赤奈の想いの悪循環
魔気無異学園の教師陣が今一番頭を悩ませているのが、桜と赤奈の至った境地であるマキナモードフェイズⅡ、ギガントマキアについてだ。
「どうすんだよこれ……」
「同感」
よく言えば頼もしさを、悪く言えば呆れを感じた教員達が、赤奈と桜の戦いぶりに溜息を吐いた。
『!』
学園ではお馴染みである棒人間の式神。それら六体が氷や風の刃を放って射撃戦を挑む。そうでもしなければ、全長五メートルの機械巨人に叩き潰されるだろう。
だが無駄だった。
『エネルギー吸収!』
屋外訓練場に聳え立つギガントマキアから、スピーカーを通したような赤奈の声が発せられると、氷や風の刃は装甲板にぶつかる寸前に溶けるように消え失せた。装甲で弾いたのではない。それどころか霊的なエネルギーを吸収した結果、赤と桜色に彩られた装甲板は輝きを増して、ギガントマキアに更なる力を齎す。
『ギガントパーンチ!』
今度は桜の声が響く。
異常な出力を全身の推進装置に回したギガントマキアは、地面から浮き上がると飛行した。そして一瞬で棒人間との距離を詰めると、腕周りにまである複数の推進装置を稼働させて、その勢いのまま最も威力の高い攻撃を行っていた棒人間を上から叩き潰した。
「ヤバいでしょ」
「あれだ。矛盾が起きるなら一つに纏めちまえって発想だな」
そしてあっと言う間に全ての棒人間を叩き潰したギガントマキアの雄姿に、教師達の頬が引き攣る。
ただでさえ桜のマキナモードである機械腕は一年生とは思えない破壊力を有した矛で、赤奈のマキナモードは文字通り鉄壁を誇る花の盾だったのだ。それが二つに合わさり出力も底上げされているのだから、彼女達は一級の戦力と言ってよかった。
「あ、解除された」
「明確な弱点は稼働時間だな」
「だが一分だけとは言え、戦いの一分は途轍もない長さだ。ましてやあの強さなのだから、これから先、成長すれば頼もしい限りだ」
教師達は唐突に消え失せたギガントマキアについて語り合う。
この歩きだしたばかりの機械巨人には明確な弱みがあった。教師達の言う通り一分だけしか稼働することができず、その後は少々のインターバルを置かないと、再びギガントマキアになることができなかった。
しかし、その一分を耐えられる存在はそう多くなく、大抵のものは逃げ回ることしかできないだろう。
「やりましたね赤奈先輩!」
「ええそうね」
桜は最初、右も左も分からなかったギガントマキアを、今では思うように動かせる達成感を赤奈と共有する。
そして桜に微笑む赤奈だが……。
(桜の戦い方、一条さんの影響が見え隠れする)
ここ最近、少しだけ桜の戦闘スタイルが変わったのではないかと思っていた赤奈だが、それが墨也の影響によるものだと確信する。
以前、ギガントマキアが初めて発動した日も、棒人間に合気擬きを仕掛けられた際、桜だけが反応できたのもそうだし、今日も的確に危険度が高い棒人間から排除していた。
(また一条さんのことを……)
だが愛する桜が他の男の影響を受けていても、赤奈は嫉妬を抱くのではなく、自分の頭に浮かんだ墨也の姿を振り払おうとした。
「赤奈先輩、明日どうします?」
「え?そ、そうね……お邪魔して……いいのかしら……?」
「分かりました! 連絡して聞いておきます!」
赤奈達は制服に着替えるためロッカールームに向かうと、その道中で桜が赤奈にあることを尋ねた。
そのあることとは。
◆
「お邪魔します!」
「お邪魔します……」
「おーう上がってくれ。いや本当に助かる。昔は従姉弟連中が襲撃かましてきたから鈍らなかったけど、最近はあいつらも自分のことで忙しいみたいだから、体を動かす機会が減ってたんだよ」
再び邪神である墨也の寝床に訪れる桜と赤奈。
そう、あることとは桜と墨也が行っていた組手のことで、赤奈はそれに参加することにしたのだ。そして墨也にしてみてれば、付き合いで助かると言っているのではなく本心からだ。
というのも、あれ? 墨也くん彼女は? ぷぷぷのぷと煽ってくる一部の従姉弟達は、ここ最近忙しいのかこの世界を訪れておらず、仁義なき邪神組手を行う機会がめっきり減って、あまり体を動かすことができていなかった。
「それじゃあ先に行ってるな。入って来たら早速始めよう」
墨也はそう言いながら黒い次元の隙間を生み出すと、その奥へ消えていった。
(よ、よく考えると男の人の部屋に服を置いていくことに……!?)
