会いたい。@円谷華

 どうしようどうしてどうしようどうしてどうしよう。


 わたしは今混乱している。


 どうしよう。


 ほんとどうしよう。


 どうしてこうなるの?


 どうしてこうなっちゃうの?


 目がぐるぐる回る。頭が重い。冷や汗が止まらない。胃が痛い。動悸が激しい。


 背中にいる裕くんに響いてないか心配なくらい心臓が激しく震えてくる。



「あはは…本当に情け無いや。ごめんね、華ちゃん」


「う、ううん…わ、わたしも…ごめんね」



 フリーキックを裕くんにズバッと決めてから、なかなか目を覚まさなくて、おんぶしながら病院に向かっていたわたし。


 美月ちゃんとののちゃんは先に向かってもらって、背中に体温と心臓の音とナニとは言わないけど、感触と、つまり裕くんの全てを暖かく感じながらゆっくりじっくりと歩いていたら、目を覚ました裕くん。


 少し心配だったけど、ホッとして話かけようと──いや、少しはプクっと膨れても良かったけど、何かおかしいとすぐに気づいた。


 何故なら前に回していた腕も、心臓の音も、どちらも離れたからだった。


 もちろん裕くんならそうするだろうけど、その速度がゆっくりだったのだ。


 それは、悲しいお知らせだった。



「どうしたの? あ、ごめん、重いよね? 僕降りるよ」


「い、嫌だ嫌っ! だ、大丈夫だから! もっと乗ってていいから!」


「ど、どうしたの華ちゃん…? 女の子なのに重いものは駄目だよ」


「眩しいッッ!?」


「華ちゃん!? だ、大丈夫…?」


「はっ! だ、大丈夫、ですわよ?」


「…ですわよ? なんだか変な話し方になってるよ。変な華ちゃん。ふふ」


「え、えへへ…へへ……変、かな…変…だよね…」


 

 どうやら、裕くんが元に戻ってしまったみたいだ。


 流石にそんなの想定していないし、口調もなんか変な感じになってしまったわたし。



「なんだか暖かいね〜今年は暖冬かなぁ…」


「そ、そだね〜…」



 空を眺めてるのか、わたしの胸で足下が見えないのか、つくしとか生えてて、もうすぐ春ですねぇ、って感じなんだけど、それより何よりわたしの心は今ビキビキに冷えまくってます……。


 どうしよう。


 多分入れ替わる前の裕くんで! わたしと一緒に積み上げたものが綺麗にスッパリ取っ払われてる!


 嘘でしょ…!?


 裕くん…何で蹴ってなんて言ったの…?


 こうしたかったの…?


 未來に帰りたかったの?



 そう思っていたら、裕くんは首元に鼻を近づけてきて、すんすんと嗅いできた!?


 何っ?!



「なんだか金木犀の良い匂いがするね」


「そッ! そ、そうかな? 今日は別に香水とかはつけてないけど…」



 むしろ冷えた汗を大量にかいてます…


 でも匂いなんて、何だか恥ずかしくなってきた…。



「うん、するよ。甘い匂いと華ちゃんの安心する匂い…」


「えっ? …ひぅ!? ……あにゃ…」



 また嗅いできた!? 


 何これ何これ何これ何これ!!



「どうしたの?」


「にゃ、んでもにゃいよ〜…」


「なんで猫マネなの?」


「えへへ……にゃんでだろ…にゃおーん。えへへ…」


「ふふっ、いつも可愛いね」


「あにゃ…」



 何これ何これ何これ、じゅんじゅん照れる!


 ナニとは言わないけど、じゅんじゅんくる!!


 違う、そうだ、そうだった。


 裕くん、こんな人だった。


 話し方は柔らかいし、朗らかだし、こっちが照れちゃうことを平気で言うし、こっちの感情なんてびっくりするくらい感じ取れない鈍感だったってわたしの好きだった全部がある。


 でも……良かった。


 どうやらわたしは元の裕くんもちゃんと好きなようだ……でも……でもそうじゃなくって……。



『──フューチャ───!!』



 あの時、わたしの勇気が産声を上げたんだ。


 30歳の裕くんがわたしの前に現れてから、何もかもが違くて。


 朝も夜も光も影も。笑いも涙も汗も血も。何もかもが動き出して、輝き出したんだ。


 わたしは……わたしの未来を助けてくれた裕くんが……裕くんは………何処……?


