第3話
やはり大勢で酒を飲むと最高だな! ヨゼフの奴が出した酒は美味かった。それこそずっと飲んでいたいほどに! しかし、ヨゼフやアンネとの会話が思いのほか盛り上がってしまったから酒を飲むペースは何時もより遅くなったんだ。こんな愉快に酒を飲んだのは本当に久しぶりな気がする! 今頃住民にリンチにされているであろう二人組に感謝だな!
「ジャックさん、いい飲みっぷりですね!」
「当然! 俺は今までの旅で大酒飲みとして名を知らしめたからな! この程度屁でもない!」
「はっはっは、やはりあなたは凄い方だ。そうだ、もう夜ですし、泊っていきませんか? 馬にも餌をあげますから」
「おお、それはありがてえ! 遠慮なく世話になるぜ。そうだ、アンネ。お前は本当に美しい女だ。折角だ、俺と一緒に寝ないか?」
「まあ、嬉しいことを言ってくれますのね。……ただ、ごめんなさい。私には愛する人が居ますから」
「そうですよジャック! それに、あなたにはもっと相応しい女性がきっと居るはずだ! ええ、居ますとも!」
「お、おお? そうか? まあそうだよなあ、ゲヘヘ」
ヨゼフとアンネは本当に気持ちのいい連中だ。こいつらと話していると本当に愉快だ。俺はすっかり気を良くして、それから昔居た街でムカつく酔っ払いをぶん殴った話をしてやった。そうすると、夫妻は俺を褒め讃えた。そんな風に、夜を過ごした。
……そして、いつの間にか真っ暗になった部屋で俺は気が付いた。しょぼつく目を抑えて、目を開けてしばらく待つ。そうすると、目が暗闇に慣れてきて、物が見えるようになってきた。机の上にはグラスが三つある。俺のグラスにはワインが少量入っており、ヨゼフとアンネのグラスは飲み干されていた。どうやらいつの間にか眠っていたようだった。俺は立ち上がると、ベッドを使わせてもらおうと寝室に向かおうとした。だが、その前に声が聞こえた。
「目が醒めましたか?」
ヨゼフの声だ。ヨゼフがキッチンの方から顔を覗かせていた。俺はそれに対して手を上げる。
「ああ、いつの間にか眠っていたようだ」
「驚きましたよ、突然、グラスを片手に眠ってしまうんですから。もしかしてお疲れでしたか?」
「ああ、……まあ少しな。旅をしているから疲れが溜まるんだ」
ヨゼフは納得したように朗らかに笑う。そして、続けて話しかけてくる。
「よろしければ、裏で月でも見ませんか? 月を静かに見ると、疲れが取れるんですよ」
「ほお、それは本当か? ならば月を見ようか!」
正直、月を見るなんてみみっちいことは好みでは無かった。そこで、俺はヨゼフに酒の残りが無いかを尋ね、結果自分のグラスとヨゼフのグラス、それからワインボトルも持って裏へ行った。
「「乾杯」」
二人揃って乾杯を交わし、俺たちは満月を見ながらワインを飲む。……ふむ、こうして酒を飲みながら月を見るのは、存外心地いい。
静かに酒を飲んでいると、ヨゼフが話しかけてくる。
「昨夜も、こんな風に静かな夜だったんです」
瞬間、時が止まったような気がした。戦慄したのだ。酒で曖昧になっていた脳はすぐに霧が晴れたように冴えわたり、朝から続く自分の愚行を思い返していた。何故、この男は知らない人間である俺をこの家に呼んだのか。何故、こんなにも俺を歓迎したのか。何故、俺をこうして一目の付かない場所に連れてきたのか。答えは簡単だ。ヨゼフは俺のことをやはり看破していて、俺を殺そうとしているんだ!!
