ライク ア ヴァージン @森田薫

 華イチが取り出した絵には見覚えがあった。



「その絵…マドカさんだったんだ…」


『──小さい頃の話だからさ。ぼんやりとした思い出があって、それをなんとか形にしてみたんだ。これってもしかしたら理想像…なのかもしれない、なんて…あはは…』



 そう言って、柏木くんは照れていた。あの病院に居たんだ。柏木くんも会っていたんだろうな。



「…それは多分補完したのよ。貴方がいないあの病院で、伽耶まどかだけがこのレーンで印象に残っていた。でも同じレーンでも今世は違うわよ。あなたの第一ループ前に戻ったのだから、当然このルートは違うわ。裕くんを伽耶まどかなんかに会わせないに決まってる」


「…じゃあなんであるわけ?」


「そんなの、わたしが描いたに決まってるじゃない」


「嘘だ。私、描いてるところ見てた。それに絵のタッチだって…」


「ふふ。本当にそうだった? あなた、今世はほとんど美術室に行ってないでしょう」


「…」


「ふふ。まあいいわ。この絵はやり直しの意味が含まれていたの」


「…やり直し…?」


「裕くんが描いた最初の絵は、裕くんの想いで描かれていた。遠く遠くあなたに届けと、死にそうなあなたを思って描いていた」


「…」



 …柏木くん…私が死ぬの、知ってたのかな…



「でも今回は違う。わたしは描いた。遠い遠い昔、全てやり直せるようにと願って描いた」



 華イチは懺悔するみたいにして、そんな事を言った。



「だから伽耶まどかのこの絵は彼女の自殺のやり直しで───」



 華イチは絵の真ん中、破れたところからビリビリと引き裂いた。



「──これが金賞のやり直し」



 その下から、あのキンモクセイくんの絵が現れた。


 それは、素敵な私の思い出のままだった。


 ……。



「二枚重ねてたの、わたし。伽耶まどかは疑いもせずにこの贋作諸共突き刺してくれたわ」



 上手くいってよかった。そんな顔をしてる。



「一旦本人に届けたのだけど、警戒されてね。伽耶まどかはこの時期は表に出てこないのよ。だから自分で破ると思っていたのだけど、まさか裕くんの前に現れるだなんて」



 ほんと厄介だと無表情で呟いた。


 どうやら計画が狂ってしまい、仕方なく華イチは表に出てきたのだと言う──割にはだらしない顔をしている。


 こいつ…



「ん、ん。ここはね、裕くんの世界…の…今この瞬間だけは伽耶まどかの力を利用した、キンモクセイくん、だったかしら。いわばその贋作世界ね」



 絵は柏木くんのタッチを死ぬほど模倣したのだと言う。


 うっかり銀賞取っちゃたけど。そう言って華イチは無表情で話続ける。


 どうやら幼い頃の姫が柏木くんに褒められて気を良くし、うっかり応募してしまったらしい。駄目な子だと続けるけど、というかそれあんただからね。



「こほん。まあ、つまり。この隠世はわたしの描いた世界の具現」



 華イチは両手を広げて空を見上げてこう言った。



「呪われたわたしが、伽耶まどかとして振る舞っていたわたしが、佐渡木犀花の願いを上書きし、伽耶まどか本人が突き刺して生まれた贋作世界」



 反魂、みたいなものかしら。なんて続けて言う。



「そしてそこに今の裕くん以外の呪いを全てまとめて引き寄せ閉じ込めた」



 そして華イチは、規定の制服で軽やかにくるりと回った。重いスカートなのに、それがふわふわと踊ってる。



「森田薫。あとは、この金木犀を切り倒せば全部終わり。正史に戻る。言い方を変えれば、貴方の死を使って裕くんは救われる」



 そう言って姫イチは初めてにっこりと笑った。


 死ぬのは構わないし、柏木くんが未來で助かるなら吝かではないけど。


 でもとりあえず言いたい。


