紛れ込む邪神と歪んだ社会

前書き

勇気を出して、ついに続きを書きました(小声)



(もう少し頑張ろうとは思ったものの、具体的にはどうするか)


 桜を寮に送り届けた墨也が、夜の瀬田伊市を歩きながら心の中で予定を考える。


 勤めていた病院をクビになったが、気圧師の資格はそのままなため、やろうと思えば個人の気圧師店を開設することもできた。


(金はあると言えばある)


 曖昧な表現をする墨也だが、一般的な感性で判断するなら、彼の貯金は十分以上にあった。


 と言うのも、父方の祖母が大企業の女帝であり、その才能を受け継いでるだけでなく、そこから下に人間の邪悪さを知り抜いた邪神の血が入り混じったことで、墨也は金という欲の動きが手に取るように分かるのだ。


 それ故に、ちょこちょこと投資家まがいなことをして貯金を行っていたが、あくまで墨也は、自分を気圧師だと思っているので、クビになったときは無職になったと絶望していた。


(やっぱ適当な物件借りて、気圧師として再出発かな?)


 それに気圧師としての志もあったから尚更だ。


 不器用過ぎるが故に、ただただ闘争に特化している墨也は、人体を見たら破壊する術が簡単に分かるのに、それが癒しの業にさっぱり繋がらない。そのため、壊すことしかできない自分が人を治すのだと志し、気圧師の道に進んだ経緯があった。


 とは言え、墨也も利己的な邪神だ。人間では理解できない思考で、全人類を救おうなどとは思っていない。


 余談だが、医者も考えたことがあるが、理系分野の適性が著しく低かったため、妥協した経緯がある。


(でもなあ……)


 しかし、多数の気圧師が在籍し、その道で非常に有名な瀬田伊病院をクビになった男の元に、果たして患者が来るのかという問題がある。しかも名指しの苦情が紙束となっていたのだから、リピーターが来るとも思えない。


(悪くなってるところは分かるんだけどな)


 そんな墨也だが、得意なことがない訳ではない。


 を持っている。


「いらっしゃいませー」


 墨也は夕食を購入するため、買い物かごを持ってスーパーに足を踏み入れる。


「あ、ポイントカード忘れた」

「おかあさん、ジュース買って」

「マヨネーズは家にあったかしら」

「すいません、ちょっと車に財布を忘れて。直ぐ取ってきます」


 店中の会話を聞いている。だけではない。


 カツカツカツカツカツカツ。


 店中の足音を把握している。だけではない。


 ドクンドクンドクンドクンドクン


 店中の心音を把握している。だけではない。


 僅かな空調の音。レジの音。衣服の擦れ。空気の揺れ。音の反響。心音。常人が認識すれば、一瞬で脳が破裂するほどの情報量。


 一条墨也が見ている、聞いている世界は、人間が見てはいけない。聞けるはずのない世界だ。いや、見る、聞くという表現すら不適格かもしれない。


 墨也は、物質界のほぼ全てを認識しているのだから。


(胃腸弱ってんぞ。脂っこいもの食べすぎ。ってその体型なら言わんでも分かってるか)


 墨也は、肥満の男性の横を通り過ぎながらその体調を判断する。物質界のほぼ全てを把握しているのだから、人体の異常を見極めることなど朝飯前である。


 とは言え、あまりこの能力が活躍したことはない。余程のことがない限り、人々は自分の健康状態を把握しているからだ。


 異能が溢れるこの世界では、いつその力が目覚めるか分からず、人々は年一回以上、僅かな異常も見逃さないよう、検査が義務付けられている。そうしなければ、ある日突然、掌から炎を出してしまうなんてことが起きかねず、社会の安全に直結するので、かなり精密な検査が行われていた。


 その際に病気が見つかることはよくある話だ。尤も、人類のカテゴリーから逸脱し始めた、異能を扱う者が増えたことで、健康問題の減少に繋がったのは、誰も予想できなかった笑い話である。苦笑でもあるが。


(また新しい神が増えて、社が建設され始めたのか)


 本コーナーで雑誌の表紙を流し読みした墨也が、心の中で肩を竦める。


 社会の変化はそれだけではない。異能と信仰心が結びついた結果、元々地球に存在していなかった新たな神が誕生し始め、その度に専門の機関が社や神殿を建設して祀り、管理していた。


(ひい爺さんやひいひい爺さんを見たらどう反応……やめとこう。胃に穴が開くに決まってる)


 墨也はその行いから、人間の傲慢を薄っすら感じていた。日本の歴史を考えるなら一見正しい行動だが、今や神々は、我々人間が管理しているのだという、ほんの僅かに滲む傲慢をだ。


 現代の人間は一度も出会ったことがないのだ。管理も始末も、対抗策すら考えることが出来ない、どうしようもない邪神と……。


(まあ、俺の正体がバレた時に、始末という話にならないのはありがたいがね)


 それ故に、万が一墨也の正体が露見しても、思考が固まっている人類が考えるのは、管理することだけだろう。信じたくないのだ。今まで神を管理できて優越感に浸っていたのだから、それをぶち壊す存在が現れても、管理できていると言い張ることが目に見えていた。


(帰るか)


 買い物を終えた墨也が、夜の街に紛れ込む。


 世界はまだ知らない。衰えに衰えた神々でも、新たに生まれた未熟な神格でもない。


 どれだけ人の血が混ざろうと、正真正銘の神が野放しになっていた。


(激痛足ツボマッサージ!? こ、これだ! 敢えて激痛と宣伝することで、変わった客を呼び寄せる! 謳い文句は……どんな屈強な男でも一発ダウン!)


 動画サイトを見て、医療の謳い文句とは思えない斜め下を思いつく馬鹿だったが。


 ◆


(んん? 電話? っつうか昼じゃん)


 昨夜、素晴らしいプランに興奮しながら計画を立てていた墨也は、夜遅くまで起きていた。そのため、携帯の着信音で目が覚めると、もう昼過ぎだった。


(誰だ?)


 墨也は、携帯に映っている電話番号に身に覚えがなく首を傾げる。


(いや、桜か? だがなんで昼? 今日は平日だぞ。昼休みか?)


 昨夜自分が電話番号を教えた、桜からではないかと思いついた墨也だが、彼女は無職になった墨也と違い学生だ。


「はいもしもし。一条墨也です」


『あ、もしもし……桜です』


「おーう。どうした? 声が暗いぞ」


 墨也が電話に応答すると、聞こえてきた声は予想通り桜だった。しかし墨也は、どこか桜の声が暗いことに気が付いた。


「相談くらいなら乗るぞ」


『その……』


 なにかが起こっていると察した墨也が、桜の言葉を待つ。


『自分でもよく分からないんですけど……人の心の声……みたいなのが聞こえて……』


「今すぐ会えるか? 多分だが、霊的な感覚が研ぎ澄まされて、拾っちゃいけない人の思念を拾ってる。なんとかできるから安心しろ」


『は、はい!』


 それは、人の世界で持ってはいけない感覚だ。桜の声が暗いのも無理はないが、墨也の断言に桜は元気な声で返事をする。


「代わりに死ぬほど痛いけど、なあに。足つぼ刺激するだけだから、死ぬことはないぞ」


『え?』


 桜の運命やいかに。

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