狂う運命。散るさく「なんてさせるかボケ!」

「朝の授業はどうだったかしら?」


「どかんとやっつけました!」


「ふふ」


 魔気無異学園のお昼休み。恋人でありキズナマキナとしてのパートナーでもある、伊集桜と野咲赤奈が一緒に食堂で、赤奈が作ったお弁当を食べていた。


 桜は赤奈の手作りお弁当をニコニコ笑顔で食べていたが、実はちょっとした問題があった。当初はお弁当の交換を目論んでいた赤奈だったのだが、この色気より食い気の桜という少女は、それに見合うかのように料理が下手で現在は修行中であり、その目論見が達成されるのは、まだまだ先の話となりそうだった。


「ところで、運動着の方はどうかしら?」


「動きやすくていい感じです!」


「そ、そう。桜が気に入ってるならまあ……いいんだけど……」


 赤奈の問いに、桜は考えず思ったままの事を答えが、それは赤奈が求めていたものではなく、彼女はそっと目を伏せた。というのも、赤奈は桜が使う運動着、即ち動きやすかろうが露出の多いセパレートに対して、男達が良からぬ思いを抱いているのではないかと、危機感を覚えていたのだ。


 しかし、自己主張が弱く陰の気質を持っている赤奈の性格が災いして、それ以上の事を言えなかった。


 が……


 言葉を濁すべきではなかった。


 ◆


「桜ちゃーん。ボーリング行かなーい?」


「行くー!」


 放課後の学園で、桜がクラスの中で初期に出来た、5人の男子生徒と、2人の女子生徒によって構成されたグループに、カラオケに行かないかと誘われ、


 幾ら魔気無異学園の生徒が妖と戦う戦士とはいえ、学生は学生である。放課後気になる女の子達にアプローチを掛けるのは当然で、そしてその気になる女子達の中に桜が入っているのもまた当然だった。なにせとにかく可愛らしく、しかもスカートが短かったり妙に無防備なのだ。


「れっつごー!」


「お、おーう!」


 しかもやたら男との距離感が近い。服越しの腕とはいえ、桜は気軽に触って来るのだ。


(絶対俺に気がある)

(押し倒せばいけるんじゃ……)

(なし崩しで……)

(桜は俺のもんだ)


 そんな無防備さと距離感の組み合わせはよくなかった。例え桜が先輩である野咲赤奈と絆を結んでいようと、迫れば自分の女に出来るのではないかと思った男子生徒が続出したのだ。


 しかもである。


「おーう桜ー、俺とどっか行かねー?」


 明確によからぬ者も呼び寄せていた。


 ガムを食べながら教室の中に入って来た、金の髪に浅黒い肌をして、鼻にピアスを付けたこの男。桜達の一年先輩で、名を金村音斗というが、素行の悪さで知られており、同級生を妊娠させただの、寝取っただの、脅迫や恐喝まがいをしているなどと、とにかく悪い噂が耐えず、それは一年生の間でも広く知れ渡っていた。だが彼はこの魔気無異学園理事長の息子であり、学園内における影響力は計り知れず、全てが有耶無耶になっていた。


「楽しい思いさせてやっからよ」


 そんな男が、当然新入生の中で単純な可愛らしさなら一番の桜に目を付けない筈がない。その世間知らずに付け込む様に、桜に近づきながら押しの強さで迫る。


「ごめんなさい先に誘われちゃって! じゃあ行こ!」


「ちっ」


 しかしそれを桜は、持ち前の身軽さでするりと躱すと、クラスメイトを促して足早に去っていく。幾ら桜でも、堂々と教室の中でガムを噛みながら話す相手は、あまり相手したくなかった。それを金村は忌々しそうに舌打ちしながら見送った。


 果たして男との距離感を間違えた純真無垢の行きつく先は……。


 ◆


「ほらほらもっと歌おうよ!」


「お、おう!」

(やっぱ俺に気があるな)


(あの野郎、にやけてんじゃねえ)

(太腿が……)