残された赤奈が呆然とした。一応私服の下に訓練用の服を着ているため問題ないが、それでも上に来ている服はこの部屋に残していくことになる。
「頑張りましょう赤奈先輩!」
「え、ええそうね」
だが桜は全く気にした様子もなく、下に着ていた訓練用の服になると気合を入れていた。
(桜、最近着ていなかったセパレートタイプの……まあ一条さんなら大丈夫か)
赤奈は桜が来ている訓練用の服が、最近着ていなかった薄いセパレートタイプのものだと気が付いた。しかし、桜にあれほど男の視線を気にしてほしいと思っていたくせに、墨也なら問題ないだろうと無意識に考えて、それ以上はなにも気にしなかった。
「でも気を付けてください。墨也さんは入って来たら早速始めようと言ってたので、言葉通りいきなり組手が始まります」
「そ、そうなの?」
「はい。間違いありません」
邪神流組手を経験している桜は、黒い歪みに入った瞬間に戦いが始まると断言して、慣れていない赤奈は困惑した。
「行きます!」
「ええ」
(墨也さんが不意打ち……そう言えば禍津神と相対した時も、慌ててやって来たから不意打ちを食らわそうにも事情が読み込めてないから、まずは話し合いと言っていた。それなら情けない姿は見せられない!)
桜の断言と、赤奈はほとんどそのまま覚えている墨也の言葉から、黒い歪みを飛び込んだ先に戦いが待っていると覚悟を決める。
「せいっ!」
「はあっ!」
まさに桜の断言と赤奈の記憶の言葉通り。
桜と赤奈が歪みを通り抜けて真っ黒な空間にたどり着いた瞬間、墨也は手刀を振り下ろそうとしていた。それを次代の星である桜は正拳で迎え撃ち、赤奈は墨也の体勢を崩すため足を抱え込んで倒そうとする。
しかし。
桜の正拳が墨也に防がれるのはいつものことだが、墨也と触れるのが初めての赤奈は驚愕した。
(ビル!? 木!?)
赤奈は自分が抱え込もうとした墨也の足が、全く、微塵も揺るがないことに、巨大なビルや地面の奥深くまで根を張っている樹木を連想した。
「ぐうっ!?」
(逞しすぎる!?)
そして呆気なく墨也に投げ飛ばされた赤奈は、相手がどれだけ寄りかかってもびくともしない頼もしさを持っていると無意識に判断した。
『変身』
「マキナモード!」
「マキナモード展開!」
一旦仕切り直すどころか墨也は真っ黒な人型と化し、桜と赤奈はマキナモードを展開する。今日の組手はマキナモードで行われる予定が伝達されていたことと、そして何より墨也の強さを知っている桜と赤奈に躊躇いはない。
だが、彼女達の思う最強の敵を前に絆システムがかつてなく稼働する。
「これは!?」
「え!?」
赤と桜色に包まれる我が身に赤奈と桜は驚愕する。ある程度コントロールできるようになったため、この力が勝手に発動するのは最近なかったことだ。
「なんじゃこりゃ!?」
桜から聞きはしていたが、流石にこの力、つまり全長五メートルの機械巨人、ギガントマキアを初めて見た墨也は驚いた。
「かっけえなオイ!」
いや、驚き半分、童心に戻ったテンション半分の叫びだった。とはいえ男なら誰だって機械巨人に胸を弾ませるものだろう。
「よし来い!」
『あの墨也さん、この子もの凄くパワーがあってですね……』
『人に向けていい力ではないです』
「はっはっはっ。成層圏をぶち破る巨人との戦いだって想定している邪神流柔術後継者の俺に遠慮は無用だ!」
『えっと、赤奈先輩どうしましょう』
『少しだけなら……』
若干テンションがおかしくなっている墨也が、両手を広げて掛かって来いと催促し、桜と赤奈は恐る恐る巨大な拳を接近させた。
彼女達は邪神流柔術を舐めた。
邪神流柔術【捻じれ】。
邪神流柔術の基礎にして根幹、奥義ともいえる【捻じれ】は、対概念だけを念頭にしているのではない。相手が人型であるのなら、例え世の頂点に立つ神だろうとその理合いの内に沈める業なのだ。
結果、墨也が五メートルの機械巨人の拳に触れた瞬間、衝撃を受け流すどころか、その勢いのまま空中に放り投げてしまった。
『え!? きゃああああああああああ!?』
『きゃっ!? こ、こんなことが!?』
慣れていた筈の桜でさえ、まさかギガントマキアが合気の術に絡めとられるとは思わず、赤奈と共に悲鳴を上げた。
「よーしどんどん行ってみよう!」
『は、はい!』
『わ、分かりました……』
黒い地面を滑りながら態勢を立て直したギガントマキアの中で、桜と赤奈は自分を助けてくれた男の強さを再確認することになる。
(やっぱり一条さん……凄い……)
そして家族がいない故に、無意識に頼れる存在を探し求めていた赤奈の心を埋めていったが、彼女が組手をして墨也の強さを確認すればするほど、その埋まっていく感情は補強されていく悪循環だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます