神vs神

「“一時停止”!」


 禍津神は自らが誇る必殺の権能を行使すると同時に、その真の姿を現した。


 しかし……実のところ奇妙な姿としか言いようがない。顔も体も、そして腕も足すらも、映像や音楽を再生するためのプレーヤー機器が集まって体を構成している。


 このまま街を歩けば目を疑うような光景となり失笑を誘うに違いないが、秘められた力を知れば誰もが恐れるだろう。


 人類の文明が生み出した機器と、異能から発生した新たな信仰心が結びついた結果、この禍津神は公園程度の範囲なら楽々と時間を“一時停止”することが可能だった。いや、それだけではない。プレーヤーにある他のボタンの権能を行使することもできる。


 後は簡単。止まった領域で不敬にも逆らった黒を、一方的に始末すればいい。


 筈だった。


「馬鹿な!?」


 なにも止まっていなかった。


 風に吹かれる木も花も、光に集まる虫も、怯えていた赤奈も、そして、真っ黒な人型すらも。


 相性が最悪も最悪だった。


【邪神流柔術“時界解じかんとき”】


 黒い人型である墨也は、時間が止まる直前になにも無い筈の空間を掴むと、まるで舵輪を回すかのように腕を振るって時間の流れを強制的に維持する。


 本当に相性が最悪としか言いようがない。


 彼が習得している邪神流柔術は、対概念を念頭に編み出されたものだ。その中でも時間の概念は最大仮想敵といってよく、専用の技まで編み出されているほどだ。


 それ故に俗っぽく言うと、禍津神は極まったメタを相手取る羽目になっていた。


「“スロー”!」


 だがやはり禍津神の力は恐るべきと言わざるを得ない。本来ならゆっくりとした動作しかできなくなる力が行使される。


 だが無駄である。


 禍津神が介入できない程、世界という名の時計はしっかりと動き、そのまま墨也の接近を許してしまう。


「“停止”!」


 禍津神は、長期間大幅に弱体化してしまうリスクを持つ最終手段、死を押し付けて周囲一帯の全てを終わらせる力を発動した。


【流転陰陽】


 だが停止する世界など存在しない。


 墨也の右手に小さな白い十九番目の太陽。左手に黒い十八番目の逆さの月が現れ、それを回転させるように混ぜ合わせることによって生まれた永遠が、死で停止するはずだった世界を否定する。


「待て!」


 禍津神が叫ぶ。


 待たない。


 既に殺し合いが行われている以上、決着はどちらかの死でしかあり得ない。


(まだ“巻き戻し”がある!)


 禍津神が今まで使ったことのない、最後の切り札を発動した。自らの死の瞬間に発動する巻き戻しの権能は、彼の意識を生まれた直後の時間軸まで戻す力を秘めている。


 だがやり直せる世界も存在しない。


 墨也は禍津神の権能から、過去に遡ることができると当たりを付けて、それをさせないために必ず殺す技の使用を決断した。


「ひっ!?」


 禍津神は権能と関係なく引き伸ばされた感覚の中でそれを見て悲鳴を上げる。


 漆黒に輝く墨也の右手に込められた想像を絶する、禍津神の力よりも遥かに恐ろしく凝縮された力の塊。


 ぐちゃぐちゃで滅茶苦茶に歪んだ時間という概念。


「!?」


【邪神流剛術奥義“時間運命崩壊拳”】


 擬人化したようなプレーヤーの胴体に、墨也の右拳が突き刺さる。


 それと同時に。


「あああああああああああ!?」


 絶叫する禍津神は一瞬で無量大数年を経験させられながら未来に飛ばされたかと思えば、過去へと弾かれ原初の開闢を目撃してしまい、ついには時間という概念すら定かではない空間に迷い込む。


「あああああ!?」


 現在、過去、未来の糸がギリギリまで引っ張られ、限界を迎えた糸は弾けて二度と元には戻らない程に絡まる。


「……」


 そして時間旅行を終えて自我が崩壊した禍津神は、どこにも存在しない筈の時間と次元の狭間を漂うことになった。


(これは……これはいったいなに!?)


 一方、突然神話の領域を目撃してしまった赤奈は、逃げることも忘れてただただ困惑するしかない。


「マキ」

(いけないっ! なんとかしないと!)


 流石はキズナマキナというべきか。漆黒の人型が妖に類する、もしくは管理されていない禍津神の可能性に思い至り、マキナモードを展開しようとする。


(さっきの戦闘、誰も気が付いてない可能性もある!)


 だが赤奈には懸念があった。神と漆黒の力はあまりにも人類と異質すぎたため、殆ど何も感じなかったのだ。それ故、人気のない公園だったこともあり、周りの人間は誰も気が付いていない可能性があった。


 そして事実、時間同士の衝突なんてものは、一般人どころかマキナイすらも気付いておらず、赤奈だけがこの事態に直面していた。


「桜から相談を受けたんだけど、野咲赤奈さんで合ってるかな?」


 そんな空気を読まないのが墨也だ。


 彼は人としての姿に戻ると、いきなり前置きや余韻もなしに要件だけずばりと口にした。


「は、はい!?」


 赤奈としては堪ったものではない。街中の民間人のために盾となる決心すらしていたのに、愛する桜の名を告げられたではないか。


「そ、そうですけど、桜とはどういったご関係ですか?」


「ふうむ……指圧師の俺と客の桜……なのか?」


「は、はあ……」


 赤奈は思わず律儀に返事をして桜との関係を尋ねる。しかし墨也が考え込んで首を傾げているだから、なんとも言えない声を漏らすしかない。


「ああ自己紹介が遅れた。気圧師をやってる一条墨也だ。よろしく」


「はあ……えっと、野咲赤奈です」


 これが一条墨也と野咲赤奈の、なんとも言えないファーストコンタクトである。


 だが孤児として一人で生きていた赤奈には経験がなかった。誰かに守られることが……しかも、それは命のやり取りの戦いにまで発展して……。


 本来得るべき親の温かみを知らず、異性との関りを断って鋼鉄の花びらで心を囲み、桜以外の誰も寄せ付けない赤奈には、先ほどの出来事は例え短かろうがあまりにも強烈な衝撃だった。


 そう。秘められていた誰かに頼りたいという、社会性ある人間として当然の思いが刺激される程度には。


「あ、そうだ。桜と電話した後に、ちょっと神と神を管理してる部署、それと今回のことの関係者に五寸釘ぶっ刺しに行くから、口裏合わせしてくれないか?」


「え?」


 そして赤奈の目の前にいるのは、なんだかんだと頼りになる存在だった。


 ◆


「おい。放し飼いの犬が噛みついてきたぞ」


 その日、魔気無異統合本部はパニックになった。


 神でありながら生きた屍となり果てた禍津神と、それを引きずってやって来た黒い奈落に。


 ここでもだ。どれだけ自らに不利益があろうと、神への怒りもあるが、桜と赤奈のために墨也は表に出てきた。


 尤も。


(社に座禅した影絵を残して、管理してると思い込ませよう)


 抜け道は幾らでもあった。

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