伊集桜という少女

「おはよー」

「おっはー」


「おっす」

「ちゃっす」


 ここ魔気無異学園、通称マキナイ学園は、全国津々浦々から特異な能力者を集め、妖を討滅するための人材を育成していた。


 妖とは古来より存在する、妖怪、悪魔など魑魅魍魎の存在で、人々を惑わし、害し、堕落させる存在だった。そしてそれを討滅する者は、学園の名の由来ともなった魔気を無くす異能者、マキナイと呼ばれていた。


 そんなマキナイの卵である学生達は中々個性豊かで、退魔マキナイ、退魔マキナイ巫女、退魔マキナイ忍、退魔マキナイ聖女シスター、退魔マキナイ姫騎士など、様々な未来のマキナイが在籍している。


「桜おはよう」


「おはよう!」


 元気一杯の笑顔で挨拶している伊集桜もその一人だ。桜色の髪はショートカットで、見るからに活動的な少女といった彼女は、今年の春からマキナイ学園に通い始めた新入生で、その明るさからすぐにクラスの人気者になっていた。


「いいよな伊集」

「ああ……いい」


 まあ尤も、男子からはまた別の意味で人気だったが。小柄な身長だが、大きなくりくりした瞳で、男子生徒とも物怖じせずに会話するため、ついつい自分に気があるのではないかと懸想してしまうのだ。


 しかし、そんな男達の思いとは裏腹に、桜には心に決めている人がいた。


「赤奈先輩!」


「おはよう桜」


「おはようございます!」


 美しい少女、いや、女性だった。名前は野咲赤奈。すらりと長い背は、身長は平均的な優奈より頭一つは高く、腰まで届く長い赤い髪は炎の様で、肌は日本人としては驚くほど白かった。


 そう、桜が心に決めている相手とは、この学生にも関わらず美女と言えるような、野咲赤奈だったのだ。


 といっても、女性マキナイ達の間では特別に珍しい事ではない。女性は何故か美女、美少女だらけのマキナイは、男のマキナイと比べて非常に強いことでも知られており、女マキナイは多かれ少なかれ同性の者を頼れるものと感じて、そこから恋愛関係に発展することが多いのだ。


 そのためこのマキナイ達の卵が通うマキナイ学園でも、女性同士のカップルが多く、血の涙を流している男子生徒も多いとかなんとか。


「やっぱ伊集と野咲先輩デキてんのかなあ……」

「そりゃそうだろ。絆システムの指輪してんじゃん」

「だよなあ……」


 尻尾があればブンブンと振っているような、桜の左手の薬指に嵌った指輪を見ながら、同じ一年生の男子生徒がガックリと項垂れている。


 マキナイ達は、特別な絆を結んだ者同士が互いに力を交換して増幅できる、絆システムという力を使用できた。それは左手の薬指に嵌められた、専用の絆指輪を介して行われ、指輪の宝石の色はパートナー特有の色に光輝く。


 桜の指輪の宝石は、赤奈のシンボルカラーと言える赤で、逆に赤奈の指輪は桜の色である桜色だった。


「はあ……俺もパートナー見つけて、キズナマキナになりてえなあ……」

「無理無理諦めろ」


 ぼそりと呟いた男子生徒に、即座に否定の言葉が投げられた。幾ら絆があっても、強力なマキナイが結びつくからこそお互いにメリットが発生するため、男性より強い女性同士でないと意味がなかった。そのため絆システムを結んだマキナイは、キズナマキナと呼ばれるが、もっぱら女性マキナイ達への呼び名であった。


「今日の最初はマキナモードの授業?」


「はいそうです!」


「ふふ。張り切り過ぎないようにね」


 もう私、辛抱堪りませんといった桜に、赤奈は余裕たっぷりなお姉さんとして接している。


「それより、何度も言ってるけど変に男と近い距離にいるのはお止めなさい。私、貴女の事が心配で」


「大丈夫です! 桜は赤奈先輩一筋ですから!」


「そ、そう」


 赤奈の心配は尤もだろう。明るい性格の桜は、男子とも臆せず接しているため、他の男が勘違いしてしまわないか心配だったのだ。しかしそれは、桜の断言で霧散する。というより、若干押されていた。


