ラスティネイル。@柏木裕介

 僕は柏木裕介。


 25歳独身だ。


 高校を出て地元を飛び出し、大都市に向かいすぐに働いた。小さな広告代理店に勤め、今の時代に合わせた広告を打つことで、メキメキと会社は大きくなっていった。


 会社が大きくなって来た今、おそらくそう遠くないうちに内示をもらって出世するだろう。


 彼女はいない。ルックスも悪くないし、まあまあモテるが、僕には事情があった。


 あの高校二年の夏。


 幼馴染のあいつを親友だったあいつにこれでもかと寝取られていた事実から、女性は避けてきた。


 あの時の僕は恋に懸命だった。燃え尽きるくらい愛に必死だった。


 若さと情熱。そして直向きな想い。


 それだけしかなかったとも言える。


 今思えば親友は稚拙な男だった。それが今の歳ならよくわかるし、何度か勝てるチャンスもあったのだとわかる。


 結局のところ、それを見逃し、気持ちに振り回されて、自分の器の小ささを突きつけられた。


 あの時のごめんなさい、だけは今でも思い出す。


 選ばなくて、ごめんなさい。


 騙していて、ごめんなさい。


 そのいずれか、もしくは両方だったんだろう。


 17年間の最後がごめんなさいの一言。


 余計に惨めになったもんだ。


 その瞬間、燃え尽きてしまった。


 もうあんな目には会いたくない。



 趣味らしい趣味は絵をたまに描くくらいで、まあそれが趣味と言えなくもない。


 出張明け、ポストに溜まった一週間分の配達物を処理しながら自分で挽いたコーヒーを飲んでいた。


 まだまだ味なんてわからないけど、のんびりと慣れていこうと思う。



「中学校…タイム……カプセル? …なんかあったな、そんなの……」



 そこに同窓会の案内状が入っていた。


 まるで結婚式の招待状みたいに豪華な封筒だった。


 ああ、これ10年会だ。


 卒業して10年経って、タイムカプセルを掘り起こす我が母校、我が中学の伝統行事だ。


 掘り起こすと言っても二宮尊徳像の下の台座の裏に保管してあるモノを当時の担任を通して返す、みたいな行事だったはず。


 モノはなんだっけか。未来の自分に向けた作文……いや、絵だったか。


 覚えてないな……。


 けど…思えば一番満たされてたか。


 ふと、幼馴染のことを思い出す。


 振り返るといつも笑っていた。


 風のようにそっと。



「いや、いらないいらない」



 別に彼女のことをもう恨んでいないが、今更仲良くも出来ない。そんなこと周りは気にもしないだろうが、僕自身が楽しめないだろう。


 そんな空気をせっかくの同窓会に持ち込みたくないしな。



「今日こそドライブに行くか」



 ついでに美容院に行って、さっぱりしよう。


 そうだ。今夜の飯は、豪華にしよう。


 どこに行こうか。


 そう思いながら、招待状をゴミ箱に捨て家を出た。





 出たはずだった。


 出たはずだったのに、何故か家に向かって歩いていた。


 いや、だって愛車がそれはもうベコベコだったのだ。まるで海から引き上げられたかのような錆だらけで、朽ちたとでも言えばいいのか、どう表現したらいいかわからないくらいベコベコだった。


 買ったばかりなのに悪夢だ。


 マジかよ…。


 僕がいったい何したって言うんだよ…。


 警察には当然のごとく疑われた。僕も僕を疑った。つまり何も言えない。怨恨の線もあるからとりあえず気をつけてと言われたのだが、何をどう気をつけろと言うのか。


 命を守る行動をってそれただの政府の怠慢だからな。公共事業もそうだが、公務員削減したからだからな。


 そんなの治安悪化するに決まってんだろうが。民営化とか自由化とか馬鹿か。自由競争ってただの価格競争だからな。好景気にやるもんだろ。つーか不況で規制緩和なんかしたら競合増えてまた安さ競争激化するだろ。デフレ終わるわけないだろ。無理ゲーさすな。馬鹿か。



「はぁ…」



 誰に言ったところで伝わらない、そんなやるせない気持ちを抱えながら帰ってきた。


 心キッツい。本当死ぬ。


 これはもうアレだ。ふて寝だ、ふて寝。


 というかふて寝って不貞寝って書くよな。


 なんか字面が嫌過ぎる。


 やけ酒だ、やけ酒。やけ酒にしよう。


 というかやけ酒って自棄酒って書くよな。


 どちらも嫌過ぎる字面じゃねーか。


 このメンタルだと嫌な夢を見そうな予感がしてならない。


 あ〜〜〜俺の青い車がぁぁぁぁ…買ったばっかなのにぃぃぃ…今度海に行こうと思ってたのにぃぃぃ……。



「ど〜れだけ〜…涙を〜流せば〜…あーなたを〜忘れら、れるだ、ろ〜………はぁぁぁ……」



 そんないつまでも錆びない歌を口ずさみながら頭を抱えて歩いていた。


 なんとかマンションに帰りつき、やっとの思いでエレベーターから出て重い頭を上げると、玄関の前に一人の女性が立っていた。



「…久しぶり、裕くん」


「………………え? …は? な、なんで……」



 あの凶悪な幼馴染が、円谷華が僕の家の玄関の前に立っていた。

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