統合本部襲来と人の業

 魔気無異統合本部。全国津々浦々から優秀な人材を集め、妖から人を守る護国の組織である。まあ……表向き、とまでは言わないが、額面通りでもない。


 当たり前だが日本古来の霊的国防の流れを汲む以上、悪い意味での派閥、派閥、派閥、利権、利権、利権、金、金、金のオンパレードでもある。そのため、徹頭徹尾護国のための組織かというと首を傾げるが……まあこれは、組織が大きくなればなるほど付き纏うものであり、どこもそのようなものである。


 それに一応なんだかんだで機能しているので、今まで問題がなかった。神も管理できているし、妖による被害も抑えられている。上の者は現場に任せて、自分の懐を温めることに集中すればいい。


 それで


 ◆


 時刻は夜になりつつあるが、妖に対応するため不夜城である統合本部には数多くの人員が働いていた。


「うん? なんだこりゃ?」


 まず異変に気が付いたのは研究班に所属する者で、彼は手元の計測器が全てマイナスに振り切ったことに困惑した。


「おいおい」


 機械は電源こそ入っているが特に測定している訳でもないのに、マイナスのデータを吐き出し続けている。そのため故障を疑った研究員は、勘弁してくれよと言いたげな表情で機械のチャックを行い始めた。


「……エラーだって? マジで壊れたか?」


 ついには数値ではなく完全なエラーが表記され、さてどうしたものかと腕を組んで考え込む。


 次の異変は、統合本部の全員が気が付いた。


「なんだ? 少し暗くなったな」


「冷房かかってる?」


 施設内の照明が薄暗くなり、夏に向かっている季節なのに肌寒さを覚えて身震いする。


 そして決定的なことは……。

 

 マイナスエネルギーの化身が統合本部の前にいた。


「うん?」


 本部から外に出た職員が人影に気が付いて訝しげな声を漏らす。言葉通りだ。人の影のような黒い人型だった。


 それが人間の足を掴んで引きずっている


「は?」


 ポカンとする職員の実戦不足と意識の欠如が甚だしいと言うべきか。もしくは統合本部所属とはいえ事務職はこのようなものだと納得するべきか。


 ともかく職員は、たっぷり十秒以上も異常事態を静観した。


「おい。放し飼いの犬が噛みついてきたぞ」


「は!?」


 見間違いではなく、確かに黒い人型である墨也に声を掛けられた職員がようやく再起動する。


「あ、妖だあああ!」


「一緒にするな」


 統合本部のビルに回れ右しながら叫ぶ職員だが、今の墨也に人間のような表情があればしかめっ面になっていただろう。客観的に見れば墨也と人の悪意から生まれた妖はルーツが近いのだが、彼にしてみればゴキブリと一括りにされたようなものだ。


「邪魔をする」

(……いきなり攻撃されないのは助かるけど、この組織大丈夫か? ひい爺さんが勝手に外部顧問名乗って改革だ! ブートキャンプだ! とか言い出すぞ)


 墨也は職員に反応して開いたままの自動ドアを通り抜け、一流企業のような受付が備え付けられている統合本部の高層ビルに足を踏み入れた。


 そして当然、受付には人員がいるしフロアにはスーツ姿の職員が行き交っていたが、共通しているのは、妖? それを退治する専門機関の統合本部に? え? なにあの黒い人型と引きずられてる人間? といった困惑だ。


 警報機が鳴りまくって、すっ飛んできた実働部隊に攻撃か包囲されることを想定していた墨也は肩透かしを受けた。


「放し飼いの犬が噛みついてきたから届けに来た」


「え?」


「こいつに見覚えは?」


 墨也は統合本部を訪れた理由を説明しながら、引きずっている存在の顔がよく見えるように調整した。


「げ!?」

「はあ!?」

「え!?」


 フロア中に響く驚愕の声。


 それもそのはず。うつ伏せから仰向けにされた人間は人間にあらず。それは職員達の間で最も注意して取り扱うことが徹底されている、禍津神だったのだ。しかし……目はどこか虚ろで顔には生気がない。


「夜に申し訳ないが、各部署は24時間の対応を行っていると聞いている。そちらで管理している犬が噛みついてきたから、飼い主に話を聞きたくてな。この場合は管理部と統合本部のトップ、いや、統合本部全体の話になるか?」


 真っ黒な人型という場違いな姿をしている墨也だが、言っていること自体は正論だろう。統合本部はあくまで神は管理できていますという建前で活動しているのだから、その管理されている禍津神が墨也をいきなり殺そうとしてきた以上、統合本部にどうなっているのだと苦情を言う権利がある。


