赤奈の求めていた全て
マキナイやキズナマキナは、なにも光線や炎を出して戦うばかりではない。場合によっては徒手空拳での戦闘も想定されるため、肉弾戦専門のマキナイ以外も授業で格闘術の訓練を行っている。
(赤奈、妙に厚みを増した気がする……)
赤奈とクラスメイトの女子生徒が屋内の訓練場で相対する。
女子生徒が感じるのは赤奈の厚みだ。勿論肉体的なものではなく、威圧感や圧迫感、もしくはオーラと呼べるようなもので、ここ最近の赤奈は明らかに戦うものとして一歩高みに至っていた。
(しかも隙だらけの筈なのに……)
女生徒から見れば赤奈は腕をだらりと下げ、これから戦うように感じられない。だがかえってそれが恐ろしく、まるで毒蛇がいるかもしれない藪のような印象がある。
(と言っても私の戦い方でなにもしない訳にはいかないか……仕掛ける!)
積極的に打って出て相手を倒すことが得意な女子生徒は、覚悟を決めて赤奈との距離を詰めると、その拳を解き放った。
「え?」
ポカンとした女子生徒の声。
(腕? 横? 地面?)
女子生徒にとって、自分の腕に赤奈の手が絡みついているのはいい。だが横方向に発生した捻じれは腕の末端から胴体の中心へと向かい、そこから再び末端である足と頭に伝わると、女子生徒は気が付けば床に倒れていた。
「立てる?」
「ええ……凄いじゃない。さっきの合気でしょ? まさか合気の技まで身に着けるなんて」
「ありがとう」
倒れた女子生徒は、赤奈から差し伸べられた腕を掴んで立ち上がって称賛の言葉を送る。
赤奈は防御に特化したキズナマキナだからか、護身術から発展した技や関節技を得意としていたが、最近の赤奈は合気の技まで身に着けて、以前とは比べ物にならない程腕を上げていた。
その腕を上げた理由は、墨也との組手である。
◆
「墨也さん、教えていただけた技を実践することができました」
「やるな赤奈。やっぱり邪神流柔術の適性が高いな。桜の方は剛術の適性が高いし、これから先が楽しみだ」
ある日の休日。墨也の部屋で彼と赤奈がテーブルを挟んで話し合っているが、逢瀬を重ねるうちに二人は名前で呼び合うばかりか、この場には桜がいない。桜は休日返上の授業があったためだが、赤奈が一人で男の部屋に上がり込むなど、以前では考えられない事だった。
しかし、自立した心構えを持ちながら、心強い者に頼りたいと無意識に思う赤奈は、今の状況を妙だとは思わない。
「でも……私に教えてよかったんですか? 墨也さんの技なのに……」
赤奈が少し俯く。彼女が訓練で使用した技は間違いなく邪神流術【捻じれ】の初歩であり、組手の最中に赤奈は邪神流柔術を、桜は剛術を墨也に教え込まれていた。
だが赤奈は、自分は墨也から色々なことを貰いすぎていると罪悪感を感じていた。
「正しいことに使える奴に技を教えただけだ。お前さんはちょっと自分を卑下しすぎだな。俺が保証するよ。赤奈も桜も人のために戦える凄い人間だ」
「あ、ありがとうございます……」
墨也から向けられた信頼と、一人の人間として尊重されたことに、赤奈は体温を上げながら別の理由で俯いてしまう。
「まあそれに、ここだけの話だが邪神流柔術は結構流出してるからな。一子相伝だったのはひいひい爺さんとひい爺さんの間だけで、ひい爺さんの友達とかが技を掛けられた後に盗んでるからな。それに従兄弟連中も自分がいる世界に合わせて独自に改良してる今じゃ、邪神流戦闘術の亜種は数えきれないくらいだ」
「そうなんですか」
「ああ、だから気にするな」
(ひょっとして世界に広がっている流派なんだろうか……)
柔術を含めた邪神流戦闘術の裏話を語る墨也に、赤奈は軽く驚きながどれだけその連枝が広がっているのかと想像する。尤も正しい表現は、様々な世界にウイルスが侵食していると言うべきものだったが。
「さて、それじゃあ組手に付き合ってくれ」
「こちらこそよろしくお願いします」
近況の報告が終わると、墨也が黒い歪みを生み出してその中に入り込む。そして赤奈は慣れたように私服の下に着ていた訓練用の服になると、脱ぎ捨てた上の服を畳んで黒い歪みに足を踏み入れた。
「はあっ!」
(足が取れないのはもう分かっている! なら上半身!)
赤奈が黒い空間に入った途端に、墨也が襲い掛かってくることもまた慣れている。違うのは迎え撃つ方法だ。今までの組手から墨也の足は大地の様に不動なことが分かっていたので、赤奈は振り下ろされようとしている墨也の手刀に寧ろ前進して飛びつき、まるで蛇のように彼の腕に絡みついた。
後は飛びついた勢いと赤奈の体重で、墨也を地面に倒したらいい。その筈だった。
(やっぱりあっつ!?)
だが墨也は半袖の服を着ていた為、赤奈は彼の前腕の肌を直に触れることになり、ほぼ全身で感じ取った体温に驚愕する。邪神流柔術を教え込まされた際、腕を掴まれた時から墨也の異常に高い体温を知っていたが、腕全てに抱き着いた形になったせいで、余計にその熱量を感じ取ってしまった。
(火山みたい!?)
あくまで比喩表現だが、まるでマグマの血液が流れているような熱量と、赤奈の全体重でもびくともしない前腕は、彼女に火山を挑んでいるかのような錯覚を齎した。
「組みつきが効かなかったら、直ぐに離れないと酷いことなるって教えただろ」
「あっ!?」
そう言いながら墨也は腕を振るって赤奈を吹き飛ばしたが酷な話である。赤奈は桜以外の温かさを知らず、金属の蕾で身も心も守っていたのに、どこまでも頼りになる存在の熱量を感じたのだから、脳に一瞬の空白が生まれるのは仕方なかった。
「あ、そうだ。マキナモードで【捻じれ】ができるか確認しておこう。変身」
「わ、分かりました。マキナモード展開!」
「よし。やってくれ」
「はい」
墨也が黒い人型になると同時に、赤奈も全身に金属の装甲板が装着されたマキナモードとなる。そして赤奈は墨也の黒い手を握って【捻じれ】を仕掛けようとするが、これもこれでよくなかった。
元々陰の気が強い赤奈と、負の状態である邪神形態の相性はよかった。更には深夜の冷たさではなく、日が落ちてすぐの熱量をほんの少し孕んでいるような負の黒は、赤奈にとって素晴らしく落ち着くものなのだ。
「おお! 間違いなく【捻じれ】だ! 流石だな赤奈!」
「あ、ありがとうございます……」
墨也は横方向に発生した動きに逆らわず、敢えて赤奈の【捻じれ】を受けて横に一回転しながら赤奈を称賛した。
赤奈はその称賛に照れるように俯く。ここには一つを除いて全てがあった。無意識に求めてやまなかった頼りになる人。助けてくれる人。肯定してくれる人。成長を喜んでくれる人。
足りないのは自分が愛し、そして愛してくれる桜だけだ。
ならば二人一緒になれば?
専門外の機械ゆえに墨也も気が付かなかった。
赤奈の、そして休日授業に出ている桜の指輪は表面上はいつも通りパートナーの色である赤と桜色だ。しかし、その内部は底のないような漆黒に彩られていた。
◆
そして事件が起こる。緊急の妖異出現で人手が足りず、魔気無異学園の生徒も動員されたが、その中には機動力のあるキズナマキナ、桜と赤奈の姿があった。
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