裕介アウト。@柏木裕介
「これ、どう判断したら良いんだ…」
あの合格発表の日、タクシーで帰った後、両家の家族に合格を祝ってもらったが、華は終始苦笑いを浮かべていた。
ちなみに僕もだ。
あのアルタートバッグは僕が持ち帰った。変なペーパーナイフは華が鞄にしまっていた。確認したかったから待って欲しかったけど、そのまま流した。
まあぶっちゃけると膝ガックガクでヘトヘトだったのであまり頭が回ってなかったのもあるが。
バッグの中身は、無くなったと思っていた伽耶まどかの絵だった。
ペーパーナイフがバッチリ顔面ど真ん中に突き刺さったせいでわかりにくいが、伽耶まどかの絵だった。
「落とし物を…伽耶まどかの母的な人が届けに…?」
意味わからん。
華に聞いたらば、あの女のことは知らないと言う。勘違いだったとも言っていた。
本当だろうか。
その華だが、最近というかあの日からおかしい。
いや、元々変わったところはあったが、それにしたっておかしい。
あの日の僕もおかしかった。
僕は青空の真下で何ということを。
その為、祝ってくれた円谷夫妻に向ける顔がなかったのだ。
もしかして、過去を塗り替えたいという根源的な欲求でもあったのだろうか…心の中では三好に勝ちたいと願っていたのだろうか。
僕自身はそういうアブノーマルな話も何もかもは、実は今世の華からの入れ知恵でしか具体的には知らない。だが外は嫌だとは聞いてなかった。
それがまずかったのだろうか。
あの日から華があまりベタベタと接触してこないのだ。今までが過剰だったし、それはまあいいとしても何か決定的な失敗をしたんじゃなかろうか。
今も学校からの帰り道で何だか気まずい。
「ゆ、裕くん」
「な、なんだ?」
「な、なんでもないよ…」
「ないのかよ…」
「あ、あの! ちょ、ちょっと今日寄るところあるから、さ、先帰る…ね…? くぅ〜」
「くぅ…? あ、おい! なんだよ…」
華はたったか走ってどこかに行った。
こんな具合になんだか昔経験したかのような距離の取られ方をしてくるのだ。心がざわついて仕方ない。
「…思い出〜は〜モノクロ〜ムー…いや悲しくなるな…やめよ」
華の交友関係は元々広かった。ファンクラブが出来るくらいだ。さもありなん。
それが付き合って以降僕にべったりだったのだ。
それが急になくなった。
卒業を控え、こう…アンニュイというか、ブルーというか、そういう気分だろうか。
アンニュイといえば倦怠期なるものを聞いたことがある。もしかしたらそういうやつだろうか。
それともう一つある。スマホに首っ丈で、気づけば画面を見ながらにへにへとしている。
華に視線を向けるとサッとスマホを隠し表情を戻してトイレに駆け込んでいた。
彼氏彼女の間柄とはいえ、華のスマホを見るのは抵抗がある。でも気にはなる。
「ものすごく嫌なんだが…」
そして卒業式のためと思いたいが、制服のスカート丈を規定サイズに戻していた。
ふと不倫かもと悩んでいた上司のことを思い出した。
『嫁の…最近服の趣味が変わってきててさ…スマホをトイレまで持ち込むんだよ、柏木』
『はぁ…そうなんですか…お、おい、わかるか大崎後輩』
『あー課長それ絶対浮気ですよー恋人の趣味ですよー』
『やっぱ…そうだよなぁ…柏木もそう思うか?』
『いや、僕は…一度奥様と話し合ってみては?』
『何言ってるんですか! はぐらかすに決まってますって! スマホ押さえて興信所ですよ興信所! 柏木先輩とわたしもついていきますから行きましょう!』
なんて言ってたな…
しかし、あの日以降の華は話そうとしたら避けられるんだが。はぐらかす以前の話なんだが。怒ってる、とは違うと思うが、どうにもままならない。
仕事以外は頼りになる大崎後輩にそういう時の話を聞いておけば良かったな…
ネットで探してもいないか…
というか今小3か小4くらいか…無理か。
大の大人が情け無い。あんなことするんじゃなかった。
いや、待てよ? もしかして…修正されようとしてるのか?
またズタボロにされるための布石だったのか?
「これが世界の強制力なのか…?」
「何馬鹿なこと言ってんの裕介。早く食べちゃいなさい」
「はい……いや、最近華の様子がおかしくてさ」
「…大丈夫よ。彼女は」
「…? 何か変な言い回しだな」
「そう? アンタはどっしり構えて愛を受け止めてあげなさい。ああ、夜這いしてもいいかも」
「いいわけあるか。付き合ってるからってそういうのはダメだろ。何言ってんだ」
「ふふ。案外強引なのを期待してたりするものよ。今晩あたりどお?」
「どお、じゃねーよ。親がそんなこと言うなよ…」
リアクション困るだろ…ほんと適当に物事を言うよな……
「……ん?」
突然何やらドスンドスンと玄関から足跡が聞こえてきた。
「あら、華ちゃんおかえり。おこなの?」
「明日香さんただいまです。おこです。ねぇ裕くんこれどういうこと…ですか…?」
「どういうって何が……あ…」
華が見せてきたのはスマホで、そこには僕がアリちゃんに膝枕をされている姿が写っていた。
なんでそんなのあるんだよ……!
「どうやら…事実の…ようですね…? これ…浮気でしょ…違う? 違わないと思う。これなんでしょ? まくら営業って。知ってるんだから、わたし」
「ち、違う違う! 多分違う!」
何言ってんだ!?
一人焦っていると母は微笑ましいような顔をして追い込んできた。
「みんな犯すとそう言うのよ」
「罪とか違反とか頭につけろ! あ、いや違う違う! 罪は犯してないからな!」
「ふーん。これが罪じゃないって言うんだ。膝枕って顔見えないからかなーわたしがしてあげてもこんな浮ついた顔してるのかなー。いーや、してないと思う、わたし」
「し、してるしてる! 今も華にドキドキしてる! 反省だってしてる! だからまずはそのペーパーナイフを置け! いや置いてください!」
「……」
怖えよ! なんか言えよ!
「華ちゃん、ペティナイフならそこの引き出しよ」
「アザマス」
「あざますじゃねーよ! お、おい母さん止めろよっ! シャレになんないだろ!」
「仕方ないわね。華ちゃん、わたしにもちゃんと見せて」
「…これなんです…48時間ですよね?」
何だその具体的な数字は…というか何の時間だ。
しかし、ようやく止まった……これがVAR判定か…
それにしてもいったい誰が…
ほんとなんでそんなのあるんだよ!
というか僕が悪いのか…? 悪いか…断りきれなかったんだよな…力強かったし。
それに、華に浮気と言われたら心にくるものがあるな…にしても機嫌というか…直ったのか?
いや機嫌は絶賛最悪中だ。だがそうじゃない。
もはや別人かと思うくらい違うように見えるんだが。
いやこんなに怒ってるし、それは当然か…こんなのは見たことないし、この後の罰が怖いし、アリちゃんの身も心配だ。
そう思っていたら、ようやく審議が終わったのか華はペティナイフを置き、落ち着いたみたいだ。良かった。
ホッとしていたら母が親指を立てて僕に言ってきた。
「でぃでぃぃーんー裕介ータイキックー」
「おい馬鹿やめろ! 笑えないやつだろ!」
こいつの運動能力えぐいんだから腰いわすだろ!
僕は慌てて土下座した。
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