野咲赤奈という少女

 野咲赤奈という少女……いや、妖に対抗するマキナイを語る上で欠かせないのは、その類まれなる退魔の力だろう。


 同年代のマキナイに比べて、頭一つどころか二つも三つも飛びぬけている浄化の力は、雑多な妖を即座に消滅させる力を持つ。そのため魔気無異学園の教員達からは、次代の星の一人として将来を嘱望されていた。


 その上で容姿端麗で素晴らしいスタイルを持つとなれば、男達が放っておくはずがない。


「赤奈さん付き合ってください!」


「ごめんなさい。前にも言ったけれど私には桜がいるから」


 今日も今日とて、男子生徒に校舎裏へ呼び出された赤奈は、その申し出をきっぱりと断る。しかし赤奈が前にもと言った通り、この男子生徒に呼び出されたのはついこの前を合わせて二回目だ。


「そんな!? 自分のどこがいけないんです!?」


「いえ。ですから私には桜がいるんです」


 絶叫を上げる男子生徒に、赤奈は桜と交際している事実を説明するだけで分かってもらえると思っているが甘すぎる。そもそも聞き分けがいいのなら、短期間で二回も交際を申し込んでいない。


「前に交際を申し込んだ後、あの時の僕の説明が嘘じゃないことは分かったでしょう!?」


「はい。素晴らしい企業家一族の生まれということは分かりました」


 この男子生徒、起業家の息子で顔が整っているのだから、自分の申し出が断られたのはなにかの間違いだと思いこんでいた。


 だからこんなことを言うのだ。


「そうだ! その交際相手は女性でしたよね? なら男の方は自分でいいのではないですか!?」


「い、今なんと?」


 流石に赤奈も聞き返してしまう。


 男子生徒は赤奈と同じ二年生だったため、桜については詳しくなかったが、それでも赤奈の交際している相手が女性なのは知っている。


 それなら男の恋人はいないのだから、赤奈は桜と交際したまま、男の方は自分と付き合えばいいと宣ったのだ。


「言いたいことは色々ありますが……そんな不誠実な女になれと……」


 赤奈は男子生徒に対して、心底失望したと軽蔑の眼差を向ける。


 そんなことは愛している桜への裏切りに他ならず、論外としか言いようがない。


「さようなら」


「ま、待ってください赤奈さん!」


 赤奈は最低限の義理を果たしたからもういいだろうと、呼び止める男子生徒の声を無視して、校舎に戻るのであった。


 ◆


「赤奈、また呼び出されてたの?」


「ええ」


「律儀すぎるわよ。無視すればいいじゃない」


「そういう訳には……きちんと断るのが礼儀だから」


「桜ちゃんがやきもち……ってタイプじゃないわね」


 昼休みも終わり、赤奈は戦闘訓練の授業を受けるため訓練場にやって来ていたが、数少ない女の友人に呆れられていた。


「って言うか見てみなさいよ。男連中のあんたへの視線。これだけでも関わるのが面倒だって分かるじゃない」


 友人がギロリと男子生徒達に視線を向けると、彼らは慌てて視線を外す。


 戦闘訓練なのだから、生徒達は全員動きやすい服装だ。それ故に赤奈も軽装で、男達の視線を集めていた。


「授業を始める。まずはそうだな……野咲、やれるか?」


「はい」


 教員が到着すると早速戦闘訓練が開始され、赤奈が呼ばれた。


(はあ……視線は気になるけれど調子を確認しないと……)


 赤奈が女子生徒達の集団から抜け出すと、一斉に男子生徒から視線を向けられる。それに心の中で溜息を吐くものの、戦うことに関することである以上、妥協する訳にはいかなかった。


「桜、私に力を……マキナモード発動!」


 赤奈の祈るような仕草と共に左薬指の指輪が桜色に輝くと、彼女と戦闘スーツを隠すように一枚の花びらが舞う。そして二枚目が、三枚目が、戦闘スーツと一体化する。


「これが私と桜の絆! 花の鎧、ペタルアーマー!」


 複数の桜の花を模した金属は赤奈の全身を隠し、生身の部分は全く見えなくなる。それまるで蕾のようだった。


「戦闘訓練開始」


 教員が呼び出した棒人間のような式神が、金属の蕾に向かって突進する。以前に授業で桜が打ち倒したものと同じように見えるが、赤奈達二年生用に強化されたものだ。もしコンクリートに拳を突き立てたなら脆い煎餅のように砕き、人体ならひき肉となるだろう。


 その棒人間の拳が、鈍い音を立てて桜色の蕾に激突する。


 次の瞬間。


「リフレクション!」


 蕾の中にいる赤奈の声と共に、棒人間が拳をぶち当てた箇所の装甲が眩く光ると、強力な浄化の力が放出される。


 そして浄化の力は棒人間に一瞬の抵抗も許さず消し去った。


「やっぱキズナマキナはすげえ……」


「あの強化された式神の攻撃を受けて罅一つないぞ」


 流石の男子生徒達もその光景に感嘆するしかない。


 これこそが、キズナマキナとしての赤奈の力。パートナーである桜以外の全てを拒む蕾の鎧にして、攻撃に反応する攻勢防御の要塞だった。


「ふう……」


 赤奈が一息吐きながら、桜色の金属を解除して現れる。


 しかし……蕾ということは花開く時が訪れるだろう……その際にも明るく輝いている保証はどこにもなく、ひょっとしたら黒に染まっているかもしれないが。

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