桜に見え隠れする黒

 魔気無異学園において、制服の規則はかなり緩い。マキナイは妖異や怪異と戦うために、服に独自の改造をすることが多く、その文化を受け継いでいる学生達も、各々が好き勝手に制服を改造していた、


 その中でも特に女子生徒は様々で、色違いはまだいい方。肩が露出していたり、スカートの端がギザギザ、挙句の果てにはなにを考えているのか、臍の部分だけ布が切り取られて、ピアスを見せつけている者までいる始末だ。


 それに比べたら、スカートが少々短いだけの桜は可愛らしい分類だろう。


 ついこの前までは。


「桜、昨日は大丈夫だった?


「うん大丈夫!」 」


「ならよかった。ってあれ? スカート変えた?」


「入学の最初に買った予備で、ちょっと気分転換に!」


 桜が昨日に早退したことを心配した女友達だが、彼女の変化に気が付いてスカートに注目する。元々は短かく、太ももまで見えていた筈のスカートは、膝下まであるものに変わっていた。


(なんでだ!?)


 これに戸惑ったのは、密かに桜を狙っていたクラスの男子生徒だ。彼らが常に視線を向けていた桜の足は今や布で隠され、物理的に視線を阻んでいた。


「言っちゃあれだけど、イメージに齟齬が出てるわね」


「あ、あはは。実は私も」


 活発な桜が、急にお淑やかになったかのような認識の齟齬に、友人だけではなく当の桜も苦笑する。


 ◆


「訓練着でお腹出すのも止めたのね」


「ちょっと寒くなっちゃって」


「……ふと思ったんだけど、桜って風邪ひくの?」


「それどういう意味ー!?」


 桜が友達とじゃれ合うが、彼女の変化は制服だけでない。


 普段使用している裾と袖の短い、上下の分かれたセパレートタイプの訓練着ではなく、肘と膝まで隠れる通常の訓練着となっていた。


(分かったぞ! きっと野咲先輩が余計なことを言ったんだ!)


 男子生徒達は、明らかに外気に触れる肌面積が減った桜の様子に、彼女のパートナーである野咲赤奈が、自分達に対抗して余計なアドバイスを送ったのだと確信した。


(多分、俺が桜を狙ってることに気が付いたんだ!)


 この考え、複数の男子生徒が持っているのだから、普段からどれだけ桜が男達との距離感を間違っているか分かるというものだ。


(なんとか桜と野咲先輩の間に……)


 余談だが更に一部では、歳に似合わぬ妖艶な赤奈と、元気いっぱいの桜の間になんとか入り込んで、あわよくば二人と同時に交際できないかと考える者もいた。


 話を戻すが、彼ら男子生徒の考えは間違いだ。


 ◆


「美味しいです赤奈先輩!」


 桜は昼休みに赤奈が作ってくれたお弁当を、満面の笑みで食べる。


「よかった。桜が昨日早退したから、食欲がないんじゃないかって心配してたのよ」

(よかった)


 それに対して赤奈は口と心の中でよかったと言うものの、意味はかなり異なる。


 口にしたよかったは言葉通りだが、内心のよかったの思いは桜の服装にあった。


(桜は無防備だから心配してたのよ)


 桜の服装に注目していたのは男子生徒だけではなく、ある意味で赤奈もだ。


 とは言えこちらは不純なものではなく、男に対して無防備すぎるパートナーの桜を心配していたからだ。


(分かってくれてよかった)


 奥ゆかしい赤奈は、桜に服のことを指摘して面倒な女だと思われるのを恐れ、今まで強く言えなかった。しかし桜が自分から気づいてくれたようなのでほっとした。


「そうだ。次のお休み、買い物に行かないかしら? 時間は空いてる?」


「はい赤奈先輩! 夕方はちょっと用事があるんですけど、それ以外は全部空いてます!」


「それじゃあ朝に行きましょう」


 赤奈はほっとした勢いで、桜をショッピングに誘うが、その返事におかしいところはない。休日とはいえ、丸一日予定が空いている者の方が少ないだろう。


「楽しみです!」


「ええ。私も」


 ニコニコ顔の桜に赤奈が微笑む。


 赤奈は気が付かなかった。


 桜が指に嵌めた指輪は、赤奈を象徴する深紅の筈なのに、うっすらと黒ずんでいた。


 ◆


 そして面白いことに、桜を欲の目で見ていた男子生徒達の方が、より強く桜の変化を感じ取ることになる。


「桜ちゃん、放課後カラオケに行こうぜ!」


「えーっと、ごめん! ちょっと忙しくて!」


「そっかー。分かった」


 男子生徒の誘いを、桜は手を合わせて謝りながら断る。


(まあ断られる日もあるか)


(なんとか二人っきりになるチャンスを作らないと)


 赤奈と同じく男子生徒も疑問は抱かなかった。桜は遊びに誘われれば大抵は承諾するが、それでも人間には用事と都合が存在するので、今回はタイミングが悪かっただけの話。そう思っていた。


「桜ちゃん今日はどう?」


「ごめんなさい!」


(おかしいぞ!?)


(やっぱり野咲先輩から、男についていくなって言われてるんだ!)


 それが次の日、また次、そのまた次も桜に断られるに至って、男子生徒達は疑念を確信に変える。


 ここ数日、今まで全く存在しなかったように思える桜との距離感が、まるで壁で塞がれているかのように感じていた。そのため男子生徒は、やはり赤奈が余計なことを言ったのだと考えた。


 事実は違う。年頃の男子生徒には酷だが、こうなったのは自業自得でもある。


(墨也さんには足を見せても全然平気だけど、学園の男の人には見られたくない)


 そして正しい事実の一つは、最早彼らの知る桜はどこにもいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る