ギザギザハート@柏木裕介

 今日は中学生活最後の合同集会だった。


 タイムリープした後、これで三回目になる。


 昔は鬱陶しいとまでは思ってなかったものの、そこまで真剣に聞いてなかったと思う。


 体育館に集められ、冷たい床に懐かしい三角座り。


 大人になりきれないモヤモヤとした時期の真っただ中にいる彼ら彼女ら。


 そこに僕だけが、理解されない苦しみや悲しみを経て大人になった。


 この集会はひたすら疎外感を感じるから苦手だ。


 生徒会の地域交流の話や、もうすぐ行われる卒業式への簡単な注意、多彩な学校行事の思い出話──全学年が関わる文化祭や体育祭の話など、おじさんの心情をまるで煽るかのような話もあった。


 そして最後は校長先生のありがたいお話で締めくくった。


 なんでも、校長先生曰く、3学期は0学期と言うのだそうな。


 1年生の3学期は2年生の0学期、3年生の3学期は高等学校1年生の0学期のように、と例えながら言う。


 どうやら次に向かうべく、良い準備をしようという意味で言っているようだ。


 終止、大きなざわつきなどは無く、みんな真面目に聞いていた。


 すると気づく。この目に見える景色は、音は、匂いは、なんとなく昨日確かに見えた朧げな記憶と重なる。



「次に向かう準備か…」



 次、という言葉が何故か異様に恐ろしく感じる。


 あんなにも未来に帰りたいと願っていたのに。


 そして一度通過したはずの卒業が、何故かまるで初めてを迎えるかのようだ。


 静かに胸の中に緊張を感じ出していた。





 つーか昨日に戻して欲しいんだが。



「すーすーする?」



 体育館から教室に帰る途中。耳元で華がそう話しかけてきた。



「……」


「チクチクする?」



 ああ、そうな。チクチクしないな。ツルッツルだからな。トイレとかかなりシビアだからな。一人の時探してるからな。何、煽ってんのか?



「……」


「お、落ち込みが激しい…も、もー、裕くんがいけないんだからねっ、ふんっ」



 それは悪いと思ってる。反省だってしている。罰も受けた。なのになんだか落ち着かない。そんなの原因なんてわかってる。


 剃毛だ。



「…卒業式、こんな状態で望むなんて…」



 そういう大事な式典なんかにおふざけはしたくないんだよ、僕は。



「やっと話してくれたっ! ふふっ……っは! …だって仕方ないもん。タイキック嫌がるんだから。ふんっ」


「当たり前だろ」


「ふんふーんだ」



 くそ、構ってちゃんかよ。あんなことされたのに…プンプンとか可愛いやんけ…くそっ。


 というかむしろなんでタイキックとか出来るんだよ…究極の二択とか言って水屋どころかしなりでランチョンマット浮いてたし…


 それにしたってだ。


 剃るにしたってだ。


 あんなカタチはないだろ。整えるならまだわかるが…というかなんでペーパーナイフで刈れるんだよ。鋼入ってないだろ。つーか本体を刈られるんじゃないかってずっと怖かったんだからな!



「それにちゃんとデザインしたもん、わたし」


「どっちだって暴力だからな」


「ちゃんと残したもん。1/3くらい」


「量の問題じゃないんだよ」


「ちゃんと長さも残したもん」


「長さでもないからな。カタチだカタチ」


「もぉ! 文句ばっかり! 可愛いって言ってたでしょっ! せっかくのお揃いなのにっ!」


「おま、おっきい声出すな!」

 

