体言で止めるな

風伊洵希

体言で止めるな

 何気ない目覚め。

 ありふれた朝。ありふれた平日。私の部屋の、私のベッドの上。

 見飽きた天井。

 かすかなる違和感。

 突然聞こえてくる、私の家族の悲鳴。飛び起きて部屋を出る私。

 廊下の先の居間。そこに揃う、母、父、弟。怯えた様子でわなわなと口を震わせる面々。疑問に思う私。家族の視線の先には、点いたままのテレビ。

 そこに映る臨時ニュース。L型テロップが繰り返す速報。


「全国で体言が停止。すべてが体言止めと化した模様」


 理解できない私。全ての体言が停止? 自分には無関係。そう判断した私。

 そこへどこかから響いていくるサイレン。窓に寄ってカーテンの隙間から覗くと見える、緊急車両の列。パトカー、救急車、消防車。本当に大事件? でも何が問題?

 繰り返される速報。体言が停止。

 やはり自分には無関係。再びそう考えた私。制服に着替え、登校の準備。やがて私と同じ判断に至った家族との朝食。

 そのとき鳴った玄関のチャイム。

 インターホンの画面に映ったのは、親友で同級生の陽菜と、白衣に白髪という「博士」のステレオタイプを具現化した男性。

 ひとまず玄関に行って扉を少し開けたところで、一方的に喋り出した博士。

「世界の体言が停止。このままなら、時空が壊死して全生命が死」

 博士の隣の私の親友。伏目がちで奇妙な様子。説明を続ける博士。

「世界と生命を救う手段。それには君たち二人の協力が必要。これからある場所へ行ってあることをする算段。たいした時間はかからず、昼にはすべて解決」

 博士の説明の間も親友は変わらず奇妙な様子。彼女は何かを知っているという私の直感。だから博士に協力を承諾する私。親友の隠す何か、それを見つけるのが私の目的。


 路地に停められていた博士の車。それに乗り込む私たち。そして小一時間のドライブの末に到着したのは、山中の古い洞窟の前。

「ここ?」

 尋ねる私。

「世界の体言を止めた原因がある洞窟。トランクに懐中電灯」

 車から降りると足元は砂利。後ろに回ってトランクを開けると、そこには確かにライトが三つ。

 そのうち一つを手に取って、洞窟へと歩み出す博士。慌てて後に続く私たち。

 薄暗い洞窟の中。

 急に感じる不安。

 そして五歩目で立ち止まった博士。そこで博士が電灯で照らし出す、腰ほどの高さの石。

「これこそ体言停止の原因」

 あっけない到着。近すぎた目的地。

「石が原因?」

 私の疑問に答える博士。

「原因の物体は石の背後」

 そう言われて石の後ろを覗き込む私。そこには石に立てかけられた、小さな木の棒のような物体。

「それこそ原因。逆さまの松明。倒置されたトーチ。これを逆転させたことで、世界の理に支障。そしてそれをしたのは、陽菜」

 予期していなかった言葉。慌てて振り返る私。そこで微笑みを浮かべる陽菜。

「わたしの家は代々この洞窟を守る役目を持った一族。当然わたしも知っていた、世界の理を司る松明の存在。理が逆転した今、時は淀み一瞬は永遠。永遠は一瞬」

 突然の開陳。知らなかった事実。いきなりの設定。欠如した伏線。

 語り続ける彼女。

「一瞬は永遠。永遠は一瞬。こうしていれば、わたしとあなたの世界も無限」

 そう言って私の手を取る彼女。その目にはかすかな涙。感じる彼女の体温。

 そこへ博士の言葉。

「松明は、逆転させた当人でなければ、修復不可能」

 暗く静かな洞窟の中。流れる沈黙。ただ思ったことを口にする私。

「陽菜、別に世界の理を逆転させなくても、私たちの絆は本物。そして永遠」

 かすかに明るくなる彼女の表情。意を決したように私の手を離して、石の背後の松明を上下逆さまにする彼女。

 そして世界が、体言が、再び動き始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

体言で止めるな 風伊洵希 @kshi_kaji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