悪因悪果

 統合本部が対処してきたクレーマーは多岐に渡る。妖との戦いで発生した騒音に怒り、同じくらいの声量で怒鳴り込んで来た者、延々と税金の使い道はどうなっているのかと問い合わせて来る者、果ては危険生物は表に出てくるなと言われたこともある。


 そういった者達への対処は簡単。係が適当に受け流し、適当にお返事して、適当な頃合いを見計らって帰って頂くのだ。


 統合本部の受付も慣れたものである。どういう訳かクレーマーは自分の言うことを真摯に聞く義務があると思っているようだが、受付にしてみれば神妙な顔で頷く案山子になればいいだけ。つまりクレーマーも受け付けも、壊れたテープレコーダーの様に同じことを繰り返すのだ。


 更に面倒なのが来たと伝われば、気を利かせた実戦経験があるマキナイの強面がやって来てそれとなく威圧したり、職務妨害として最終兵器お巡りさんを召喚することもある。


 お客様は神様である時代は遠く過去の話であり、クレーマーは彼らが思っているほど真剣に扱ってもらえない。ましてや職員が疲れやすい夜間にクレーマーが来たとなれば、全員がうんざりすることだろう。


 だが今現在の統合本部は、やって来たクレーマーうんざりどころか、真ん中も下もパニックを起こしていた。なお上はいない。


「とにかく管理部と上の全員に電話を掛けろ!」


「頼むから電話に出てくれ!」


 受付部署の職員全員が、とにかく神を管理している部門と上層部の人員に電話を掛けている。原因は本来ならあしらうだけでいい筈のクレーマーこと、管理外の禍津神を自称する墨也だ。


 ここでも利権に塗れた組織の弊害が起こっている。扱いは面倒だが非常に大きな利権が発生する神という存在は、管理部や上層部がなにもかもを取り仕切っているため、この場にいる者達ではどこかの部屋に案内する権限すらないのだ。馬鹿のような話だが、それでかつて派閥争いが起こっており実例があった。


 そして、万が一のことがあった場合のことを考えて誰も責任を取りたくないため、実質放置された墨也はとりあえずロビーにいることにしたが、これがまあ待つことになった。


 なにせ管理部や上層部は表に出せない接待や利権調整、プライベートを満喫しており、大方の者は携帯の電源を切っているかマナーモードにしていた。しかも当然酒を飲んでいるし、果てはベッドの上で複数の女達を侍らせている者もいた。まさに勝ち組の人生である。


「こいつがいつまでたっても戻らないのは、そちらも困るだろうと思って夜でも来たが……出直したらそれはそれで拙いか……」


「はっ……」

(禍津神に気を使われた!?)


 墨也に話しかけられたベテランの受付はショックを受けた。


 墨也の言う通り、床に転がっている禍津神が戻ってこないのは統合本部としても問題大ありで、夜でも直ぐ届けたのは必要な行いだった。そしてここで墨也が出直すと、管理外の神が野放しになるため、これまた大問題になる。つまり床の禍津神が遅い時間帯に好き勝手動いた時点で、統合本部は詰んでいたのだ。


 そして、その詰みはさらに深刻になる。


 統合本部の解析班がこっそりと計測機器を使って、墨也がどれほどの存在か調べようとしたら、そこには信じられない表記が並んでいた。


(全部の数値でエラー表記だぞ!)


(強力な特別指定の神でもどれか一つか二つしかエラーが出ないんだぞ! 計器の故障じゃないか!?)


(他のも全部エラーだ!)


 慌ててフロアから退散した研究班が、小声で怒鳴ると言う器用な真似をする。だがそれは仕方ないだろう。新しき神の中でも特に強力な存在は、床に転がっている禍津神を含めて特別指定というカテゴリーに分けられているが、そんな神でも計器がエラー表記になるのは、一つか二つの項目だけだ。


(これ完全に手に負えないぞ!)


(本当に計器の故障じゃねえのかよ!?)


