初恋の演出。@森田薫

 ゆらりと立つ姿は、隙が見当たらない。


 ふわふわとした空間なのに、大地に根差してるかのような圧倒的巨木感…


 いや、これは自信の現れだ。


 それに、ふわふわと浮かぶ髪色が金と銀を行ったり来たりして、たまに虹色に見えたりして、気になって仕方がない。


 でも、それよりもだ。



「…もしかして…柏木くんと同じ…?」


「ふふ。違うけど正解。初めまして…かしら。同じ世界の森田薫。会いたかったわ。でも、この世界の円谷華でもあるのよ、わたし」



 同じ、世界。


 同じ世界と言ったのか。



「……冗談じゃなく…?」



 どうやって…?


 しかも姫でもある…?



「その前に…そうね。貴方が死んだ後…一度目の世界の方ね。貴方に描いた絵をね、裕くんは引き裂いたの。それは見えたのかしら」



 それはさっき見た。


 お前のせいだと、さっき観た。


 つまり、こいつは華イチだ。



「わたしの罪の結果でもあり、あなたの…恋の証でもあるそれを切り裂いて…今生きるこの世界が生まれたの。破壊と創造ね」



 そうだね。つまり愛だよね。


 華イチにとっては自業自得だよね。



「そうね……でも最初はこっちに来れなくてね。死の…いえ、違うわね。永劫続く生のループから抜け出せなかった。あなたみたいに」



 どうやらこの華イチは、私の一度目のループのことを知ってるみたいだ。


 そして、同じようにループしていたみたいだ。

 


「初めてこの世界に来たのは、時系列的には今から二年後ね。そこで毒…ギンモクセイに力をもらったの」


「ギンモクセイ…?」



 そう言ってこの金木犀を見上げてみる。


 今は…これは何色だろう。キラキラとまるで華イチの髪色みたいに、金と銀が混ざり合ったかのような色だ。


 目を細めるとボヤけ、パッチリ開けてもなんかボケる。


 視線を小さく逸らすとはっきりと輪郭を持って視界の端に映る。何か騙し絵みたいにも感じるし、よく頑張って見てみれば、あのキンモクセイくんではないし、でも見慣れていたはずのギンモクセイくんでもない。


 なんだこれ。



「ふふ。それは後でね。貴方が死ぬ二度の日付を跨いだの、わたし。でも抵抗が酷かったのか、無茶だったのか、意識も切れ切れでね。何とか意識を保つためにいろいろと頑張ったわ」



 いろいろと頑張った…?


 こいつ、絶対碌でもないことしたでしょ。同じだからわかる。私だって何度も無茶苦茶してきたし。


 それに…この不思議な力でもなく、圧倒されるような佇まい…おそらくループしながら様々な知識と技能を身につけたんだろうな。


 私は北里の中しかループ出来なかったのに…ずるい。



「貴方の手記、読んだわ。入院していたから知らなかったのかもしれないけれど、小学校の頃にこの北里に大雨が降ってね。三日ほど降り続いたのだけど、覚えてないかしら」



 …どうだったかな…そんなのあったっけ?



「まあ、わたしも知らなかったのだけどね。川も田畑も氾濫しなかったのに……土石流が起き、ある神社が流された」



 そんなの…覚えてない。



「幸い、犠牲者は二人だけで済んだの。そして一度廃棄されたの、あの佐渡神社って」



 そういえば、何故か新しかった。


 お守りを買った時もそう思ったはずなのに、いつの間にか意識からなくなっていた。



「この時代、今もまだ朽ちたまま放置されてるけど、嫌よね、公共工事に反対する連中って。この時代もまだまだ多いのだけれど、国の予算削って何がしたいのかしら。結果的に世の中のお金の量が減るだけなのにね。しかも人が死ぬ。頭がおかしいわ」



 それはそうだと思うけど、何の話?



「ああ、ごめんなさいね。その廃棄された神社には昔から一本の御神木があってね。それだけは流されず残っていてね。それが病院に移植されたの」



 あの、灰色の世界の中に少し映っていた、造園業のおじさんはそういうことか。



「それがこの金木犀。名前はそうね、佐渡木犀花…だったかしら」



 そんな名前、聞いたことはない。キンモクセイくんからも名前なんて聞いてない。


 いや…郷土史も読んだのに…また忘れてる?

 


「強い香りによって邪気を払うために植えられたのだけど、いつしか力を持ってね。この北里ってほどほどに田舎だけど、そこまで古びてないでしょう? 人口流出が極端に始まったのはわたし達が小学生の頃。丁度この木が移植された時ね」



 それも…か…つまり、檻の中の時代のことしか覚えられない…? いや、この木に関わることだけ……?



「未來へ向けた魔除けの力を持っていたはずだったのに、あの世を意味する「隠世」の花言葉とこの病院に巣食うネガティブな感情が結びついたのか、いつしか暴走してしまった」

 


 そう言って、姫イチはぐるりとこの空間を見回した。


 確かに、この空間はまさに隠世と呼べるかもしれない。



「そしてそれを知らないまま願った女がいた。伽耶まどか。土石流で流された旧佐渡神社の一人娘。運良く生きながらえた彼女は願った。雲のない月夜の晩。両親を亡くし、心神耗弱状態の彼女は──」



 土石流で流される前、よくお参りに来ていた男に恋をした日々を思い浮かべながら。



「──この木の前で自殺したのよ」



 愛しの人と来世では未来永劫結ばれますようにと。



 華イチはこの閉じた世界を見上げてそう言った。


 そして目を合わさずに華イチは続けて言う。



「でもそれは、一人の男の死と、終わらない生の女で賄われた。未来永劫の意味が予期せぬ形で叶ってしまったの」



 おそらくそれが、一番最初、この生のループの始まりだと言う。



「何度も何度も何度も何度も死ぬシーンを見せられたのでしょうね…それこそ永劫とも呼べる時間の中を…彷徨って…」



 まるで、自分のことのように華イチはこぼす。



「遂に狂った彼女は、自分だけでは何もできないと、別の方法を探し始めた」


「呪いを移す方法を探し始めた」

 

「そして病気の貴方を見つけた」


「未来の無い貴方を見つけた」


「自分と同じように願わせてみて、他の可能性に賭けたのよ」



 華イチはそう言って、倒れている伽耶まどかを見る。釣られて見るけど、相変わらずピクリともしない。


 まるで時間が止まってるみたいだ。



「でもそれでも叶わなかった」


「どんなにやり直しても愛しの人は助けられず、結ばれなかった」


「だから、今度は他の方法を試した」



 そう言って小さく笑い、それから姫イチは一旦息を整え、ゆっくりと私に問いかけてきた。



「森田薫。あなた、裕くんのお父さん──司さんを助けようとしなかったかしら?」



 した。それはしたよ。当たり前じゃん。でもどんなに頑張っても、運命を変えられなかったのは覚えてる。



「ふふ。でもそれは…この女から頼まれたからそうしたはずよ」


 

 そう言って、華イチはパチンと指を鳴らした。


 ──薫ちゃん。


 …ああ、そうだ。


 ───ねぇ、薫ちゃん。


 ……そうだった。



「「泣いている男の子がロビーにいるから元気づけてあげて」」



 華イチと声が被ってしまった…嫌な女だ。


 つまり、そっか。


 あはは……そうだったんだ…


 

「もうわかったかしら? 貴方の初恋は演出されたものなの。この女によってね」



 そう言って、華イチはくすくすと楽しそうに笑った。

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