絆に入り込みかけている神
「いたたたたたたたあああああ!?」
「だいぶ良くなったな。これなら半年もしないうちによくなる」
「いったあああああ!?」
また週末が訪れ、桜が邪神の住処で悲鳴を上げる。
ソファの上で横になった桜は、綺麗な素足を墨也に差し出して、その裏側をこれでもかと押されていた。その激痛たるや、彼女の問題が半年ほどで解決するのではという墨也の推測にすら反応できない程で、ただひたすら喉から悲鳴が迸るだけだ。
しかも、どんなに桜が暴れて逃げようとしても、極まった合気を習得している墨也からは逃れることができず、活殺自在の言葉を体験する羽目になっていた。
「はい終了。お疲れさん」
「はあ……はあ……あ、ありがとう……ございます……」
地獄の時間が終わった桜は息も絶え絶えで、汗のせいで額に前髪がくっついていた。
(お、終わったら痛くない……どうしてなんだろう?)
足つぼが押されている最中は激痛も激痛なのに、墨也が手を離すと嘘のように痛みが消えてしまうことに、桜は毎度首を傾げてしまう。
「手を洗ってくるな」
「はい……」
墨也はぐったりした桜を置いて洗面台へ向かう。
気圧師は直接患者に触る都合上、院内感染を招く危険性が常に付きまとうので、こまめに手洗いをする習慣が癖付いていた。
(やっぱり色々あるなあ)
既に桜は何度か幹也のアパートを訪れているため、呼吸を整えながら部屋を観察する余裕がある。それ故に目立つプロテインや医療関係の本だけではなく、小物にも目が行き届いた。ねじや軍手など、何かの作業に使うと思わしきもの、アウトドア用品、ゲーム機など、あまり桜とは縁がない物ばかりだ。
(あ、腕時計が置かれてる……と言うより飾ってる?)
そんな物の中で桜が気になったのは、机に飾られている白い腕時計だ。一見なんの変哲もない腕時計を、置いているのではなく飾っていることが妙に思えた。
「ああ、その腕時計が気になるか。見た目は普通だけど、値段が付けられないくらいヤバいものなんだよ」
「そ、そんなに……」
「ああ。俺が時空間に関わる力を持ってることを知った、ひいひい爺さんの兄弟からお年玉だってポンと渡された腕時計だけど……これ以上は桜に胃に優しくないから止めておこう。あのひい爺さんの顔が引き攣って、いやあそれは……とか言うの初めて見たぞ……」
(気になるけど深く聞いちゃダメだ……)
墨也が珍しく、これ以上聞かないでくれと言う雰囲気を醸し出しているため、桜は本能的に危険を感じ取り、それ以上何も聞かなかった。
「しかし、キズナマキナの力って合体するんだな。忙しくなっただろ」
「学園に研究機関の人がひっきりなしに来て、私も赤奈先輩も色々検査を受けたんですけど、原因究明はまだ先の話みたいです」
「まあそうだろうな。絆の力で五メートルのロボットになるって言われたら、なにがどうなってんだよとしか言えないし」
桜は墨也によく学園の話をするが、最もホットな話題はキズナマキナフェイズⅡ、もしくはマキナモードフェイズⅡと暫定的に名付けられた力のことである。
五メートルのロボットが出現して直ぐに飛んできた教師陣は、なんとか力を解除した桜と赤奈に説明を求めたが、彼女達も原理は全く分からず、多分絆の力が高まった結果だとしか言いようがなかった。
そのため研究員が専門の機械を携え、魔気無異学園を訪れて調査をしているが……困ったことに絆システムは稀によくある話を持っている。
即ち、動いているけど詳しく分かっていないし説明できない。でもなんとかなってるからいいだろう。と言うやつだ。
このプログラミングの分野で稀に見られる悪癖は絆システムにも作用しており、フェイズⅡ以前に元々のマキナモードが詳しく分かっていないのだから、解析以前の問題だった。
「変な実験されそうになったり、妙なのに目を付けられたら言ってくれ。特に目を付けてくる奴は絶対いるから」
「はい! ありがとうございます!」
目立つことはいいことだけではない。それを利用しようと様々な者が近づいてくるだろう。それが目立ちたがり屋の行いなら墨也も干渉しないが、人を守るために努力した結果ならば、彼が行動を起こすには十分だった。
「よし。じゃあ組手に付き合ってくれないか?」
「喜んで!」
墨也は桜の呼吸のリズムが戻ったタイミングで組手に誘う。彼女が棒人間の合気擬きになんとか反応できたのは秘密の組手のお陰で、戦い方を染められている原因であった。
「そりゃ」