 完璧なサークルクラッシャーであった。しかも無自覚な天然。その純真な笑顔を男に振りまきながら、これで自分は赤奈先輩一筋だというのだ。赤奈がやきもきするのも無理はない。


「桜ちゃん、この後二次会行かない?」


「ごめんねー。赤奈先輩に、この時間は寮に帰りなさいって言われてるんだ」


「そっかあ」


 しかし、肝心なところでは踏みとどまっていた。カラオケが終わり二次会に誘われた桜は、言葉通り愛する人からの言いつけを守っていたが、もし破っていればお持ち帰りされる危険性もあっただろう。


「それじゃあまた明日!」


「またー」

「うーい」

「そんじゃねー」

「ばいばい桜ちゃーん」


(今回はダメだったか)


 他の女子は素直に桜と分かれていたが、男達は未練タラタラで、それこそお持ち帰りに失敗したと悔やんでいた。


(このままじゃ出し抜かれそうだな)

(迫るか?)

(今日の感触ならいける筈)

(家まで連れ込んだら……)


 それでも全く諦めていない男達は、焦れてよからぬことを考えてしまうが……


 次の日に会った桜はもう彼らが知る彼女ではなかった……


 ◆


 ◆


(あの人おかしい……)


 魔気無異学園の寮への帰路を歩いていた桜だが、その途中で虫のしらせというか第六感というか、ともかく妙な違和感を感じていた。


(追ってみよう)


 その視線の先には、日が沈んだ時間帯なら別におかしくはない、スーツ姿の中年男性だったのだが、違和感が気になって仕方ない桜は、彼の後を追うことにした。


(やっぱりおかしい)


 男性が足を踏み入れたのは廃ビルで、立ち入り禁止の看板が掲げられ、後は解体を待つだけのようなオンボロ具合。今が日中なら解体か何かの準備とも考えられるが、もう夜となり安全装備の一つもしていない男性が、その廃ビルの中に入るのはとても不自然だった。


(どうしよう……確認だけしよう)


 何かが起きた訳でも、妖が出て来た訳でもないのだ。桜は自分一人で確認するだけなら、特に問題ないと判断して、男が消えて行った廃ビルの中へ足を踏み入れた。


 瞬間、世界が閉じられた。


「え!? ふ、封鎖空間!?」


 桜はマキナイとしての感覚で、このビルそのものが現実世界と切り離された事を感じ取った。


 稀にだがいるのだ。自分の縄張りを現実世界から切り離し、己の有利な環境で戦う妖が。そんなことが出来る妖はほぼ例外なく高位の存在で、人間が討伐する際は複数のベテランで仕掛ける事となっている。


 いや、もう一つ世界を切り離す場合があった。


『クカカカカカカ! こうも簡単に引っかかるとは!』


 ビル全体から聞こえる、桜を心底嘲っている声。


 つまり、得物が逃げられなくする檻とする事だ。


『おうおう! やはり我が』


 廃ビルの影からゆらりと現れたのは修験者装飾を身に纏い、真っ赤な顔に長い鼻をした怪人。天狗としか言いようが無かった。


「マキナモード!」


 そんな天狗が何かを言い切る前に、桜は戦士として素晴らしい思い切りの良さを見せた。天狗が人ならざる者、妖と判断した彼女は、自分の持てる最大の力、即ち愛する赤奈との絆であるキズナマキナとしてマキナモードを発動したのだ。バーニアの付いた足、そして機械の巨腕が桜に装着される。


「ビッグパーンチ!」


 そしてバーニアを噴出させ、最大速度、最短距離で、この廃ビルすら一撃で粉砕することが出来る、巨大な機械の拳を叩きつける


『クケケ!』


「え?」


 こと叶わず。


 敵わず。


 なんと天狗は廃ビルを粉砕出来る機械拳を、真っ向から己の拳でブチ当て木っ端微塵にしたのだ。


『クケケケケ!』


「あ」


 愛する人との絆が破壊され、呆然として桜に残されたもう片方の機械拳も、天狗は嘲笑しながら破壊した。


 存在の格が違った。小娘如きが勝てる存在ではなかった。およそ千年近く存在しているこの天狗の四肢は、その全てが金剛力そのもの。ビルを粉砕する程度で挑むなど笑止千万。勝てる者など、果たして人間にいるのかどうか。


