ケッパン@柏木裕介
日曜日、僕はアリちゃんとの約束を果たしに割と広めの河川敷に出掛けていた。
ここは少年サッカー教室で来ていたところだ。
僕らの地域は人口が少ないため、教えてくれる人が限られていた。だから練習も毎日ずっととはいかなかった。
だから教室のない日は、ボランティアのお兄さんとか暇なブラジル人とかが集まって教えてくれていた。
そうだ。ブラジル体操だ。懐かしいな…
ブラジル体操とは、試合前のウォーミングアップでサッカー選手がリズムに合わせてやっているあの妙ちくりんな体操のことだ。
触れたことのない人からすれば変に見える体操だが、別にサッカーだけに特化した体操というわけではなく、柔軟性とリズム感の向上に向いている体操だ。
ただ一人ですると少しというか、かなり寂しくなる体操だった。
流石ブラジル、サンバの国。一人になんかさせやしない。
アリちゃんと二人組でそれをしながら、膝枕の件をそれとなく伝えてみた。覚えてはいるようだが、開口一番に言ってきたのはタイキックだった。なんでだよ。
「え…タイキックにしなかったの?」
しねーよ。何言ってんだ。
華から聞いていたのか、もしくは同じようにタイキックされかけたのか、アリちゃんに驚かれた。
選ぶわけないだろ! 素振りで水屋が震えてたんだぞ!
「いや骨折で踏ん張れないし…」
ついそんな格好のつかない言い訳をしてしまうじゃないか。土下座はともかくおじさんにも男としてのプライドはある。
それに違う罰で許してもらった。まだ刑の名も執行も行われてはいないが。
そして華の言う48時間とは初犯に対する拘束時間のことだった。厳し過ぎるだろ。
母の取りなしでなんと24時間となったが、それも謝り倒してとりあえず泳がそうとまとまった。泳がすってなんだよ。
僕は紺の学校指定ジャージだったが、アリちゃんの格好はPSJの白レプリカユニに白ハーフパンツ、インナーには黒の長スパッツだった。
小さくポニテにしていて可愛いらしい。
「ふ、ふーん…ま、まあフットサルには邪魔だよね」
「…? 何の話だ…?」
「い、いや、なんでも! ほら、いっちにー、さんしー」
何故顔を赤くする。こう至近距離だと緊張してくるだろ! しかし身体ってこんな柔らかかったっけか。
「ごー、ろく、しちはちってこれ懐かしいな」
「ふふ。にーにー、さんしー」
「ごーろく、しちはっち」
「さんにーさんしー──」
掛け声はおそらく地域性があると思うが、こんな感じの掛け声だったな。
◆
「やっぱり。上手いね」
「そ、そうか?」
アリちゃんとのただの力ないパス交換だが、何やら照れますな。
「うん、優しいパスとトラップ。昔のまんま…あーもっと早く誘えば良かったなー。ね、裕介くん、高校でさ、サッカー部入らない? 私マネージャーするからさ」
「三好がついてきそうなんだが」
「うっ! ま、まあ他にも部員いるし、大丈夫じゃない? ほら球技大会だって出てたよね。なんか地面いじってたけど」
「そういうの言わないで」
記憶ないけど恥ずかしいだろ。それにしても足裏の感触とボールを掴んでるかのような感覚の気持ち良さ。
たるや否や。
使い方違うか。合ってるか。どうでもいいか。めっちゃ気持ちいいしいいか。
一蹴りごとに視界がクリアになっていく。
距離感が修正されていく。
鳥瞰図のように俯瞰が更新されていく。
今更打ち込もうとは思わないけど、こんなのやめれるか…? 三好家で見た映像もいい顔してたし。社会人フットサルでも参加すれば良かったな。
そんな風に考えていたら、いつの間にか側までアリちゃんが距離を詰めていた。
「背もほら、こんなに伸びたし。もっと伸びるよ絶対」
「やめろ」
頭をポンポンしない。アリちゃんも華ほど背は高くないが、それなりにある。というか僕より高い。なんだ? お姉さん気取りなのか?
「照れちゃった?」
「誰がチビやねん」
「い、言ってないよ! もーふふ。裕介くんも変わったね。少年って感じだったのに。あ、そ、それはそうだよね……あんなこと…あ、でも私も結構…成長したと思わない…?」
あんなこと?
いやそりゃいっぱいあるけどさ。タイムリープとか。
しかし何故顔を赤らめる。何故腕を後ろで組む。何故もじもじする。身長の話だよな? そうだよな? そうなんだよな?
なんか照れるだろ!
「そ、そだな…あ!」
「もーらい〜このままイチイチしよーよ!」
惚けてたらボールを奪われた。くそ、この小悪魔め。おじさんを弄びやがって。
というかイチイチ…? ああ。
「一対一か。わかった。でも軽くだぞ? まだ一応はリハビリ中なんだし」
「わかってるよ。負けたら罰ゲームね。スタート!」
「わかってないだろ!?」
◆
「はぁ、はぁ、くそっ、卑怯な…」
「はぁ、もっと、はぁ、がっつかないから、だよ、はぁ、ふぅ、はぁ…んー勝ち〜罰は何にしようかな? ふふん」
結局負けてしまった。
いや無理だってぇ。
足首も気にはなるが、取ろうとするとめっちゃ密着してしまう。胸とかお尻とか当たりそうになる。もう魔法使いではないからか、汚れたおじさんだからか、無邪気にボールを奪えやしない。
けどまあまあ悔しい。
「…常識の範囲で頼む」
「じゃあ、やっぱりここはケッパンだね」
ケッパン…? 血判…? あ、違う! ケツ蹴りだ! 懐かしいなって結局ケツ蹴られるのかよ! やだよ! なんか子供って大人と違って手加減の加減がガバガバなんだよ!
「タイキックと変わらないだろ!」
「ぜ、全然違うから! 華ちゃんじゃあるまいしあんな腰入れて蹴らないから! ていうか出来ないよ! 酷い!」
いや、酷いって…というかやっぱり食らったのか…でもあかん! 君らと違っておじさんは痛みに過敏なんだよぉ!
「ケッパン、ケッパン〜」
「いやいやいやいや、頼むからお尻からは離れて欲しい」
「あ…そ、そうだよね…」
「なんだその変な間は」
「な、なんでも! じゃ、じゃあ〜仕方ないから膝枕にしてあげる。今度は逆ね。これなら…いいでしょう?」
「よくねーよ!」
君は僕と一緒に心中する気か!
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