墨也の軽い声と共に、部屋の中に黒い歪みが出現する。歪みへ墨也と桜が入り込むと、そこはなにも無い真っ黒な空間だった。
墨也には道場に伝手がなく、魔気無異学園が部外者立ち入り禁止であるため、組手は墨也が生み出した空間で行われる。それはつまり、別の空間で墨也と桜は二人っきりでいることを意味していた。
そして、桜がここ最近全く使っていない筈の、上下の別れたセパレートタイプの訓練服を着ている姿を学園の男子生徒が見れば、なぜなのかと驚愕するだろう。
(やっぱりなんだか温かい)
ここで何度か組手を行っている桜は真っ黒な空間に忌避感を持たず、寧ろ温かさすら感じていた。
「よーし組手を始めるぞ。いや、そういえばふと思ったんだが……」
「はい?」
「隙あり! そいや!」
腕を組んでなにかを言い淀んだ墨也に桜が首を傾げたが、それは単なる騙しだ。墨也はいきなり彼女に急接近すると、腕を掴んで綺麗に投げ飛ばした。
「きゃ!? 墨也さん!?」
急に投げ飛ばされた桜は思わず可愛らしい悲鳴を上げるが、受け身はきちんとしており即座に立ち上がる。
「甘いな桜門下生。邪神流戦闘術は一に遠距離からの爆殺、二に不意打ち、三四が無くて五に闇討ちだ。組手の開始が宣言されたんだから、俺を無視してぶん殴るべきだった。いやマジで大事なんだ。どうしても話をしたいなら、相手の話のペースに合わせて痛い目を見るより、無力化して檻に放り込んだ後に聞いた方がいい。ま、スポーツマンシップの試合なら御法度だけどな」
「遠慮するなってことですね!」
「そうそう」
墨也は勝手に桜を門下生にしながら、爆殺なんて言葉が混じっている持論を展開するが、桜は桜で自分なりに解釈して受け入れている。
「よし。じゃあ今度こそいつも通り組手開始。あ、晩飯買ったか?」
「せい!」
再び墨也が桜に話しかけたが、今度は引っかかることなく正拳を撃ち放つ。元々天狗頭の話を無視して殴りかかった実績があるのだから、それが対人用にも修正されただけの話だ。
「ふっ」
(やっぱり墨也さん凄い! 威力が殺されてる!)
桜の正拳は墨也の腕に防がれ、間髪入れず蹴りも放ったがそれも防がれる。だがなにより桜が感嘆するのはその感触だ。墨也は鋼の肉体のようでありながら、微妙に角度とタイミングを外されてしまい、桜が感じる手応えは芯に響くものではなかった。
「せやあああ!」
拳と蹴りを放ち続け、隙あらば関節技を仕掛ける桜だが、その全てが墨也の腕に阻まれ、時には躱されてしまう。
(そうだ! それなら私も何か話しかけて隙を作る!)
桜はふと、墨也がやったように何かを話しかけて隙を作ろうと思いつく。しかし、戦っている最中に話す内容などそうそう作れず、特に何も考えないで声を出した。
「墨也さんってカッコいいと思います!」
桜はそんなことを口走ってしまった。
しかし墨也がある意味で一枚上手だった。
「おーうありがとさん。桜も綺麗だぞー」
「ほえ?」
「そら隙あり!」
「んきゃ!?」
桜の考えはお見通しだと言わんばかりに、そのまま冷静に返事をして投げ飛ばす。
「発想はよかったが、言い返されてポカンとするのはまだまだだな」
「はい! 詰めが甘かったです!」
これまた冷静に評価する墨也に対して、桜は何事もなかったかのように起き上がり、再び組手を再開するが……何事もなかったかのように。と言うより、自分が何を言ったかを理解できていないというべきか……。
とにかく、桜は誰も知らないところで男と二人っきりの時間を過ごしていたのだった。
◆
それから数日。
(よし。大体予定は決まったな。激痛を謳って動画投稿者に来てもらい、ニッチな層を取り込む。これぞ隙間産業!)
墨也は頭の中まで筋肉に変わってしまったのかと思われるような算段を立てていた。
(うん? 学園にいる時間なのに桜から電話? なにかあったか?)
そんな脳筋の携帯電話が、桜からの着信を知らせる。
「もしもし? どうした桜?」
『その、相談したいことがあって……』
「遠慮するような仲じゃないだろ。何があったか言ってくれ」
『ありがとうございます墨也さん……実は、新しく生まれた神が赤奈先輩に執着してまして……しかも赤奈先輩はその新しき神に、自分のものになった後は神殿から出さないって言われてるんです……』
それは、自らも邪神であるくせに、神が人の生を滅茶苦茶にすることが嫌いで嫌いで仕方ない血統の墨也を刺激する出来事だった。
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