第5話

 俺が探偵の真似事をやった結果。当然ながら反感を買い誰も従わなかった。全くクソッタレどもめ。しかし、母親が代わりに聞き出す事で何とかガキの動向を知ることが出来た。そして、その動向を知るのは意外な人物だった。こりゃまた同じガキだったのだ。母親相手に言い渋っていたので、大声で怒鳴りつけるとすぐに白状した。どうやら、昼にガキと会ったときに──。いや、仕方ないのでジョンと呼ぶが、ジョンと会った時にジョンは蜂蜜を取りに行くと言っていたそうだ。

 もしそれが事実ならば、ジョンは恐らく森にいるだろう。母親は顔面を蒼白させて、どうしてジョンがそんなことを……。と、うわ言をほざいていた。まあジョンが何故蜂蜜なんてものを求めたのかも、母親がどんな心境なのかも、俺にとってはどうでも良いことだ。

 俺はガキを怒鳴りつけた事に対する非難の声を無視して自室に戻る。またもやガヤが飛んできたが無視をする。そして、拳銃と松明を荷物から取り出すと、再び戻り、ラウディに跨った。

「本当に行くのか?」

 酒場の店主が俺に話しかけてくる。

「ああ、もし俺がガキ……ジョンを連れ帰ったら、あの法外な宿泊料をどうにかしろ」

「フン……まあいいだろう」

「おい待て、ソイツ一人で行かせるわけにもいかん。誰か見張りをしろ!」

「何人でも見張りをつけるが良い。好きにしろ」

 俺はそう言うと、ラウディを歩かせた。すると、後ろから馬に乗った見張りがついてくる。……もうすぐで陽が落ちる。狼の遠吠えも聞こえてくる。これは一悶着ありそうだ。荒事には慣れている。むしろ進んでやって来た。しかし獣相手は別だ。明日の命があるように、俺は軽く自分に祈った。神なんざ、この世に居ないさ。

 見張りと二人で馬を走らせる。ジョンが行ったと思われる森はすぐに見えて来た。俺はそのまま馬を走らせて森に入ると、獣道を見つけて止まった。いくらガキとはいえ、草むらの中を進んでいくとは思えない。居るとすれば獣道の周辺と踏んだ。

「おい、ジョンが居るとすればこの森の獣道の近くだろう。お前、森が分かるか?」

「……何度か狩りに来ている。人間を狩る事にならなければ良いが」

「俺の心配よりジョンと狼の心配をしろ。猟師見習い。さっさと案内をしろ」

 見張りは怒りの表情を浮かべ、思わずライフルに手をかけるがその前に俺が拳銃を突き出す。見張りは息を荒くしたが、しかしライフルにかけた手を下ろし、着いてこい。と、短く返事をした。

 すでに森は暗くなっており、俺たちは松明に火をつけて移動をする。そして俺はジョンの名を思いっきり叫んだ。これに気づいて駆けつけてくるなら楽に終わるのだが……。そう思った次の瞬間だ。

「誰かーっ!」

 俺たちは馬を止め、声の聞こえた方を見る。そこには暗くて見えないが、小柄な人影が見える。どうやら走って来ている様だった。

「ジョン! ジョンだな! 良かった!!」

 すぐに馬を降りようとする見張りの肩を掴んだ。痛みに顔を歪ませながら、俺の方を睨む見張りに、俺は人影の向こうに拳銃を向ける様を見せた。

「アイツの背後をよく見ろ! 光ってやがる!」

 人影、恐らくジョンだが、その後ろにはいくつもの光が見えていた。激しく揺れて、消えてはまた見えるその光は、獣の眼球が放つ光だった。見張りはギョッとして、すぐにライフルを構える。……コイツは本当に猟師なのか? 信じられん。

 兎に角、俺はラウディを走らせると同時に松明を投げる。馬の加速力と俺の腕力が合わさり、松明は人影の正体を一瞬映し、背後にいるものどもの姿を照らし出した。無数の光がピタリと止まる。そして、俺はその隙に拳銃を一発ぶっ放してから人影に近づいた。金髪碧眼の少年。間違いないジョンだ。

