏天狗のようだと言うだろう。
「まさかああぁ!?」
戦場のマキナイ達ですらパニックを起こしかける存在。
名を迦楼羅。仏法守護神にして八部衆、並びに二十八部衆に属する戦闘神の一柱である。
『カッ!』
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
迦楼羅の全身から漆黒の炎が燃え上がると同時に、蛟がまるで人間の断末魔のように絶叫する。
例え色が違おうと、その炎が不浄を許さぬ迦楼羅炎そのものだから。
ではない。
迦楼羅の前身にこそ蛟の恐怖がある。その前身の名をガルダ。蛇と竜にとって大百足どころではない絶対の天敵にして、込められ祈られたる無茶苦茶な願いこそが。
ほぼその願い通り誕生してしまったガルダにして迦楼羅を前に、精々が地方の堕ちた水神である蛟がなにかを出来る筈がない。
『ゼアッ!』
蛇に睨まれた蛙ならぬ、迦楼羅に睨まれたミミズは身動きすることもできない。そして地で羽ばたく迦楼羅にあっという間に懐へ飛び込まれてしまい、蛇と竜にとって破滅の概念そのものを宿した握り拳を突き刺される。
『!?』
ミミズは呻き声一つ漏らせず漆黒の炎に包まれ消滅した。
『シイイィィィ……!』
残心をとりながら呼気を漏らす迦楼羅は蛟の完全消滅を見届けると、闇夜に溶けるように消え去った。
(悪いがメタとアンチを使うのはお家芸でな)
戦いで相性が有利な者を選ぶのは当然だと思いながら。
(墨也さん!)
できるだけ人間の世と人の負の念で生み出された存在は人間で解決してほしいと思いながら、それでもどうしようもない時は手を差し伸べてくれる黒き者に心当たりがある桜と赤奈はその正体に気が付く。
(後で必ずお邪魔します!)
自覚しかけている想いを送りながら。
◆
こうして後始末を全く考えないでいいなら一つの騒動が終わった。
が。
「は? あのヤバい禍津神は迦楼羅に変身できて、例のキズナマキナが言うにはその力で大百足を倒した? それって巫女? ていうか迦楼羅に変身? え? 黒い十メートルの巨人?」
その後始末こそが一部の者、もっと言えば統合本部にとっては本番だった。
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