 なのにフロアに居座っている墨也は、計器が測定できる項目全てでエラーを叩き出したのだから、格が違う存在だった。


「暫く瞑想しているから、権限がある者が来そうになったらまた教えてくれ」


「は、はい!」


 そしてクレーマーの鑑である墨也は、責任者が来るまでじっと待つことにする。黙っていようと存在自体が迷惑だが。


「は? なんだこの着信の量?」


「管理外の神が禍津神を引きずってやって来たあ!?」


 そしてである。一時間ほど経てば管理部と上層部の何人かが、携帯に馬鹿みたいな量の着信とメッセージがあることに気が付き始めた。


 それによると、なんと管理外の神を名乗る存在が、強力な神として認識している禍津神を引きずって来たと言うではないか。流石に事の重大性が分かった彼らは、三十分から一時間ほどかけて統合本部に急いだ。


 余談だが、統合本部は後々メディアに管理外の神を二時間も待ちぼうけさせたとすっぱ抜かれた際に、二時間ではなく一時間半だと訂正を求めたが、そういう問題じゃないと総ツッコミを受けることになる。


「大変お待たせしました! その、時間神とはいったいなにが……」


(こいつの名前やっぱり時間神なのかよ。失笑どころじゃないな)


 管理部の職員が汗を拭きながら、墨也と床に転がっている禍津神にせわしなく視線を移す。職員にしても聞くべきことは多かったが、まずは要件として連絡されていた、放し飼いの犬云々のことについて聞かなければならな。


 一方の墨也は、この禍津神が職員同士の話から時間神と呼ばれているらしいと察していたが、彼に言わせればチープの極みだ。


 真の時間神とは息をするように億の年月を逆行させ、世界を永遠に固定することができる原初の力にして、時間という概念そのものなのだ。それなのに公園程度の範囲の時間を停止させるのが精一杯で、墨也を生まれる前に弾き飛ばすこともできないときた。しかも時間旅行をさせられて自我が崩壊するなど、全く名に相応しくない。


「瀬田伊市で瞑想しながら暮らしていたら、この神がずかずかと俺の領域に入ってきた。様子を見に行ったら、こいつがどうのこうの言って女に迫り、挙句の果てにはそれを止めた俺を殺すと宣ってな。禍津神同士の決闘になったからこの様になってる。それでだが、管理できている神が俺に襲い掛かって来たのはどういうことか聞きに来た」


「は、はい?」


「そう迂遠な話じゃない。世間では放し飼いの犬が人に噛みついたら、飼い主の責任になる筈だ。神を管理しているというのなら、俺は噛まれた側、こいつは犬、飼い主はそちらだ。どうなっているのか聞く資格はある。という訳で、この神の担当者、管理部の責任者、統合本部のトップから話を聞きたい」


(これ管理部終わったんじゃねえか?)


 改めて墨也と管理部の職員のやり取りを聞いていた者達は、管理部のお先が真っ暗だと思った。


 というのも神同士でのいざこざが起きないようにするのは、管理部の重要な職務の一つだった。しかし今まで誰も知らなかった管理外の神がいるのですら大問題なのに、管理できていると思っていた時間神が好き勝手動き回り、その上更に神同士の決闘が起こったと言うではないか。


 これは管理部の根底を揺るがす大事件であり、ひいては統合本部そのものにひびが入りかねない事態だった。


「じ、時間神はいったいどうなっているのですか?」


「自我が崩壊してると思ってくれ。こいつに使った技の結果どうなったかは、俺も詳しく分からん」


 恐る恐る時間神を確認する職員だが、墨也本人も時間運命崩壊拳が直撃した存在がどうなるかの詳細は分からない。尤も恐らく兆か京年、もしくは途方もない年月を遡ったと推測できているが、自分の技をベラベラ説明したくなかった。


 ここで大問題に繋がっているのは、現行法で神の行いを裁けないことだ。法が人に対するものである以上は当然だが、墨也と時間神の決闘には法が及ばず、その結果で時間神の自我が崩壊しても墨也を裁判所に立たせることができない。故にこそ、法で裁けない神の行動は徹底的に管理する必要があるのに、管理部はそれを怠っていたのだから話にならない。


 しかも救いようがないことが裏で起こっていた。


「時間神は今どうなっている?」


 統合本部が、神を鎮める人材を派遣している鎮守機関に問い合わせていた。


 勿論事態を表沙汰にしないため、時間神が統合本部で転がっていることは言わず、あくまで今どうしているのかという形での問い合わせたが、統合本部に都合の悪い返事が返って来た。


「そちらの管理部の担当職員が業務を引き継いで外出している。確認書類も提出されているから間違いない。そのうち社に帰って来るはずだが、気になるなら担当職員に確認してみてはどうか?」


 時間神を鎮めている社の責任者の答えは、時間神は統合本部管理部の担当職員と共に外出しているというものだ。これは他の神でもよくあることであり、普段なら問題にならなかった。


 普段と違うのはその担当職員と連絡が取れず、時間神が寝転がっていることだ。そして今回の一件は、形式と規則上では完全に統合本部の責任で管轄されている案件となり、その全ての責任を負う必要があった。