 本当に帰っちゃったの?


 嫉妬したのがそんなに嫌だった?


 速度違反取り締まったから?


 ノーヘルが嫌だった?


 お尻もやり過ぎた?


 射精管理も駄目だった?


 ハートに剃ったの嫌だった?


 そんなの…ないよ。


 そんなのってないよッ…!!


 確かにやり過ぎたかなって反省してたよ!


 口に出して言ってなかっただけでッ!!


 だって裕くん甘やかすから!!


 それが駄目だったのかな………。



「ところで何処に向かってるの? 家の方向じゃないし…華ちゃん? もしかして…泣いてるの…?」



 今の裕くんには、こけて頭打って意識無くしたからおんぶしたって嘘言った。


 心配は心配なんだけど…


 心配だけど、そうじゃなくて。


 心配だけど、違くって。



「……え、あ、あ、ううん、泣いてないよ。大丈夫だよ…あは…はは…えっとね、今からね、お見舞い…病院だよ」


「お見舞い?」


「うん。薫ちゃんの」


「……」



 それを聞いた裕くんは、押し黙った。


 わたしの強がりがバレたのかな…。


 もう感情がぐちゃぐちゃだ。


 とりあえず間がもたないから美月ちゃんとか、ののちゃんとか、お見舞いのお菓子が何がいいかとか、そんな話が口から出る。


 けど、裕くんは押し黙ったままだ。


 わたしは徐々に項垂れ、同じようになっていった。


 比べちゃ駄目だけど、大人裕くんはポンポンと返してくれて、わたしが話しやすいように促してくれてたのがわかった。


 それは仕方ないことだけど、でも…なんだろ? 


 何か違和感がある。


 気遣いはあるけど、照れたりもないし…。


 それからすぐのことだった。裕くんが口を開いたけど、声色が硬い。



「…薫…ちゃん…? ……本当に?」


「う、うん…うん? 薫ちゃん…?」


「…華ちゃん、ちょっと降ろしてくれる?」


「え、う、うん……あっ! 裕くん待って!!」


「ごめん! ちょっと急ぐからッ!!」



 そう言って裕くんは駆けて行った。


 その走り方は、後ろ姿は、やっぱり大人の裕くんと違くて、左足庇ってなくて、それがどうしようもなく怖くて怖くて手が遅れる。


 足が動かない。


 声が出せない。


 急速に臆病なわたしが出てくる。


 まるで未来の裕くんに出会う前みたいだ。



「待ってよぉ…置いていかないでよぉ…彼女なんだよぉ〜…ぐすっ、彼女置いて他の女の子のとこに行かないでよぉ…」



 そういえば、気が動転してて付き合ってるって言ってなかった。


 違う。今言ったらどんな顔をするのか怖くなって言えなかった。


『──法律には彼氏彼女なんてどこにも無いの。ただの他人なの──』


 薫ちゃんの言葉だ。


 なんか、涙が出てくる。


 なんか、悲しくて胸が痛い。


 なんで、帰っちゃったの裕くん。


 なんで、なんで、なんで。


 明日からどうしたらいいの…わたしの裕くんとの素敵な未来は…? どうなっちゃうの? 納得できないよ…全然できないよ。


 今年は二人で海に行くって。


 いっぱい映画も見るって。


 また星も見るって。



「やくそくしたよ…ぐすっ、いっぱい、いっぱい、約束したんだよぉ……ひっく、え、えっく、すんッ…… う゛っ……ぇぐっ、うぅ゛……ゆぅ……ぐん、ゆー……くぅん… う゛っ、うわぁぁぁあん……やだよぉぉぉ……」



 すると、上を見上げてわんわん泣いているわたしに、声が響いた。



(愛に悩める者は、私に聞きなさい。なんてね)


 弱気につけ込むあいつだった。


 何を…浮かれてるの…?


 こいつ、死にたいのかな……?


 それは、わたしなのかな………。


 ううん、違う!


 わたしはもう勇気に塗れてるから!


 絶対追い出してやる! わたし!


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