「捕まれ!」

 そう言って手を差し出すとジョンはすぐに掴んでくる。俺はジョンの細腕を思いっきり引っ張ると、そのまま俺の後ろに回した。ストンと音がしてジョンが馬に乗ったと判断すると、俺は飛びかかろうとして跳んできた狼に銃撃した。空中で銃撃を受けた狼は勢いを殺され、俺にその牙と爪が届く前にくたばる。それを見届ける暇もなく、俺はすぐに来た道を戻る。そしてライフルを構えた見張りの横を通り過ぎた。

「逃げるぞ! 早く来い!」

「ジョンを連れて行け! 俺が狼どもを食い止める」

 そう言うと銃声が聞こえた。振り返ると見張りの側に狼が倒れていた。どうやら狼たちは被害を喰らった事に怯んでいるようで、飛びかかってくることは無くなった。仕方なく、俺はラヴディに止まるよう指示して叫ぶ。

「狼が怯んでる今しかねえ! 早く逃げるぞ!」

「お前はジョンを連れて行け! 狼は狡猾だ! 狙った獲物は絶対に逃さない!」

「そんな、スティーブおじさん! 早く来てよ! 食われちゃうよ!」

 ジョンがそう叫ぶ。どうやら見張りはスティーブという名前のようだ。

「……ジョン、俺はな。出来た人間じゃなかった。酒癖は悪く、手伝いもしない皆の嫌われ者、それが俺だ!」

 おいおいおい、まさかこの場面で長ったらしい自語りをする気か⁉︎ ふざけんじゃねぇ、俺はまだくたばるのはごめんだぞ! 俺はスティーブのお喋り豚野郎の場所までラウディを走らせる。

「そこの余所者の見張りを任されたのも、俺なら死んでも良いと皆が考えたからさ! でもなジョン! お前は違う! お前は助からなくちゃいけ────」

「ごちゃごちゃ言っている暇があったらとっとと来い!」

 そう言うと、俺はスティーブの馬を蹴飛ばす! 馬が嘶くと、すぐに狼とは反対、つまり出口に向かって走り出す!

「なっ! てめえ!」

「だったら俺とお前が消えるのが奴らの思惑ってわけだ。いいぜ! なら俺が連中のその腐った性根に突きつけてやる! 俺達の明日をな!」

 月明かりすら消えていく森で、闇が勢力を増す。俺たちは松明という頼りない光を携えてその中を突っ切る。……狼の走る音が聞こえてくる。草を掻きわける音、硬い肉球と爪が土を抉る音、それが背後だけでなく、獣道の外からも聞こえてくる。まるで次第に追い詰めていくかのように、その音は俺達に近づいてくる───!

「右!」

 上ずった声で誰かが叫ぶ。それはジョンだったかもしれないし、スティーブだったかもしれない。或いは、この極限状況に俺が俺自身に指示をしたのかもしれない。この状況ではそんなことを確認する余裕も興味も無く、俺は拳銃を右方へと構える。すると狼が一匹、こちらに近づいて馬に嚙みつこうとしていた。俺は狼に照準を合わせると同時に、冴えわたった頭が狼の思惑を暴く。

「左!」

 銃をぶっ放す! 騒々しい森が一瞬、轟音と閃光に満たされ静かになる。狼は頭蓋に虚空を広げ、そのまま視界から消えていった。すぐにスティーブの方からライフルの音と閃光がやってくる。やはり、コイツらは連携を取って多方面から強襲してくるようだ。

 第一陣が弾かれたのを悟った狼達の音はまた遠くなる。しかし、完全に音が消えることはない。今度はどうやって来るつもりだ。分からないが、どうとでもかかってくるがいい! 全員ぶち殺してやる!!

