第4話
村が遠くに見える。開拓地の中でも端の方であるこの辺りは人が少なく、百人規模の村がぽつぽつと点在していた。あれから、俺はヨゼフの言葉を頭から消したいが為に、犯罪行為を次々と行った。
通りすがりに言いがかりをつけてぶん殴った。酒を飲んだらムカつく酔っ払いが居たのでぶん殴った。酒代が無かったので近くにいた奴に金を譲ってもらおうと頼んだ。……そう、確かに俺は悪行をしたはずだ。だが、何故か俺は人々から感謝を伝えられた。
言いがかりをつけてぶん殴った奴は、荒くれ者で有名で、俺の様に理由も無く大暴れをしていたので迷惑に思っていた。ところが、俺に殴られ倒れた後は大人しくなり、何故か俺は感謝された。
ぶん殴ったムカつく酔っ払いは、どうやら悪徳保安官だったようで、住民は鬱憤が溜まっていたらしい。そして酒場で酒を飲んでいた奴らに感謝された。そして、酒を奢らせてくれと頼まれた。残念なことに、その時の俺は保安官に手を出してしまったことに慌てふためいていた。手配書を出されれば、この生活もたちまち立ち行かなくなる。それを避けるため、俺は保安官を叩き起こすと、その場に居た全員の酒を奪い取って、全てを保安官に強引に飲ませた。記憶がぶっ飛ぶほど泥酔した様を見ると、俺はすぐにその街を出た。
そして、酒代が足りないので偶然走ってきた男の首根っこを掴み、金を譲ってもらうよう拳銃を見せながら頼んで金を貰った。すると、すぐ後に少年がやってきて、何故か礼を言う。なんと、男は少年から金を奪って逃げたらしいのだ。少年が来た頃には既に人目が集まっていたので、仕方なく金を返した。
訳のわからないことが続いている。ヨゼフの野郎に感謝されてから、ずっと、俺が俺じゃなくなっていくような気がしていた。胸を膨らませるようなこの感覚も何かわかった。悪党のはずの俺は、悪党のくせに俺は、────感謝をされることが心地良かったのだ。
いつの間にか酒を飲みすぎることは無くなった。その場にいる誰かと乾杯を交わすことが多くなった。道を歩いているとき、前から人が来ると道を譲るようになってしまった。老婆が荷物を持っているのを見ると、奪うでもなく手伝うようになった。ちくしょう!俺はどうなっちまったんだ!
善行に悦に浸る度に、俺は居心地が悪くなって潜伏先を変えた。そしてとうとう、この開拓地の果てまでやってきた。ここなら犯罪もやりやすいだろう。……ここでなら、俺も元に戻れるだろう。
元に戻る必要があるのか? そんな思いがあった気もしたが、無視をした。
ラヴディに跨ったまま、村の入り口に入る。木で雑に作られた巨大なゲートには、看板が掲げられていた。【カーマ】と書かれてある。この村の名前だろう。俺はこんなチンケな場所に名前なんてつけて何になるのかと罵りつつ、村に入った。
道の人通りは少なく、しかし見えた人間は皆俺のことを凝視していた。当然のことだが、流れ者を警戒しているのだ。
俺はそんなことを気にせずに、まずは拠点を求めて二階建ての酒場へ行く。木のスイングドアをぶつかる様にして開けて、正面のカウンターに居る店主らしき人物に話しかける。
「ここは部屋を借りられるか?」
店主は見るからに陰湿そうな顔をしたやつで、目の下には隈がある。店主は俺の方を足元から舐め回す様に見ると、鼻で笑った。
「見ない顔だ。流れ者だなお前」
そう言うと店主はなんと、法外な値段を持ち出してきやがった。しかし、俺はあまりそれに対して感情的になることはなかった。後で出て行くときに、ぶん殴って金を回収しようと思っていたからだ。もう住民にリンチされようが指名手配されようが関係ねえ。俺はここで俺に戻るんだ。そう、決意してやって来たんだ。
俺は金を払うと、店主は驚く。
「アンタ、こんな金出してまで、ここになんの用があるってんだ」
俺は店主ににじり寄ると、ニヤリと犬歯を見せた。
「じきに分かる」
それだけ言うと、俺は渡された鍵を使って部屋に入り、荷物を置いた。そして、夜になるのを待った。
窓から見える景色が白い光から橙になる。あと少しで夜になると言うところで、村が騒ついているのに気づく。夜に気づかれない様、下見をするつもりだったが、この騒ぎなら気になって出て来たと言う体で下見も出来ると考えたのだ。そして俺は二階にある自室を降りて一階に辿り着く。そして酒場を出ると、多くの人々が集まっていた。ザッと数えて五十人。そして、出て来た俺を連中は棘のある目つきで見てきた。
「……おい、もしかしてそこの余所者がやったんじゃねえか?」
どうやら何か事件があって俺が疑われている様だ。不味い状況に俺は、いつでも撃たれても逃げられるよう、足に力を込める。しかし、弁護の声が聞こえてきた。その声の主は、意外にもあの陰湿そうな店主だった。
「いや、奴は今日来たばかりで、部屋からは一度も出て来ていない。……その状態で流石に誘拐は無理だろう」
「じゃあウチの息子はどこに行ったのよ!」
「もしかして森の方に行ったんじゃないのか? だとしたら早く探しに行かないと」
「危険だ! この辺には狼がいるし、もうすぐ夜だ! 夜が来たら俺達でも危ない!」
「じゃあ見捨てろってのか!」
「待て、そもそも本当に誘拐なのか? そこの余所者がやったんじゃないのか? ……殺しを」
またもや俺に疑念の目が降りかかりそうになったところで、俺はムカつき始めた。なんなんだコイツらは、サッサと動けばいいのにああだこうだと言うだけで何もしない。こんな奴らに疑われるなんてクソッタレだ。
「ガキが居なくなったのか? ……ソイツの見た目は?」
俺はガキを見つけることにした。そうすればコイツらも文句はないだろう。それどころか、ある程度、報酬を得ることも出来るかもしれない。尤も、コイツらにそんな考えがあるかどうかは微妙なところだが。
「11歳の子なんです! 金髪で、青い眼をしています! 身長はこのくらいで、名前はジョンで……!」
「奥さん! そんなことを教えてどうするんだい!」
顔面を強張らせ、青ざめている女がガキの情報を伝えて来た。……コイツらの思い通りに動く様でムカつくが、まあいい。たまにはこんなことも────。
いや、待て。俺は俺に戻りに来たんだ。悪党になって好きなように生きる為にここまで来たんだ。それを、何故逆のことをしようとしている! バカか俺は!
「別に教えてくれなくてもいい。ただ興味が湧いただけだ」
俺はそれだけ言って踵を返す。住民の罵詈雑言が俺に飛んでくるが、そんなものは受け慣れている。しかし、その中に一つだけ違うものがあった。ガキの母親の声だ。
「お願いします! 息子を、ジョンを助けてください! あの子は大切な子なんです! お願いです! お願い!」
騒ぐ母親を宥め抑えようと、周囲の奴らが猫撫で声を発する。……そうだ。ムカつくコイツらの狙いは俺が何もしないことで、あわよくば憂さ晴らしに吊し上げることだ。ならば、思い通りに動いてやる必要もない。
「最後に見た時間と場所は? 全員答えろ」
そう言った時の母親の嬉しそうな顔が、何故だか目に焼きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます