第8話

 それだけ言うと、ジャックは目を閉ざした。止血をしたが、それでも血の流れを止めることが出来なかった。ジョン君が何度もジャックの名を呼ぶ。けれど、ジャックが目を覚ますことが無いと悟ったのだろう。ジョン君は血に濡れた銃を片手にふらりと立ち上がった。そして、足を撃たれて動けず、逃げ遅れた盗賊を見た。

「お前が、お前たちが……!」

 ジョン君は絶望の表情で涙を流しながら、盗賊を睨む。盗賊は悲鳴をあげて、必死に命乞いをする。そして、自分達の村は干ばつによって滅び、何も食う物が無くなってしまったから盗賊になった。だから仕方ない許してくれと懇願した。ジョン君はそんな戯言を聞くと、憤怒の色に染まる。しかし、遂にその右手に握られた銃を向けることは無く、ただ空に向かって慟哭した。

 ……そう。確かにあなたの言う通り、ジョン君は悪党にも情けをかけるほど優しいようね。だからこそ、そのジョン君を苦しめるこの男の存在が許せない────!

 私はジャックのそばで屈むと思いっきりその頬を叩いた。ジョン君が泣き止み、唖然とした表情で私を見る。でもそんなの関係ない。私は何度も、何度もこのクズの頬を叩きながら叫ぶ。

「起きなさい。起きなさいよ。あなたが死んであなたの罪が許されるとでも思っているの? そんなわけないでしょ! ふざけるな! お前が死んでも兄さんは、っ、兄さんは帰ってこない! お前が死んだらジョン君が強くなるわけでもない! お前はただ勝手に自己満足して死のうとしているだけだ! そんなことは絶対に許さない! 起きろ。いいから起きろ! 起きて私の復讐が終わるまで、────生きろ!!!」

 最後は拳で殴りつけた。昔、兄さんに淑女になれと教えられたが、今の私はそこからは最も遠い場所に居るのだろう。……けれど、そのおかげで良いことがある。ジャックが、目を開けたのだ。

「んな、ことは……分かってる! バカスカ殴りやがってこのアマ!!」

「ジャック、ジャック!!!!!」

「おい! ダニエルさんを連れてきたぞ!」

 そう言って走ってきたのは村人たち。そして彼が連れてきたのは、ジョン君の父親であるダニエル先生だった。彼は医者で、この村の人々から尊敬される人間だった。

「父さん! ジャックが、ジャックが!!」

「……これは酷い出血だ。ジャック君、君は生きる気はあるかね?」

「当然だ、まだやるべきことが終わってない!」

「ならばこれからの手術、必死で絶えるように。……皆! ジャック君は血を大量に失っている! 血をくれ!」

 ダニエル先生がそう言うと、村人たちは次々と名乗り出た。……本当、なんで悪党のままでいてくれなかったのよ。

 私は溜息をして空を見上げると、兄さんの事を思い浮かべる。

 ────ごめんなさい。兄さん。私、この人を殺せないよ。こんなに憎いのに、こんなに苛立つのに、感情のまま殺せない。復讐を果たせない。兄さんの無念を晴らせない。……ごめんなさい。…………ごめんなさい。

 ジャックが運ばれ、誰も居なくなった大通りで、私は泣きじゃくった。兄さんが居た日々に戻りたい。優しい兄さんにもう一度会いたいよ。

「アリシアさん……」

 正気に戻って、涙を拭いて私は振り返る。そこにはジョン君が居た。……どうやら誰も居なくなったわけじゃなかったようね。

「なにかしら?」

「……ごめんなさい」

 この子のことだ。きっと、ジャックのことに自分まで罪悪感を感じて謝っているのだろう。……本当、おかしな子。

「あなたが気にすることじゃないわ」

 私はライフルを持って歩き始める。また盗賊が来るかもしれない。しばらくは見張っていた方がいいだろう。私はジョン君の前に立ち、手を差し出す。

「あなたならきっと……良い守護者になれるわ。ジョン君。────ジャックが言ったこと、忘れないでね」

 そして私達は握手をした。

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