赤奈と桜

(少し、いえ、かなり早く来てしまったわね……)


 人通りの多い繁華街の中心にある、待ち合わせに最適な公園のベンチで、時計を見ている赤奈が反省する。彼女は恋人である桜と待ち合わせをしていたが、待ち合わせ時間より30分も早く到着してしまい、流石にいくらなんでもと苦笑気味だ。


 しかし、なんとも言えない妖しい気を放っている女である。


 顔立ちは清楚な凛としたものなのに、どこか愁いを帯びた表情はしっとりとした陰気さを纏っている。そして地味な紺のワンピースでは隠せない、起伏のある女の体を持つため、常にクラスメイト達から年上ではないかと思われている。


 その年に似合わない妖艶さにやられてしまうのか、男子生徒達が見る目は濁ったもので、いつか必ず手に入れてみせると誓っていた。


(昨日も校舎裏に呼び出された。礼儀だから出向いて断ったけど、家柄と自分がどれだけエリートか自慢されても困る。マキナイの男はどうしてこう……)


 赤奈の憂いの気がますます深まる。


 頻繁に交際を申し込まれる彼女は、昨日も交際を迫ってきた自称エリートを断っているが、マキナイの男には欠点があると常々思っていた。


(女に対する欲が強すぎる。多分、通常の人間より上位なことが妙な自信に繋がってる)


 異能の力を持つがゆえに、人間の中で上位の存在であると確信しているため、交際を申し出たら上手くいくと妄信している。赤奈はそう考えていた。


 しかし、通常の人間でもそう思う者はいる。


「暗い顔してどうしたの? よかったら話を聞かせてくれませんか?」


「俺らと遊びに行ったらすぐによくなるって」


 今にも溜息を吐きそうな赤奈に隙があると見たのか、こじゃれた服装と帽子を被った誠実そうな青年と、日に焼けた肌と金髪を揺らしている遊び慣れていそうな男が声を掛ける。


「交際相手を待ってますのでお気遣いなく」


 赤奈はきっぱりと断れば大丈夫だろうと思ったが、気丈でありながら変わらず発せられる憂鬱そうな陰の気が妙な勘違いを生んだ。


「ああごめんなさい。傷心だったんですね」


「代わりに俺とかどう?」


「はい?」


 恋人と別れたばかりで強がっているだけだと思った男たちは、どこからその自信が湧いて出るのか、代わりになると申し出たのだ。これには赤奈も、欲に直結している男を軽蔑するどころか困惑した。


「赤奈先輩!」


「桜!」


 しかし、そんな男達のことなどうでもよくなった。30分も早く来た赤奈と、そう変わらない時間にやって来た桜が、満々の笑みで走っていた。


「お待たせしました!」


「私もさっき来たばかりだから。でも、お互いちょっと早すぎたわね。次はちゃんと時間を合わせましょう」


「はい!」


 赤奈は、抱き着いてきた桜を抱擁して、二人だけの世界を作り上げる。


「なんだ。待ってたのは女性だったんですね」


「これで数が合ったじゃん」


 だがやはりというべきか。男達は、桜が赤奈とは正反対の元気溢れる美少女だったことで、尚更手放すわけにはいかないと考え、二人と二人で数が合ったと宣う。


「赤奈先輩行きましょう!」


「え、ええそうね」


 桜はそんな男達を無視して、赤奈の手を引っ張り誘導する。しかし、普段の桜ならある程度は男達の話を聞くはずだが、それが全くないことに赤奈は少しだけ戸惑う。


「あ、ちょっと待ってよ」


「俺らといたら楽しいって」


 だが、極上の獲物を見つけると、待てと我慢ができないのがこういった男で、なんとか桜達を引き留めようとする。


「あっ」


 それでも桜達が、公園のすぐ傍にあった店に入ると立ち止まるしかない。


「ちっ」


 舌打ちをする男達。いかに彼らとて、女性専門の服飾店に入る勇気は持ち合わせていなかった。


「そうよね。ああいったのはしつこいから、来れない場所に入ったらいいのよね」


「はい!」


 赤奈は簡単なことだったが失念していたと苦笑する。しかし……その簡単なことを桜に入れ知恵した者がいた。


(常に有利な場所をキープすべし! ですよね墨也さん!)


 桜は無遠慮にやって来る男に対してどうすればいいかと墨也に相談した結果、邪神流柔術未満の護身術を伝授され始めていた。彼女はその入門的教えに従い、自分達にとって有利な場所に駆け込んだのだ。


「ついでだし買い物しましょうか」


「そうですね!」


 赤奈達の予定にはなかったが、折角店に入ったのだからと、買い物を楽しむことにする。


「これとかどうですか?」


「とってもいいと思うわ」

(よかった。今日着ている私服と同じで無防備なものじゃない)


 赤奈は桜が選んだ服を肯定しながら心の中でほっとする。


 桜の私服は以前の制服と同じように、少々袖や裾が短かったので、よからぬ者が寄って来るのではと心配していた。しかし、桜が選んだ服はそういった心配がないもので、赤奈は胸をなでおろした。


(あら? まだ早いけれど水着も置いてる……駄目ね。桜と海に行きたいけれど、今日みたいなことになるのは目に見えてる)


 赤奈はまだ海開きのシーズンではないが、水着のコーナーができていることに気が付く。季節の思い出として桜と海に行きたい思いはあるが、自分のスタイルを自覚している赤奈は、水着を着て海に行けばどうなるかを簡単に予想できた。


(あ、水着だ)


 一方の桜も水着のコーナーに気が付いたが、思うのは自分と赤奈が海に行ったらどうなるか。とは少し違う。


(た、多分墨也さんの体って凄いよね……)


 桜は墨也の服の下の筋肉がどうなっているか見たことないが、それでも袖の下から覗く前腕の逞しさからどうなっているか予想できる。そして何故か水着姿の墨也が、まるでボディービルダーのようにポージングしている姿を想像してしまう。


「私はどれにしようかしら」


 赤奈は水着コーナーから視線を外すと、自分はどんな服を買おうかと悩み始める。


「赤奈先輩ならなんでも似合います!」


「ふふ。ありがとう」


 桜の言葉はお世辞ではない。年齢不相応な色香を放ちながら、それでも少女のような側面を持つ赤奈は、大抵の服を着こなすだろう。


(桜と出会えてよかった)


 赤奈は桜とのショッピングを楽しみながら、陰の気を持つ自分とガッチリ噛み合い、まるで陰陽図となるような、パートナーと出会えた奇跡に感謝するのであった。



後書き


次回から赤奈編。多分。

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