「…それに裕くんのほら、昔拾った石みたいで可愛いと思うんだ、わたし」


 そう言って華は両手でハートマークを作り、下腹部に添えた。


 てか、可愛いからってそのカタチはないだろ…てか着エロみたいなのはやめろ。誰かに見られたらどうすんだ。それに変な気分になるだろ。


 そして華は小さく耳元で囁いた。



「……あとでスリスリしようね」



 小声で言うなよ…そんなん変な気分になるだろ…



「浮気しないように、毎日だからね?」


「…もうしませんから許してください」



 その毎日が無くなったら不安になりそうだからそういうコントロールの仕方やめて。





 教室に戻ると、アリちゃんと三好が僕の机にやってきた。朝から合同集会だったから、この二人とはまともに挨拶してなかった。


 つーかまじかよ。三好はともかくアリちゃんにはどういう顔すりゃ良いんだよ。



「おはよ、裕介」


「オッオオオ……オハヨウユースケクン…」


「あ、ああ…二人ともおはよう」



 実はアリちゃんはすでに罰をくらったのだと華から聞いていた。タイキックならば今頃ここにはいまい。つまりそういうことだろう。


 ウルトラ剃ってる三好もいるし、余計に補完してしまう。というかここ全員かよ。


 アリちゃんはもじもじしていて挙動不審な様子。つーか意識してしまうだろ。思い出してしまうだろ。想像するだろ。いや、違う謝罪だ謝罪。でもここは気にしてないとか言うべきか? それだとなかなかクズだな…でも仕方ないか。



「昨日のこと、気にしてないから」


「気にしてよぉぉおお!!」



 めっちゃ被せてきた。というか気にしたらあかんやろ。つーか声でっか。でもこれには反応してはいけない。


 すぐに華に睨まれたし。


 アリちゃんは自分の席にすごすご戻っていった。すまん。タイキックもフリーキックも嫌なんだ。



「つーかまた女装かよ…」


「ああ。すーすーするのが恋しくてね」



 三好は女バージョンだった。聞いてたのかこいつ…ていうか丈短すぎだろ…後ろの男子…中村くんが消しゴムわざと落としてんぞ…


 そういえば、華もなんか丈短くなってるし…なんなんだ。


 いやそんなことはいい。



「そういえばお前知らないか? ハートの形の白い石」


「…裕介は昔からメルヘンチックというか、そういうとこあったよねぇ。地面いじるの好き過ぎ。球技大会もだったし」



 お前もか…球技大会いじりはやめろ。つーかそれは覚えてねーよ。でも確かに綺麗な石とか変な形とか好きだったよ。だったんだよ。


 まあそれもこれもあのフリーキックで思い出したんだが。



「知ってんのか知らないのかどっちなんだ」


「あれだよね? 昔あの神社で見つけたってはしゃいでたやつだよね? 急になんだい?」



 そうだ、廃棄された神社だ。そんなんあったっけ、ってのが本音だ。これもフリーキックで思い出した。というかはしゃぐとか言うなよ。なんか恥ずかしいだろ。



「…急にというか…いや、思い出したんだよ。顔料に使うやつなんだが知らないか?」


「んー…確か裕介の机の中じゃなかったかい? ほら一番下の段。ガラクタばかり入った小さな宝箱。ボクはそれしか知らないなぁ」


 

 父さんにもらったスペイン村的なお土産の宝箱。A4より少し小さいサイズのそれにはいろいろと拾ったものを入れていた。外国のコインとか、綺麗な玉とか、キーホルダーとか。金ピカな輪っかとか。今見ればゴミにしか見えないが、そこに確かにあったものがない。



 「そっか…そうだよな…そこだよな。見当たらないんだよな…」



 未来では宝箱は回収していて、そこにそれはなかった。特に違和感を感じてなかったし、その時は忘れていたが、タイムカプセルに描いた花の咲き誇る木。華にあげた絵。


 それに使ったからなかったのだとフリーキックが教えてくれた。


 昨日のその記憶からあれは銀木犀だとわかった。


 だけど、今回は使ってない。


 そうなんだよな…砕いてすり潰して塗った事は思い出したんだが、もうタイムカプセルは出したしな…


 まあ過去をなぞる必要はもうないか…というかあれって今思えば何考えてたんだ。岩絵具と思って使ったけど…違う気もすんな…つーかハート砕いちゃダメだろ僕氏。



「つーか何でお前がそこまで知ってんだ」


「えへっ」


「可愛くないからな。ところでカオ…森田さんを知らないか?」


「…勇気あるね…円谷に聞こえるんじゃないかい? もしかして誘い受けかい?」


「そんなんじゃねーよ。というかなんだ、誘い受けって。知らん言葉を使ってくんな」



 一応森田さんに夢の続きを思い出せる範囲で送ってみたんだが、返事がないんだよな…


 今日も学校には来てないのか、見当たらない。昨日のせいか、ソワソワする。


 すると三好が軽い調子で答えた。



「彼女は病院だよ。どうやら怪我をしたみたいだね」


「……怪我…?」



 そんなこと一つも聞いてないんだが。いや、もしかしたら……病気が進行したのかもしれない。


 くそっ、なんなんだよ。昨日から。


 フリーキックから心が騒ついて仕方ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る