赤奈の異変と出撃

 野咲赤奈に異変がある。これは彼女にしつこく言い寄っていた男達共通の認識だ。


(校舎裏に来てくれなかった……)


 その最たるものが、今まで呼び出せば来てくれていた赤奈が、ある日を境に来なくなったことだ。


(しつこく呼び出しすぎなんだよ!)


 男子生徒達は自分のことを棚に上げて、その原因が交際を断られるのが分かっているのに、何度も呼び出した他の男にあると考えたが後の祭りである。


(赤奈もようやく呼び出されても行かないようになったわね。無駄だと気付いたみたいでよかったわ。これで桜ちゃんもほっとして……あんまりそういう感じの子じゃないわね……)


 その赤奈の変化を友人の女子生徒は好ましく思った。赤奈は礼儀だと言っていたが、友人にしてみればいちいちしつこい男に対応するのは無駄の一言であり、パートナーである桜も一安心しているだろうと考えた。


(やっぱり違う。墨也さんだけが私を……)


 一方、赤奈本人の思いはクラスメイト達が想像しているものとはかなり違った。男は誰も彼もが赤奈に欲の混ざった目を向け、男といて唯一安らげるのは墨也といる時間だけだ。


(ちゃんとした男の人と、墨也さんと交流すればいい)


 そのようやく出会えた普通の男……と言うには語弊があるが、ともかく墨也を知った赤奈は、男はそういうものだという定義が壊されてしまい、態々醜い感情を向ける学園の男と付き合わなくてもいいと思うようになった。


(でも動きをじっと見られるのは恥ずかしいけど……)


 墨也にもじっくり見られることはあるが、それは戦うためのアドバイスを受けているからだ。尤も、赤奈としては気恥ずかしさを覚えたが、そこに嫌悪は微塵もなかった。


(はあ……墨也さん……)


 赤奈の心の中で、全く意識していない呟きが漏れる。


 その狭く歪んだ赤奈の人生経験は比重がおかしいのだ。仲のいい女の友人もいるし、愛する桜だっている。だが男との関りがなかった。そこに墨也と衝撃的な出会いを果たしたものだから、彼は赤奈にとって父のようであり兄のようであり、そして……。つまり異性との関係が墨也一人で完結してしまい、これまた無意識にその全ての想いを向けていた。


(もし……もし桜が赤ちゃんが欲しいと言ったら私が……)


 桜が子供が欲しいと言った時の想定なのに、なぜか私がという言葉が漏れる支離滅裂さだが、その先を思うことはできなかった。


『ギューン! ギューン!ギューン!』


(緊急招集!?)


 赤奈の端末から発せられた耳障りな音に、周りにいた生徒達の血圧も上がる。それはマキナイの常識として叩き込まれている音の一つで、意味することは妖の出現と戦力としての招集だった。しかも、学生の赤奈が招集されているのだから、事態は並大抵ではないことが予想される。


(周辺の空域は……大丈夫!)


 赤奈の端末に送られる情報の中には、移動経路のことについても書かれてあった。


「赤奈!」


「ありがとう!」


 赤奈が窓を振り向いた瞬間、窓際のクラスメイト達が一斉に退いて進路を確保する。


「マキナモード展開!」


「マキナモード!」


「よーっし行こうかー!」


「面倒だけど」


「しゃあっ!!」


「マ、マキナモード!」


「さあて空を泳ごうか」


「私の歌よ空に響いて!」


 赤奈がマキナモードを展開しながら窓から飛び出し空中に浮かび上がると、同じキズナマキナの生徒達も続々と羽ばたいて推進装置を噴射する。


「桜!」


「赤奈先輩!」


「心白ー!」


「真黄」


「行こうぜ紫!」


「う、うん銀杏ちゃん!」


「ああいたいた。碧」


「青蘭!」


 キズナマキナの少女達は各々のパートナーと手を取り合い、その絆の力を全力で推進装置に回すと、装置は普段の一回りも二回りも巨大になって、彼女達に凄まじい飛行速度を齎す。


 戦力としてのキズナマキナが別格扱いされるのはこれも原因だ。単なる戦闘力のみならず、ほぼ例外なく強力な推進装置が備わっているため、さながらスクランブル発進する戦闘機のように運用できて、現場に急行することができる。


 その空飛ぶ機械を身に包む少女達を、地上の人々は見ることができた。勿論、プロテインを買いに行く道中だった男も。


(学生が招集される事態……行くだけは行くか)


 その男、墨也がただならぬ様子の見知った桜と赤奈を認識して、自らもその現場に行くだけは行くかと思った。


 この血族は人によって薄情だと見られることがある。やろうと思えば人類全体をよりよく導けるのに、なんで自分がそんなことをしないといけないんだと考えているし、その方法も人類全体の洗脳になるため、それはもう自分の愛している人類ではないと突っぱねる。


 ただし、やはりそこはダブルスタンダードな邪神の系譜と言うべきか。人類への見方がねじ曲がっていようと、人知れず人類全体の危機を救ったこともあるし、個人的な頼み事も結構聞いてくれる。それは墨也も例外ではない。


 路地裏に足を踏み入れた墨也が、その影の中で滲んでいなくなる。


 だが……事態は全知全能とは程遠い墨也が思っていた以上に……少々面倒だった。


 ◆


「なにこれ! 送られてきた情報以上にデカすぎるんですけど!」


 海岸で激戦を繰り広げる現地のキズナマキナと合流した鏡谷真黄は、全長20メートルを超える大百足の妖を前に絶叫した。

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