「きゃっ!?」


 キズナマキナとして、最もリソースを割いていた二つの腕が破壊されたことにより、マキナモードが機能不全を起こし、桜を空中に浮かせていたブースター付き装甲が消え失せ、彼女は砂利だらけの地面にぺたんと尻餅をついてしまう。


『ふーむ』


「ひっ!? い、いや!?」


 嫌らしい笑みを湛えながらやって来る天狗に、腰が抜けて立てない桜は、なんとか距離を取ろうとするが体が言う事を効かない。彼女はもう、戦士ではなく哀れな獲物だった。


『うむ! やはり我が仔を生むのに丁度よさそうだ!』


「え?」


 いや、母体か。


 妖に近寄られているというのに、気の抜けた声を漏らした桜。


「わが……こ? うむ? い、いやあああああああああああああ!?」


 言葉の意味がようやく理解出来た桜の脳裏に浮かぶのは、授業で習った妖に敗北したマキナイ達の末路だ。基本的には殉職だが、極稀に完全に敗北したのに、生きて救出されることがある。


 女性限定で。


 桜が思い出したのは、授業でマキナイとしての覚悟を固めるため見せられた資料映像。壊れた笑み、虚ろな顔、何処も見ていない目。そして大きく膨れた胎。そう、稀にだが女性マキナイは、妖の子を宿した母体、もしくは苗床となって救出されることがあるのだ。


「ああああああ!?」


 それを思い出した桜は、自分がそうなる未来を予感、いや、確信して絶望の叫びを上げる。


『さて、こんな廃ビルでは風情もなにもないな。邪魔が入らんとも限らんし、妖界の方で楽しくやるとしよう』


 天狗が、むんと腕を一振りすると、空間に裂け目が出来た。そこから覗ける赤茶けた大地は、人間世界とは違う妖達の世界、通称妖界で、そこに招かれて無事に帰って来た人間は誰一人としていない。


「いやあああああ! 妖の赤ちゃんなんか産みたくないいい! 赤奈先輩助けてえええ!」


 涙を流しながら絶叫する桜は、自分がそこに連れ込まれたが最後、どうなるかも分かっていた。即ち目の前の天狗の仔を孕み、もう二度と愛する赤奈の元へ帰れないと。


「やめてええええええ!」


『これ大人しくせんか』


 桜は足を天狗に掴まれて、その空間の裂け目に引き摺られる。床に爪を立てて必死に抵抗する彼女だが、天狗は全く意に介さず、ついに裂け目を通ってしまった。


(ごめんなさい赤奈先輩……愛してます……)


 引き摺られながら裂け目を通ってしまった桜は現実世界を去る寸前、愛するパートナーである赤奈にそう別れを告げた。


「わ、私は! 私は妖なんかに絶対負けないんだから!」


 しかし、やはりこの少女は強かった。悲鳴を上げ、目を真っ赤にして涙を流しても、空間の裂け目が閉じる直前にそう宣言したのだ。あるいは、愛する人に、だから安心して欲しいと願いを伝えるように。


『そうともそうとも。負けんとも』


 それを軽い返事で肯定する天狗と


『そうとも』


 世界の繋がりが断たれる寸前にずるりと滑り込んだ祟りが、黒が、ナニカが力強い返事で肯定した。


「え?」


『ケカアッ!』


 天狗頭が発した裂帛の呼気。そして全力の拳。桜の機械拳を破壊した時とは違う、触れる物全てを粉々に破壊する拳は、ナニカも例外なく消滅させる


『そりゃあ!』


 邪神流柔術"捻じれ"


 こと叶わず


 敵わず


 天狗頭がこの世で最も偉大な存在、不変不動の大地にめり込んだ。



後書き

福郎鉄の掟・ヒロインのピンチと、通りすがりの筋肉の登場は同じ話でするべし。

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