ウルトラソウル@柏木裕介

「いつつ…プラティニってお前……あ…? なんだこれ…」


 

 フリーキックの衝撃で、何故か幼い頃の森田さんの顔が浮かんだ。


『──じゃーん! ほら! これがわたしの大事な友達なんだよ! ……木だけど。あはは…恩人なんだけど……や、やっぱり変かな……』


 病室で笑ってる。いや、後ろにはきのこたけのこ金木犀だ。公園だ。笑う僕、泣き止まない僕、濡れた海の絵、父さんの最後、母さんの悲しい顔、慰める看護師。ああ、これはあれか。あれだ。


 病室での夢の続きだ。


 その過去だ。


 あれから見てなかったが、これは何だ? 何なんだ? 風景も人物も僕の記憶には間違いないが──



「裕くん」


「ちょっと待て、今大事な何かを…でも…」



 ──違和感がすごい。


 薄々感じていたが、やっぱりここは僕の世界の過去ではないのではないだろうか。金賞を獲った僕と獲ってない僕。そして華が銀賞を獲った世界…にそれぞれ僕がいる…?


 んがぁ! SFはやめろっつってんだろ!


『もちろんだよ! 格好よく描いてよね!』


 ああ、華にあげた金木犀の絵だ。これは僕が…引き裂いた…それは知っている。今から二年後だ。いや待てよ? タイムカプセルに入れたよな…? それによくよく考えると、何故あの絵を描いたのだろうか。この夢を見てたのか? 恋の象徴みたいにしてた…?


『君はすごいデザイナーさんだよ!』


 ああ、君に描いた。君はそう言った。確かに言った。寂しさから始まった恋だ。そして君が去って終わった恋だっ、た……?


『裕くんはデザイナーさんになるんだよね』


 ああ、これは華か…いや、華がこんなこと言ったか? 言ったのか。いや、この世界の柏木裕介の記憶か?


 こんな具体的な記憶、あれもこれも夢じゃない…? ホントだらけ?


 あかん、吐きそう。これはどの僕の過去なんだ? というか僕って誰? 何? 僕めっちゃいるとか?


 つーかタイムリープ神! 急にぶっ込んでくるのお前だろ! 取説くれよ! 僕は最初に読み込むタイプだっつってんだろ!


 父さんみたいに!



「…わたしよりそのイチャイチャが大事だと?」


「いやイチイチだ。イチャイチャじゃねーよ。何言ってんだ。ちょっと待ってろ」


「……」



 森田さんはパラレルなんてしてなかったと言っていた。毎回同じ過去だったと言っていた。中学で転校してきたって彼女は言って…でもこの記憶通りなら………ん? 身体がガタガタ震えてきたぞ? 何だ? 何だこれ?


 あっ! 記憶が!? 待って待って! 出て行かないでぇぇ!



「…じゃあエチエチしてたってこと?」


「だからイチイチだって! イチャイチャでもエチエチでもねーよ! というか今何か大事っぽい記憶が…ああ…どっか行ってもた……はぁ……というかどう聞き違えたらエチエチって──」



 そうしていつの間にか側に立っている華に気づいた時にはもう遅かった。


 見上げた華は天使のよーなー悪魔ーの笑ー顔だった。


 その真っ黒な洞のような瞳の視線の先を目で辿ると──



「あっ……やん……んんっ…」


「うわっ!? ごめっ!!」



 ──僕の右手はアリちゃんの胸にラッキースケベをムニムニ発動していたのだった。


 ああ、エチエチってそういう……


 やわか。3号球くらいか…



「……」



 じゃない! あ、頭を回せ柏木三等兵! 全然回らないです柏木少佐! 対象に手を掴まれてます! 力つよつよで離れません! このままじゃ我が尻は! 我がケツは──



「裕くん?」


「はっ! い、いや、は、華…これは…」


「違うんだ?」


「そ! そう、あ、そう! これは人命救助で決して堪能してたとかじゃ──」



 そうだ! それは嘘じゃない! 


 倒れる瞬間、危ないからとアリちゃんを咄嗟に引き寄せたなと思い出し、ミラクルにそんな言い訳が出た。ナイスだぞ柏木三等兵!


 しかしその僕の逃亡に反応したのか、アリちゃんは僕の手を更に胸に引き寄せ、要らないことを口にした。



「も、もぉそれボールじゃないよぉ裕介くんのえっちぃむにゃむにゃ」


「ッ?!」



 おぃぃいい! その古典的なやつダメだろ! つーか冷や汗ダラダラかいてんだろ! ガタガタ震えて眠れしてんじゃねーかよぉ! ラッキースケベは謝るから今まさに匿ってくれよぉぉ!! てか手を離せよ! アンラッキーになるだろ!



「違わないと思うな、わたし」


「ゴフォッ!?」


「アリちゃん?!」



 アリちゃんは華のボディへの一撃──振り下ろしの彗星…チョピングライトで僕の手を離し沈んだ。


 躊躇なさ過ぎてプロの手際にしか見えない。


 そしてアリちゃんは意識を失う最後の最後まで縋ってきた。



「裕介く、ん…私、も…しゅ、き……」


「…これでも違うと?」


「い、言ってない! 言ってないぞ!」



 ほんま悪いわこの子…マリーシアかよ…


 華は和かに笑ってる、ように見える、と思いたい。これは希望…いや願望的観測としたい。「んー…?」なんて目を細めて口に人差し指を当てている。



「違わないと思うんだ、わたし」



 そう言って目をゆっくりと開けた華。


 やべえ。目がガチクソやべえ。奥歯ガタガタ震えてくる。というかこれ以上、プレッシャーで体が動かない。声が出てこない。


 というか怖い! ひたすら怖い!


 なんだこのプレッシャーは!?



「裕くん…言ったよね、わたし」



 …何をだろうか? 


 あかん、わからん。どれだろうか、なんだろうか、なんなんだろうか、さっきの衝撃も相まって記憶が上手く探せない。


 シャレになんないよ、なーんないよ、悪いゆーめならば〜


 早めに覚めてと呪〜文のように叫〜びたい〜


 あ、これ浮気発見の歌やん。あかんやん。


 つーか何て言ったんだよ!



「な、何をでしょうか…?」


「…ふふ。かすり傷さえも無いまま終わらせるから。いいよね?」



 全然よくないが!?


 というか何の話だ!?


 つーかいったい何を終わらせる気だ!


 ああ、でも仕方ないか。母さんが言うように、不可抗力とはいえ華がどう感じたかだしな…


 華の場合だと男女平等パンチが禊か…怖え…


 じゃない! 上等だ! こちとらやましいことな、ん…てねーんだ! 背中も地面だ! タイキックは放てまい! というかケツじゃなければなんでもいい! かかってこいやぁぁ──…いや、待てよ? この感じはなんだ? なんかこう、尊厳を刈り取られそうな感じの予感で危機がビンビンしてならないんだが…


 はっ! まさかところてんってやつか!? いやだぞ!?



「あ、あの〜…ちなみにその具体的な内容は…?」


「ウルトラ剃るから、わたし」



 良かった…違ったか……ん? ウルトラソ……あんだって?


 

「あそこ。デザインするから、わたし」


「……」


 

 そうしてその夜、僕は中学生男子が恥ずかしがる思春期な部分を、恥ずかしい形状にジョリジョリされた。

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