きっと可愛い女の子だから。@森田薫

 傷だらけになった二人して背中合わせに座って、ぜーはーと息を整えていた。


 空に武器はもう浮かんでない。


 頭も働かない。


 最後はただ殴り合うだけだったから。


 体感ではサウザンドウォーなくらい拮抗したままだった。


 駄目だ。どうやっても痛いだけで殺せないし死なないし死ねない。


 死ぬわけにはいかないなんて、思うことに笑えちゃう。

 

 私が生を願うなんてさ。


 

「はは、ほんと何してんだろ…痛た…あはは…」


「何笑ってるのよ…ああ痛い…それよりどうするのよ。この世界から出られないじゃない。裕くんの未來だって…本当は、やっぱり本当は、わたしが居ない方がいいのかな…」



 華イチは、なんかブツクサ根暗なこと言い出した。こういうところは姫と変わらないんだよね…


 結局のところ、お互い殺すほどの覚悟も憎めもしなかったってことなのかも。


 殴り合う中で、お互いの経てきた歴史を生の声で語り合った。


 こいつの馬鹿なところは別として、共感する部分が多かった。


 何度もやり直すあの圧倒的な虚無感は、私達しかわからないし。


 そして、その馬鹿なことも柏木くんなら許しちゃうだろうなって、だからこそ華イチは諦められなかったんだろうなって思った。


 もしかしたらこのループは、呪いなんかじゃなくって、ただの妄執なのかもなって。


 にしても、アンタが最初から意地なんて張らずに謝ればよかったのにさぁ。


 まあ、そのおかげで謎は解けたけどさ。


 痛たたた…。


 ほんと、痛いよ。



「あはは。これだけ殴っておいてよくそんなこと言うよね。諦めるとか最低だよ」


「そうね…森田薫、それはあなたもでしょう。ふふ、いい拳だったわ」



 紙一重に避けるからそれを利用してタコ殴りにしてやった。私もされたけど、先に膝をついたのはこいつだ。


 私、やったよギンモクセイくん。



「痛…もぉ、こんなに腫らしたら裕くんに会えないじゃない。出たら戻ってるのかしら…」


「本当だよ。殴られて顔腫らして告白とかどこの男の子漫画だよ」


「卒業式だって控えてるのよ。写真撮れないじゃない。はぁ…そもそも出れないなんて考えてなかったわ…この強姦魔」


「うっさい寄生獣」


「本当、どうしようかしら…この子も起きないし…あなたのせいよ。これなら最初から表に出ておけばよかったわ…」


「あーもぉ、ブツクサブツクサうるさいなぁ。後悔なんか浮かんだ瞬間捨てなよ。そうしてきたでしょ」


「出来るわけないじゃない…出来たら苦労しないのはわかってるでしょう。ああ、ここまで頑張ってきたのに…あなたとここで生きるなんて…」


「もぉーうるさいなぁ。ははっ、ふふ。それもいいけどさ。そろそろ…終わらせたいかな、私」



 そう言って立ち上がり、ボロボロになった銀のまさかりを右手に持ち、引き摺りながら歩き出した。


 メキメキと成長した、白く発光した木犀花の前に向かって歩き出した。



「イタタ…あれ?」



 伽耶まどかは、相変わらずまだ止まったままだった。


 そういえばこの人どうなってんのかな…まあいいや。


 見上げた木犀花は、もう天に届きそうなくらい膨張していて、多分だけど、これは私と華イチと、そして伽耶まどかの募る想いの重なりなんだと思った。


 でもそれは私の好きだった形じゃないし、柏木くんの描いたシルエットじゃない。


 だけど、キンモクセイくんであっても、ギンモクセイくんであっても、例え華イチの贋作であっても、君は綺麗だ。


 ああ、随分と描いてなかったな。


 少し妬けてしまうな…。


 それに、そっか、そうだよね。こんなにも多く積み重ねてきたんだよね。



「……よし」



 ──八つ当たりしてごめんね。

 ──そして今までありがとうね。


 私はそう心で呟いて、まさかりを肩に担ぎ、遠心力を使って、持てる力の限りを尽くして、振り回し、水平に薙いだ。


 音もなく、幹が徐々に後ろにスライドしていき、スローモーションのようにして、ついにずしんと倒れた。


 そうして空はあの秋の夜のように、雲のない、星のない、ガラスみたいな透明感のある真っ暗な夜になった。


 その倒れた木犀花は、辺りに目一杯の懐かしい香りとともに無数の小さなカケラに砕け散った。


 発光したまま白い帯を作りながら跳ねて散乱していった。


 解けてバラバラになったビーズみたいにして。


 それはとても小さなビー玉みたいで、次第に色んな色がカラフルに色付いていって、そしてそれらは次々と空に登っては、ガラスに溶けて消えていった。


 まるで逆再生の流星群みたいにして、夜空にプレゼントしてるみたい。


 綺麗だねってこれは涙、出ちゃうよね。


 〜世界はー今日も簡単そーに回るー。


 そのスピードでー涙も乾くけどー。


 そんな柏木くんの好きな歌を思い出す。


 大人の柏木くんもいいけど、やっぱり照れた後ろ姿にまた会いたいな。


 君の夢が叶うのは、誰かのおかげじゃないぜ、なんて言ってさ。



「なぜ…? 巫女じゃないのに切り倒した…?」



 いつの間にか、華イチ──円谷華は私の横に立っていた。ところどころ金髪で、ほぼ黒髪に戻ってる。


 多分私も同じだろうな。



「どうして……?」


「ふふ、そりゃ一つしかないよ」



 ああ、多幸感が消えていく。


 初めて芽吹いたって言うのにな。


 私はお腹をさすりながら彼女を見ずに吐く。



「歩めない未来。その力をもらったんだよ」



 どうせ、私が死ぬ日には間に合わないし、このままだといろいろと迷惑だろうし。


 時間なかったし、仕方ないけど、何より柏木くんの同意とってないし。


 毎回だけどね。


 その後すぐダイブするからその後わかんないけどさ。


 もしかしたらその後の柏木くんもいるかもだけど、考えてみたらトラウマだよね。


 あはは。


 でも随分と襲ってないのは本当。


 今回は仕方ないじゃん。ぐわーってうなされてたんだし。夜、手、そんな強く握り返されたらキュンキュンするじゃん。


 だいたい大人柏木くんとかさぁ。


 求めた未來の、未來からの想い人とかさぁ。


 最初はそんなつもりなくてさ。


 いやあるにはあったけどさぁ。


 もうちょっと事務的って言うかさ。


 止まらなくなるからさぁ。


 でもうなされてて、歯を食いしばってて、そりゃ癒したいって思うじゃん。温めても温めても眉間の皺が取れなくて、あの優しい顔にちっともならないんだよ。


 そりゃあ恋がまた走り出すし、愛がもう止まらないよ。



「…はぁ…」



 やっぱりポケットの中の石はいつの間にか消えていた。


 叶わなくなった夢と無くなった未来を、この春の夜の、想いの数の流星群に、ハァと切なく小さく吐いた。


 そして、せめて好きな人の願いが叶いますようにと、未來に祈った。


 円谷華なんかには祈ってやらないんだ。



「……男の子かもしれないでしょ」


「ふふ、そんなわけないよ。だって柏木くんとの赤ちゃんはね」



 海がとっても大好きな、きっと可愛い女の子だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る