第7回 「ここは単騎で」のコメント

 今回のタイトルは、スポーツ紙や競輪の専門予想紙を読んでいれば目にする一文いちぶん


 競輪は、基本『ライン』を作って競走する。ようは、競輪選手同士が連携し、レースで戦うということ。この『ライン』の作り方は、個々の選手が所属する都道府県や地区で決まるケースが殆ど。所属する同じ県、同じ地区で、『ライン』を形成する。無論、例外もあるが。

 競輪において日本は、8になる。北日本、関東、南関東、中部、近畿、中国、四国、九州の分け方だ。この話題は一旦、ここでおしまい。またの機会にお話しする。今回の本題は、『ここは単騎たんきで』のコメントだ。


 レースまえ(前日に)、競輪選手はスポーツ紙や専門予想紙のインタビューに答え、どのように戦うかをコメントする。上記のように、ラインの組み方を答えるのだ。

 そのコメントや、ラインの並びを見て、客は予想の参考にする。個々の選手の脚質(戦法)、性格なども加味しながら、レースの結末を推理する。


 そんなとき、ラインがめない、まない選手もいる。例えば、出走するレースにおいて、同県どうけんや同じ地区の選手がいない場合。または、いたとしても翌日のレースでの戦い方を考えた上で、という場合。

 そんなときに目にするフレーズ。それが、『ここは単騎たんきで』のコメントだ。


 それを見て、私は思うことがある。人生においても、『単騎たんき』のときがあってもよいのではないかと。日本で暮らしていく上で、誰しもが直面する問題がある。『同調圧力』というヤツだ。

 だが、競輪の世界では必ずしも、それは通用しない。たとえ、どうけんや同じ地区の選手がいても、単騎を選択する選手がいる。『ここは単騎で』と、一人で戦う。または、『別線自力』というコメントの場合もある。これは同県、同地区の選手とは組まず、『別線自力』を宣言した選手の後ろに別地区の選手が付くパターンだ。


 レースをする以上、選手個人、選手間の思惑があるはずだ。それこそ、ラインを組んで戦う以上、それも含まれているはず。

 だが、『単騎』を選択できる競輪という公営競技に、私は選手の意地やプライドを感じるし、アスリートではなく、としての競輪選手の姿を見る。だから、私は競輪が好きなのだ。

 そして、そこから学んだと、私は思っている。『ライン』を組み、他者と協力して戦う大切さ。そして、譲れぬものがあれば、『単騎』でよいのだと。だから、競輪選手には意地やプライドを忘れずに戦ってほしい。


 少なくとも競輪は『同調圧力』という問題に対して、私に生きるヒントをくれた。

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