俺はそのことに気付くや否や、自分のグラスを見た。もしかしたら、この中に毒を仕込まれていたのではないか? そう考えると、身体の芯が冷たく感じた。それなのに、身体の表面はまるで炎に近づいたかのように熱を持ちだした。心臓が激しく振動する。身体が震え始める。まさかもう毒の効果が……。いや、違う。この感覚は前にもあった。
それは初めて人を殺した時だ。侵入した家で偶然家主が起きてきた。若い金髪碧眼の男だった。ライフルを持ち出して抵抗をしたので銃で撃ち殺したんだ。
それは命の危険を感じた時だ。昨夜もそうだが、死ぬかもしれないという恐怖を一瞬でも感じた時、俺はこうして震えたのだ。
「あの日の夜、私はアンネと一緒に寝ていました。そんな時です、突然男が二人やって来たんです。一人は銃を持っていて、私達は大人しく従いました」
「なんの話だ」
俺がそう聞くと、ヨゼフは真剣な表情をして俺を見た。黒い瞳が月の光を反射する。俺は思わず距離を取ろうとしたが、椅子に座っていたので危うく転びかけた。しかし、そんな俺をヨゼフが支えると、態勢を立て直すのを手伝ってきた。本当に得体のしれない男だ。何を考えているのか全く分からない。恐怖で震える私に、ヨハネは続けてこう言ってきた。
「子供を作って、家族を築いた時の為に二人で貯めた金の隠し場所を聞かれました。その時私は、恐怖に震えてただ言う事を聞くしか出来なかった」
ヨゼフは悔しそうな顔で拳を握りしめ、その手を見ていた。やがて、拳を広げ掌を見ると、おもむろに俺の方を見てきた。
「そんな時です。あなたが来てくれたのは」
「何の話だと聞いているだろ!」
「単刀直入に言います。私はあなたがあの日何をしたかは分かっている」
そこまで聞くと、俺はすぐにヨゼフの顎を砕こうと殴ろうとした。が、拳を出す前にそのを抑えられてしまった。左手も同様に抑えられ、俺は頭突きをして逃れようとする。しかし、それすらも勢いが付く前にヨゼフの額が抑えてきた。鼻息を荒くしながら、俺たちは向かい合う。
「あなたは昨日、あの二人組をつけたと言いましたね? だがあれは嘘だ。本当につけていたのなら、銃を持ったあの男に会った時、驚いて見つめ合ったりなんてしないからだ!」
「それがどうした!」
「あなたは昨日盗みに入ったんだ。私は金目のものはリビングではなく寝室に置いてある! リビングを漁っても何もなかったのを確認したあなたは、私達の寝室にやって来て同業者と遭遇したんだ!」
「それがどうしたと言っている! 俺が盗人だからなんだ? 俺を保安官にでも突き出すか? それともここの住民に言いふらして俺をリンチにするか? 残念だったな! そのどちらも無理だ! 俺が今ここでお前を────」
そこまで言って俺は気付いた。そうだ、アンネは何処に行った。
キッチンの方から物音がした。俺が振り返ると、アンネが袋を持ってそこに立っていた。
「勘違いしないでください。私達はあなたに感謝しているんです」
「……なんだって?」
意味が分からなかった。俺は罪人だ。殺しすらやったことのある悪党だ。そしてこの男は実際に被害に遭った。だと言うのに、感謝だと?
「経緯はどうあれ、あなたが居なかったら私達はどうなっていたかは分かりません。あなたが私達を救ってくれたんです。だから、私達はあなたを家に招待し、もてなしを受けてもらって、これも受け取ってもらいたいんです」
ヨゼフがアンネの方を見ると、アンネは袋を両手に持って、俺に差し出してきた。おいおいまさかこの袋は────。中を覗くと、そこには大量の金が詰まっていた。昨夜、二人組がこの夫婦から盗もうとしていたものだ。
「そんな馬鹿な。何故こんなものを俺に……」
「何度も言います。私達はあなたに感謝しています。あなたが居たから、私達は今日ここでこうしていられる。……だから、このお金はあなたへの感謝の気持ちです。どうか、受け取ってください」
「意味が分からない! いくら成り行きでお前たちを助けたからと言ったって、俺はこの家に盗みに入ったんだぞ! それに感謝なんて」
「許します」
……は?
俺は槍で身体を貫かれたような感覚に襲われた。まるで身体が緩やかな風に飛ばされて、揺れているような気分に陥った。わけが分からない。理屈は分かる。だが、理解はできなかった。俺がヨゼフなら、盗人を許すなんてマネは決してしない。血反吐を吐くまで腹をぶん殴り、歯が全て砕けるまで顎を膝で蹴る。なのに、この夫妻は俺を許すと言うのだ。それどころか、感謝までしている。本当に意味が分からなかった。
わけのわからない状況に、感じたこともない何かが、胸の辺りからこみ上げてくる。なんだ、一体なんなんだこの感覚は! 俺はアンネの差し出す大金を見て
────逃げ出した。
「ジャック!」
ヨゼフの声が響く。俺は真っ暗な夜の中、月明かりを頼りに駆け抜ける。そして、馬を柵から放すとすぐに飛び乗って、馬を蹴った。叩き起こされて不機嫌そうに嘶いたが、ラウディは駆けだした。馬と共に駆け抜けている最中、俺はずっと頭を抱えていた。
────なんなんだ。この感じは。
『許します』
ヨゼフが言ったあの一言が、ずっと頭の中で頭蓋骨に反射して駆け巡っている。信じられない。好きに生きることが信条のこの俺が、他人が発したたった一言にずっと頭を抱えることになるなんて! 俺は一体何を考えている⁉ 今思えば、今朝、ヨゼフと会った時から俺はどうかしていた。ヨゼフの口車に乗せられて、まんまと家まで付いて行った。いつもの俺なら考えられないことだ。何故俺は付いていったんだ⁉ 何故俺はこんなにも動揺しているんだ⁉
闇夜の中、俺は森の中に入るまでラウディを走らせた。ラウディは速いがスタミナのある馬ではない。森に着くころには息を乱して、馬使いの荒い俺を睨んでいた。俺は黙って頭を撫でてやった。
木にラウディを繋げ、俺は少し離れた木の根本で寝転がる。空に見える満月が気に入らず、俺は目を背けて眠った。
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