「申し訳ありません……その、時間神を担当している職員、管理部の責任者、会長との連絡が取れず……」


「仕方ない。ならその間、神の登録とやらをしてくれ」


「はっ。ありがとうございます……」


(やっぱアポって大事……いやいや、だから今から禍津神を持ってくって言っても信じてくれねえし、朝までこの転がってる奴の面倒見たくねえ。つまりこれは仕方ないことなんだ。証明完了)


 墨也が名を上げた当事者と責任者は全員連絡が取れず、彼は社会人らしくアポイントメントの重要性を痛感した。尤も、したところで会えるはずがなかったが。


 そして墨也は待っている間、新しく生まれた神が行う検査を一通り受けることになった。


 ◆


 管理外神調査報告書。


 神力・エラー

 霊力・エラー

 呪力・エラー

 力場・エラー

 因果・エラー

 時間軸固定値・エラー

 空間軸固定値・エラー

 エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー


 墨也がフロアにいた時に研究班が行った簡素なものではない、きちんとした計器による計測結果が出た。


 結果は簡単。手に負えないと言うことが分かった。


 ◆


(やばいやばいやばいやばいやばい!)


 頭の中がやばいという単語で埋め尽くされている男が、真夜中に車を走らせている。男の携帯にはメッセージと着信が優に百を超えているが、内容はほとんど同じだ。


 男が担当している筈の時間神が、禍津神と決闘した経緯と報告がなかった理由を説明しろというものである。


 が。


 これまた救いようがないことに、時間神がふらりとどこかへ行くことはたまにあることであり、男はその責任を取りたくないために今まで報告してこなかった。しかし、その結果が大事故に繋がったのだから、馬鹿に付ける薬はないだろう。


(どうしてこんなことに!)


 それが分からずどうしてこんなことにと思う始末だ。


 尤も、今まではいい思いをしていた。時間という強力な神は、その分様々な場所から献金を受けていた。彼らが望むのは若さだ。金もある。美しい異性もある。だが老いだけはどうしようもない。それを時間を巻き戻すことによって解決してくれる可能性がある時間神の存在は唯一無二であった。そしてお零れと言うには少々大きすぎるものを頂戴していた男だが、一瞬で天国から地獄に叩き落された状況である。


 その後の彼の選択もまた愚か極まる。逃げたのだ。とにかく何も考えず統合本部から離れるように車を走らせているが……まあ、脱獄や逃亡犯が存在する以上、彼だけが愚かという訳ではない。追い詰められた人間は必ず捕まることが分かっても、そんなことを考える能力すら失われてしまうのだ。


 だが説明を求めているクレーマーにしてみればそんなことは知ったことではない。


「別に命を懸けろとまでは言わない。全人類のために奉仕しろとは言わない。俺だってそんなことは嫌だ。絶対したくない。だがお前、あの犬が女子生徒をどうするか分かってたな? 女子生徒が尊厳を踏みにじられボロボロになると分かっていたな? お零れを貰う立場から外されることを嫌がって何もしなかったどころか、機嫌を取るため率先して動いたな? そして逃げたな?」


「だ、誰だ!?」


 突然、後部座席から疑問符だらけの言葉で話しかけられた男は慌てて振り返った。そこにいた。黒い黒人型。グネグネと動く体表の黒、深淵。そして赤く灯る目。統合本部で瞑想をしている影絵ではなく、入れ替わった本体。


「悪因悪果。善因善果。身内の言葉を借りるなら、ハンムラビ法典で殴ってやる。縦でな。あれ2メートル越えの石柱だけど分かってたのか? ああ、共犯かと思った学園の理事長は金だけの関係だったな。あの犬を知らないのなら、俺も人間同士の営みに関与しない。だがお前は別だ」


「なにをおおお!?」


 不穏な言葉を呟く漆黒の墨也だが、男は問い返す前に真っ黒な空間に放り込まれた。


 そこにいた。


「は? 時間神?」


 男が携帯のメッセージ見て知る限り、それは統合本部に運び込まれた筈の禍津神が。


「影絵だがな。なんとか記憶を覗いた後に繋ぎなおして、女子生徒にしようとした行為だけをするようにしている。意味分かるよな? なにせこいつがお前に何をするか話している記憶もあったからな。そして今からどうなるかも分かるよな? 安心しろ。死にはしないよう調整してるし、そいつが飽きれば解放されるとも。お前はいつになるか分からんと思っていたようだがな」


「や、やめ!?」


 意味の分かった男が絶叫を上げる寸前、墨也は空間を完全に閉じる。


 後に残った車は……静寂に包まれた。

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