世界はそれを愛と呼ぶ。@円谷華

 濡れない雨の中、わたしは立ち尽くしていた。


 心がぐちゃぐちゃで、よくわからない。


 華イチは心を繋いだら思い出すって言ったけど、目の前は崖しかないように見える。


 大きな、とっても大きな裂け目だ。


 その下から声が聞こえてくる。



(未来はね)

(様々な分岐の上で出来上がるの)

(泡の世界、と言えばいいかしら)


「泡の…世界?」


(今の結果は)

(全て)

(わたしと)

(あなたの)

(積みと歴で成り立ったもの)

(もう悲しさで咲く花はいらないの)



 そう言った瞬間、崖の下の姿が顕になった。



「ウプッ…何、この惨状…」



 崖の下には何十体、何百体ものわたしが積み重なっていて、まるで花のように咲いていた。



(さあ、未来に虹の橋を架けましょう)


「…わたし…それ…駄目…裕くんを苦しめた! 裏切りの人って薫ちゃんも言ってた!」


(ふふ。そんな景色忘れてしまえばいいの。あの女の呪いは全て潰したわ)


「あの女…? 呪い…?」


(そう、呪い)

(でもそれはこの新しい日々を)

(いじらしい程の愛で)

(満たしてきたあなたと)

(昨日までのわたしの力で)

(壊したの)

(知ってるでしょう?)


「知らない! そんなの知らない!」


(裕くんに)

(見つからないように)

(何回もあの公園で描いたでしょう?)

(何回もあの美術室で描いたでしょう?)


「描いてない! 描いてないよ、わたし!」


(何回もこの地で伽耶まどかをぶち殺してきたでしょう?)


「殺っ、!?」


(本当のあなたなら)

(病室での裕くんを見たのなら)

(薫との笑顔を見たのなら)

(諦めるでしょう?)


「諦めるわけない! ないから!」


(本来のあなたなら)

(あんな大胆な諸々なんて)

(出来ないでしょう?)


「出来るもん! 出来る、わたしは…」

(わたし)


「あなたは…」

(わたし)


「自問自答してるように…わたし達は確かめ合ってきた…の?」


(拍手、そうよ)

(約束したのよ)

(苦しみ抜いたわたしと私の選択)

(か細い糸をあなたは手繰り寄せた)

(わたし達の未来が)

(連鎖連結し、ようやく一つになる)


「一つに…? あ、ぐっ!? 目眩が、眠気…? これ…前にも…? そ、そうして何になるの…?」


(ハート型の道祖神)

(約束の楔。でも暖かいこの世界の礎)

(苦楽を共にしたわたし達なら)

(ねぇ、わかるでしょう?)

(なんて言うのかなんて)

(よく知っているでしょう?)


「…う、ぅ…ぅええ、そう、そうだ(よ、そうだよ。わたし、知ってる。世界はそれを──)」


「…ふふ、ええ。この世界をそう呼ぶわ。あなたわね。わたしは違うけれど。おやすみ、華ツー…」



 そしてさようなら…不器用な私…。



「……」



 裕くんが描いたこの世界のわたしは、作り物なんかじゃなかった。


 過ごしてきた日々も、偽物なんかじゃなかった。



「それだけでもう充分よ…わたし…」



 この世界が生まれたのは、憎しみなんかじゃなかった。


 愛を裏切ったのなら、本当は憎しみで示さないといけなかったのに、そうしなかった。


 本当に、優しくて酷い人ね。



「でも、ようやく伽耶まどかから解き放った」



 厄介な女だった。


 何度ぶち殺しても、蘇ってくる女だった。


 あの偽りの世界に閉じ込めて、漸くってところだったけれど、無意味って気づいたかしら。



「ふふ…」



 見上げた雨空は、始まりだったかしら。それとも最後だったかしら。


 愛する度に、愛じゃ足りない気がしてた。


 忘れるくらいなら泣けるほど愛したりしない。



「…口には出来ないけれど、きっと両方ね」


 

 マフラー、渡せて…よかったな……。



「あっ…」



 そして私の手のひらには、雨粒と共に白い石が現れた。


 ハート型の道祖神。


 始まり意志だ。


 薫への恋の未練を、結果的にだけど、擦り潰して描いた、私への愛の後悔を、結果的にだけど、切り裂いてみせた、裕くんの想いそのものだ。


 それがここにある。


 ここに、暖かいそれがあるのよ。



「……ちゃんと伝えられたのね……。さあドク。今度はあなたの願いを叶えてあげるわ」


((*´꒳`*))


「ふふ。なんて嘘。もうリスタートしないわよ、私」


(ヽ(゚Д゚)ノ…?)



 やっぱり思っていた通り、話せないのよね?


 過去に戻った時、裕くんと同じことをしたの、わたし。


 一番下まで掘り下げて、フラットにしてから検証してみたの。


 幼い頃、司さんを助けようとしても、叶わなかった。


 伽耶まどかを殺しても、世界は崩壊なんてしなかった。


 そして今も崩れてなんかいない。


 ループも始まっていない。


 つまり誰かが観測し続けないと、世界はやり直せないんじゃないかって思ってたのよ、わたし。


 グシャグシャに壊されたはずのこの過去と、あの未来を繋いでる存在が無いと、この崖は超えられないはずなのよ。



「私を…裕くんを連れてきてくれてありがとう」


((-.-;)-~~~……)


「ふふ…リセットしていたのはあなたですよね?」


(( ゚д゚)…!?)


「多分、幸せになって欲しいと死の間際に願ったのでしょう? 裕くんが去ったこの土地で。禁足地で」


((;゚д゚)!!)



 おそらく裕くんが去ったあと、裂かれた絵から回収していたのではないかしら。


 そしてドクとして現れた。意識的か無意識かはわからないけれど、幸せになれてないから裕くんはやってきた。


 そして幸せになったから帰ったんだ。



「でも、もうリプレイなんてしないわ、わたし」


(ヽ(`Д´#)ノ)



 後悔を終えたなら、昨日までのことなんてなかったかのようにして、悲しみの夜なんてなかったかのようにして、この世界を閉じる。


 この世界に、裂け目なんて要らないの。



「そしてごめんなさい。今度は私が聖なる証になります」


((;゚д゚ ツ)ツ)



 貴女があの世界でそうなったように。


 わたしは今の自分を、この世界を、そんな風にデザインする。


 このハートを砕いて、未来を願って、最後のダイブをする。


 バイバイ、裕くん。


 ずっとずっと見守ってる。


 どこの時空であっても、あなたを死なせはしない、わたし。



「フライトゥザフューチャー!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る