 尤も、墨也本人はこの後に起こるであろう管理とやらに全く従う気がないため、邪神らしいダブルスタンダードを発揮していたが。


「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 ここで受付が、少しでも時間を稼ぐために勇気を振り絞って墨也に名を尋ねた。


「こいつと同じ禍津神だから、名前らしい名前はない。どうしてもと言うなら奈落とでも呼んでくれ」


 この瞬間、統合本部はパニックの頂点に達した。


 生まれる場所が決まっている新しき神は全て把握している。それなのに完全に管理外の神が現れ、あろうことか禍津神を名乗って倒れ伏した禍津神を持ってきたのだ。


「しょ、少々お待ちください!」


「ああ」


 受付はやって来たクレーマーに対応するため、内線で管理部と警備部に連絡を取った。


 が。


(管理部め! まさか誰もいないんじゃないだろうな!?)


 受付には懸念があったが、それはコール音が長引くにつれてどんどんと大きくなる。統合本部ではどんな不測の事態が起きてもいいように、基本的に各部署は常に人員が配置されている。しかし、管理部を含めて幾つかの部署は規則に従わずワンオペ、もしくは誰もいない事すらあった。


 尤もこれは仕方がない。どこの組織も同じであり、どれだけ話題になっても人の社会が繰り返す悪癖なのだ。


 そして明るみになって問題になるのは、大事件が起こって取り返しがつかなくなった後の話である。


 つまり今だ。


(ちょうどよかった! 見て来てくれ!)


(分かった!)


 受付は偶々フロアにいた別部署の友人を見つけると、ジェスチャーで上を指さして管理部の様子を確認するよう頼んだ。そして友人もまた、一向に話す様子がない受付に同じ懸念を抱いていたため、慌ててエレベーターに向かって駆けだした。


「はいそうです! 倒れた時間神を禍津神を名乗る黒い人型が連れてきて! 直ぐ会長にご連絡ください!」


 その直後、別の受付が連絡先と繋がった。本来なら統合本部のトップである会長に連絡しなければならないが、相手は秘書課だ。なにせ受付の内線は会長室に繋がっておらず、秘書課を挟まなければ会長に連絡を取ることができなかった。


 しかし、現実は無常であった。


『会長は現在、どこにいるか我々も把握していなくて……』


「そんな!?」


 会長の居場所を秘書課も知らないのだから、その会長がいる場所はお察しできる。


「ほらこっちへ来い」


「もう。会長さんったら」


 彼は秘密の邸宅で不倫を楽しんでいる真っ最中であり、誰とも連絡が取れない状況だった。


 そしてである。


「誰もいないのか!? おい!」


 明かりのない管理部で切羽詰まった叫び声が木霊する。神を管理といっても外部の機関に委託しているのだ。その利権にありつければいい部署で、緊急の事態なんてものが起こる筈がない。


 だから24時間対応していると謳っていても、夜には誰もいなくて問題ないのだ。


 一方で、警備員はすぐフロアにやって来た。


(一般人じゃん。民間のか? 統合本部独自が設けてる、戦闘を念頭に置いた警備部は?)


 しかし、墨也が思っていたような手練れではなく、これまた外部に委託している民間の警備員であり、役割は人の出入りの管理や施設の保守だ。異能を扱うマキナイの警備員はいない。いる筈がない。なにせ特殊技能持ちとみなされるマキナイは人件費が高く、護国の総本山に来るはずのない妖のために、24時間業務の費用を払うのはもったいないではないか。


(絶対的権力は絶対に腐敗する。至言だな)


 統合本部で起こっているトラブルを察した墨也は心の中で肩を竦めた。


(ああ、いるにはいるんだな)


 その後になって、異能の力を宿したマキナイ達がやって来た。しかし、彼らは用件があって偶々統合本部に来ていたマキナイ達であり、警備の部門に所属しているという訳ではない。


(そう。これだよこれ)


 そんなマキナイ達が、なにが起こってもいいようにと臨戦態勢に入っている様子に、墨也は寧ろようやく思った通りの状況になったと頷いた。


 まあ、待ちぼうけする羽目になる予想もしてはしていたが、結局その状況が長く続く羽目になる。


 後日、統合本部大失態。責任者不在で二時間も管理外の神を待ちぼうけさせる。とメディアにすっぱ抜かれ、統合本部を一新させる動きに発展した騒動は、こうして幕を開けたのであった。


(やっぱアポは大事だな。でもこれから禍津神を届けに行くとか言えるか)


 墨也は呑気だったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る