 しかし、いつまで経っても狼が来ることは無い。それどころか

「もうすぐで森を抜けるぞ!」

 生還の道がすぐそこに見えていた。馬もそれを理解してか、疲労に震える馬体に自ら鞭を打ち、最後のスパートをかける。森を抜けるまであと百、五十、二十────! 出口がもう見える! そして俺達は、結局狼に襲われることなく森を抜けた!

 直後、森を飛び出してきた狼達が一気に加速してこちらへ殺到する! ここで俺はようやく悟った。コイツらは俺達が最も油断する瞬間、この森を出た直後を狙ったのだ! 馬は疲弊してもう動けない。多方面から迫りくる狼達に二人で銃撃する! 幾つもの光の華が闇を飾るが、奴らの動きを止められない!

「ぐあああ!」

 隣からスティーブと馬の悲鳴が聞こえる。俺は咄嗟の判断でラウディから飛び降り、最後の指示としてケツを叩いた。直後、ラウディはジョンを乗せたまま走りだす。そして俺は迫る三匹の狼に食らいつかれた。左足、そして銃を持つ右腕に食いつかれ、焼けるような痛みが襲い来る!

「ぐおおおおおおおお!」

 そして最後の一匹がガラ空きとなった俺の首に向かい飛びかかる────!

「────うおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 俺は重たい右腕を食いついた狼ごと振り回す────! そして飛びかかってきた狼を吹き飛ばす! 次に俺はそのまま腕を左足の狼へと向けて発砲する! 弾倉に残された最後の一発は二匹の狼を貫き、俺は解放された。すぐにスティーブが居た方を見ると、そこには斃れ貪られる馬とライフルを盾に必死の抵抗を続けるスティーブの姿があった。

「ガアアアアア!!」

 俺はナイフを取り出すと、痛む足を引き擦ってスティーブへ吶喊する。しかし、またやって来た別の狼が俺に体当たりをして来た。なるほど、スティーブの言った通り、狼は

狡猾だ。俺達を分断させ続けようとしている!

「フシュウ!!」

 息を吐くと同時に筋肉を躍動させ、ナイフを飛びかかってきた狼に突き立てる。狼は悲鳴を上げて跳んで離れる。自由になった俺はナイフをスティーブにのしかかる狼の方へ投擲する! ナイフは狼に突き立てられ、悲鳴を上げて離れた隙にスティーブのライフルに貫かれる。俺達は互いの存在を確かめると、すぐにボロボロの身体で駆け寄った。気付けば俺達は狼に囲まれていて、連中は様子を伺っていた。

「実はな、俺もクソったれなのさ」

 俺はここで死ぬ。そう思うと、自然と口から言葉が溢れだしていた。

「人を殴ったし、盗みだってやった。親も居ねえ碌で無しだったんだ」

「ハッ、碌で無しが二人して死ぬわけだ。────愉快だな」

 俺達は嗤いあう。そして、一斉に狼が走りだす!

「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 死に直面して俺は初めて悟った。俺は変わりたかったのかもしれない。悪党の道を進んだクソったれな自分が、あの日ヨゼフに会った時から厭になっていたんだ。誰かに感謝されて生きるという事が、いかに快感なのか知ってしまった。馬鹿なことに、俺は更生したかったらしい。しかし、反抗期のクソガキのように自分の真面目さが受け入れられず、見ないフリをしていたのだ。

 俺は拳銃の銃身を掴み、ハンマーのように振りかざす。スティーブはライフルを構えて叫ぶ。最後だ、あと一匹ぐらいは仕留めてやる!!

 直後、俺達のものではない銃声が幾つも響いたかと思うと、狼が次々と倒れた。狼達は立ち止まり、ある場所を見る。俺達はそちらを見ると、そこには銃を構えた村の住民たちが松明を幾つも掲げて立っていた。そこには母親に抱きつくジョンの姿もあった。ジョンの隣には疲れた様子のラウディの姿もある。

 俺はその景色を見ると、すぐに刺痛に襲われる。そして、草の上に勢いよく倒れた。

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