 呪いが多すぎて、何言ってんのかわかんない。





「ちょっと待って。もしかしてこのマサカリで?」


「ええ、貴方を思って作ったのだけど、何故かこうなるのよ」


「………」


「わたしのはどうしてもこうなるのよ」



 そう言った瞬間、プラチナに光る格好良い剣が華イチの手のひらから現れた。


 まるで聖剣みたいだ。



「ほらね?」


「絶対嘘!」


「もぉ…何だっていいじゃない…」


「あのさ、よくわかんないし、説明されたところでわかるまで時間かかると思うけどさ、これってようやく私達のループが終わるって話でしょ」


「…そうね」


「しかも柏木くんが助かる」


「ええ、ようやく願いが叶うの…ああ、そうだ。タイムカプセル…裕くんを呼んでくれてありがとう。それは本当に知らなくて…助かっちゃった。あなた、ロマンスの神様ね」


「ぐっ、つまりラストエンディングなんでしょ! 柏木くん救うのにこのマサカリはいや!」



 何自分だけ騎士っぽい剣で格好よく構えてんのよ!



「だってあなた武器なんか扱ったことないでしょう」


「それはあんたもでしょ!」


「ふふ」


 

 また華イチはパチリと指を鳴らした。


 すると、不思議な色の髪がふわふわと浮きながら柔らかそうに縮んでいく。


「うわわわわ…」


 肩にかかるまでの長さの銀髪、身長は変わらないけど、姫でありながらも、絵の中の伽耶まどかっぽいシャープな外見だ。


 これは、姫の大人の姿…?


 めちゃくちゃ色っぽいんだけど…



「この世界でなら戻れるというか進めるみたいね。ああ懐かしいわ。おそらく25歳頃ね。この頃のわたしは、だいたいの基本性能がインフレしているの。耳も良いし目も良いし何よりエロ可愛い。なんて言っても大女優だし。昼も夜もてっぺん獲ったし。あとこれはー、まーオマケって感じだけどー、世界中の武器がー、わたしの友達ね」



 そう言うと、次の瞬間には、辺り一面が大量の銀色の武器によって埋め尽くされ、それらが踊っていた。



「なっ!? ちょっと待って…」


「何よ」



 いつからそんな無茶苦茶な存在になってんの? 華イチとはいえ、いつから姫はそうやって能力自慢がちょっと鼻につく感じの意識高い系の大人になったの?


 歳をとるってやだわー。



「ま、それは冗談として、とりあえずこの木を切り倒すわよ」


「え? こんな趣味悪いのじゃなくて他にもいっぱいあるじゃん!」



 私は金太郎じゃない!



「いいえ、そのマサカリこそが、この世界を壊す、あなただけの武器なのよぷふ」


「笑ったじゃん! 絶対嘘だよ! というかなんであんたのはかっこいい感じの剣なのよ!」


「それは…ほらメインヒロインだし、わたし」


「はぁ…? というかこんなの切り倒せるの? さっきからデカくなってんだけど…」



 少しずつ肥大化してるように見えるのは、呪いとやらのせいだろうか。確かに私の中から何かが抜けていくような感じもする。


 これが呪いの正体…?



「でもこんなのどうやって…」



 例えこの馬鹿みたいなマサカリでも物理的に難しそう…



「処女なら大丈夫よ」



 …ん?



「処女なら木犀花が力を貸すわ。わたしは穢れだとは思わないのだけど、伽耶まどかの呪いが始まりなのだし、仕方ないみたいね…それはわたしもだけど…」



 ……んん?



「本当はわたしがするつもりだったのだけど…ほら、大人の非常階段を登ってしまったの、わたし。だからもう無理なのよ…ごめんなさい…ね?」



 ………んんん?



「だから森田薫。貴方が切り倒すのよ」


「……」



 それ、私も無理なんだけど。

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