「と、とにかく、貴女は私の大事な人なんだから、気を付けてね」


 赤奈は入学してきた桜に、殆ど一目惚れだった。明るい赤い髪を持っていても、陰気だと思っている自分にはない、周囲を明るく照らす陽の気。その光に誘われる様に、赤奈は桜に絆を申し込んだのだ。


「はい!」

(やっぱり先輩は大人だなあ!)


 自分にない物に惹かれたのは桜も同じだった。子供っぽいと思い込んでいる彼女は、赤奈の大人びた落ち着きに憧れを抱いて絆を受け入れ、今では二人とも両想いのパートナーだった。


 しかし彼女達は知らない………。


 まさかその間に男が入り込み、しかも二人揃って惚れ込んでしまう事に……。


 ◆


 ◆


「次、伊集桜」


「はい!」


 伊集桜の第一印象はと問われると、多くの者が、明るい、元気、天真爛漫と答えるだろう。今も妖を倒すための訓練で教員に呼ばれると、元気よく返事をして前へ進んでいる。


「うーんあの太腿」

「やっぱ伊集は太腿だって」


 その際男子生徒が目のやり場に困る原因が、いや別に困っていないが、桜の着ている運動着がセパレートな事だろう。特に桜は動きやすい軽装を好むため、二の腕と太腿が露出して、男子生徒の視線を釘付けにしていた。


「伊集はキズナマキナだから、マキナモードで戦え」


「分かりました! 赤奈先輩、桜に力を! マキナモーーード!」


 教員の促しに桜は力強く頷き、左手薬指に嵌っている赤い指輪を光らせる。


 すると赤い光は桜の体に収束し始め、膝の下から装甲が装着され、その背面である脹脛の部分ではバーニアが、動作を確認するかのよう上下に動いていた。


「はああ! これが桜と赤奈先輩のマキナモード! ジャイアントハンド!」


 だが何より目を引くのは、その両手に装着された桜の身長よりも大きな機械の腕だろう。その拳は全てを粉砕せんと硬く握られていた。


 これが才能あるマキナイ同士の絆によって生み出される、異能と科学が融合した姿。マキナイモードであり、それを使いこなす者はキズナマキナと呼称された。


「よし、それでは仮想敵を出す。やってみろ」


「はい!」


 教員が手に持っていた式神の札を起動させると、そこから真っ黒で細長い、棒人間のような式神が現われた。このいかにも頼りなさそうな仮想敵だが、もし常人が挑めば一瞬で肉塊にされてしまう様な危険性を秘めている。


 だがそんなものは桜に関係ない。足のバーニアと機械の巨腕で分かる通り、桜のマキナモードはたった一つの事しか考えていない。


「フルバーニア! ビッグパーンチ!」


 即ち、最大速度、最短距離、最大攻撃、である。


「いっけええええええ!」


 桜はバーニアから赤と桜色の光を噴射させて、一直線に棒人間へ向かい、身構えた相手に構わずその巨腕を叩きつけた。


「よろしい」


『おおおお……』


 新入生では太刀打ちできない筈の仮想敵を、たった一撃で粉砕した桜に、称賛のどよめき声が上がる。


「だが、本来のキズナマキナは全身装備だ。慢心せず精進するように」


「はい!」


 だが桜は、というか学園に在籍しているキズナマキナはまだ未熟故、本来なら全身装備である金属装甲を一部しか身に纏えない。現に、桜が装備している機械の部分は肘と膝から先だけで、セパレートを身に纏っている胴体は無防備だった。


 しかし、桜はまだまだひよっこ同然。1年生でこれなのだから、彼女の未来はまさに桜色の様に美しく輝いていた。


 そこに黒が紛れ込まなければ。

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